慈悲の魔物
その日、ツイステッドワンダーランドきっての名門校・ナイトレイブンカレッジに衝撃が走った。
今年入学を控えている生徒の一人が、とんでもない使い魔を連れて入学しようというのだから。
NRCは、使い魔との同伴入学を認めている。事前申告、及び使い魔の世話をきちんと行うことが条件だ。
今年も何人かの生徒が『使い魔同伴入学の申請』を提出してきている。その大半が犬の妖精であるクー・シーや、猫の妖精であるケット・シーのような可愛らしいものである。稀にではあるが、シルキーやブラウニーなどを連れてくる者もいる。
だが、今年は違う。妖精族を越える長寿種“隣人”の使い魔同伴申請があったためだ。
“隣人”とは、ツイステッドワンダーランドで最も長寿とされている。その寿命の長さから、世界に寄り添う者という意味で、その名が付いた種族だ。
妖精族同様、並み外れた魔力量を保有していることでも知られており、その戦闘力は計り知れない。
しかし、長寿故に個体数が少なく、“隣人”の確認数は他の種族に比べて圧倒的に少ない。もう絶滅したのではないかと囁かれており、半ば伝説と化している種族であった。
―――――そんな不確かで未知の存在が、NRCに選ばれた問題児と共に入学してくる。
学園長であるディア・クロウリーは顔を真っ青にしてひっくり返り、普段は冷静沈着な文系科目の担当教師、モーゼズ・トレインはどこか遠くを見つめて愛猫のルチウスを強く抱きしめた。
理系科目を担当しているファッションの鬼ことデイヴィス・クルーウェルは頭を抱え、筋肉自慢の体育教師であるアシュトン・バルガスは顔を覆って膝をついた。
いつも飄々としている購買部店主のサムでさえ天を仰いで現実逃避しているのだから、その混乱ぶりは押して計るべし。
「こ、こんな大物、一体どうしたら……!」
「落ち着け、クロウリー! この学園は夕焼けの草原の第二王子や茨の谷の次期王すら内包している! たかが使い魔の一匹や二匹で狼狽えるな!」
「足ガックガクですけど」
「バッボーイ! 見て見ぬ振りをしろ!!!」
おろおろと狼狽えるクロウリーに、クルーウェルが強気な発言をぶつける。
しかしその足はクロウリーの指摘通り、生まれたての子鹿のように震えていた。
NRCの残念代表のようなクロウリーに残念なものを見るような目を向けられ、クルーウェルのプライドはズタズタである。
だが仕方ない。相手は歴史書で学ぶような相手なのだから。
「そうだ! 立派な角の小鬼ちゃん達なら、何か知っているんじゃないかな?」
「「「それだ!!!」」」
サムの言葉に、教師一同が顔を上げた。
同じ長寿種である妖精族。自分たちよりもよほど詳しいはずだ。
解決の糸口を見つけ、その顔が明るくなる。
―――――そうと決まれば善は急げ。
教師達は一斉に茨の谷の次期王のもとへと走り出した。
この学園、基本的に問題のほとんどを生徒に丸投げするのである。
*****
「“隣人”が使い魔、じゃと? そんな馬鹿な話があるものか」
教師達の言葉をバッサリと斬り捨てたのは、茨の魔女の高尚な精神の素質を持つ生徒として、7つある寮のうち、ディアソムニア寮に選ばれた生徒のリリア・ヴァンルージュである。茨の谷の次期王であるマレウス・ドラコニアのお目付役だ。
ちなみにそのマレウスは趣味の廃墟巡りにつき不在であった。
リリアは若々しく愛らしい見た目をしているが、彼は長寿種の一つである妖精族。人間とは比べものにならない程の永きを生きており、教科書に写真も載っている。
こちらもこちらで謎多き男だ。
そんな彼すらもあり得ないと一蹴するのが今回の一件である。それほどの事態が起こっているというのは察せられたことだろう。
「し、しかしですねぇ、現にこうして申請書が来ているんですよ。何かの間違いだったら良いんですが、提出者はアジーム家の従者。あり得ないと言い切れないんですよ」
アジーム家は熱砂の国が誇る大富豪。親戚筋には王族に名を連ねる者もいる程の家系だ。
召喚に必要な物資の調達と、その際に出た被害をもみ消すことも不可能ではない大物。
召喚者の勘違い、または応召者の嘘であるならば良いが、これが事実であるならば、それなりの対策が必要になってくる。
「確かに、過去に“隣人”が応召者となって召喚者を助けたという歴史は存在するがの。じゃがそれは事実確認の取れておらん記述。信憑性は極めて薄いじゃろう」
仮にそれが事実だったとしても、それは戦時中という異例の事態であったからだ。
“隣人”は寄り添う者。歴史の行く末を見定めることを選んだ者達だ。誰かに頭を垂れるような種族では無い。
「仮にその申請が本物であるとして、“隣人”は世界の歴史に寄り添い、その歩みを見守ってきた者達じゃ。中には現在の平和のために尽力してきた者も居ろう。なんにせよ、粗相が許される相手ではないのは確かじゃな」
―――――事実か否かの確認が取れるまで、精々気を抜かぬようにするんじゃな。
面倒事を生徒に寄越すな、とクロウリー達を睨め付け、リリアはこの案件の匙を投げた。
正直、手に負えないが故に関わりたくないのである。
(こういうのは、高みの見物を決め込むに限る)
リリアに見放されたことで顔を真っ青に染め上げるクロウリー達を見て、リリアはそっとほくそ笑む。
その愉快でたまらないと言わんばかりの表情は、確かに彼も“ヴィラン”であることを証明していた。