ツイステキャラ達に姐さんの記憶が覗かれちゃう話
それは小さな好奇心から起こった悲劇だった。秘密主義な異世界人―――――ツバキの秘密を知りたい。そんな想いから生まれた悲しい事件だった。
好奇心に駆られた青年達は、ツバキに魔法を掛けた。青年のうちの一人が、そう言ったことに向いたユニーク魔法を持っていたのだ。人の記憶を引き出し、映像として映し出すことが出来るのである。
そうして、徒党を組んでツバキから記憶を写し取った彼らは、それを講堂や食堂など、人の集まるところで公開することにした。だってみんなが知りたがっていたことだから。だから、ちょっとした悪戯心のようなもので、みんなが見られるようにしてしまったのだ。それが、惨劇の始まりとなるとも知らずに。
―――――何だ、これは。
レオナは映し出された映像を前に、呆然と目を見開いていた。
ツバキを軸に展開される戦場。悍ましい敵。舞い散る鮮血。積み上がる敵の残骸。そこには吐き気を催す光景が広がっていた。
状況はよく分からない。何となく分かるのは、ツバキのいる城が襲撃されており、防衛戦を強いられているということだ。
何故そのようなことが起こっているのか。何故そのような目に遭わなければならないのか。ツバキはそれを当然のように受け入れており、城を落とされないために尽力している。
敵の数は多いものの、戦略家としてはツバキの方が上手であるようで、決して押し負けることはなかった。
味方側の男が斬られる。けれどツバキは顔色一つ変えず、いっそ冷酷なまでに淡々と指示を飛ばす。そしてまた一つ、首のない死体が作られた。
(何という事じゃ………)
リリアが髪を掻き乱しながら頭を抱える。ツバキの年齢は、19とまだ若い。何百年と生きているリリアからすれば、幼子も同然であった。
ツイステッドワンダーランドにも、悍ましい歴史は存在する。しかし、20にも満たないような若さで戦場に駆り出されるようなことはない。子供を戦渦に巻き込むようなことだけは、彼等の矜持が許さなかったのだ。
だというのに、彼のいた世界はそのような事が起こっている。戦っている者の中には、ツバキよりも年若い見た目の者も多かった。その事実に、あまりの悍ましさに、リリアは吐き気が止まらなかった。
斬って、斬られて。斬って、斬られて。斬って、斬って、斬って、斬って、斬って。
斬っても斬っても、攻撃は止まない。戦いは終わらない。死体だけが積み上がっていく。
悍ましい光景。絶望を写し取ったような惨状。ツバキの味方と思われる男達の死体がその中に混じっていないことだけが、唯一の救いだった。
映像を見ているだけのリドル達でさえも、早く終われと神に祈ってしまうようなものだった。それでも映像の中の彼等の瞳から光が失われることはなく、諦めの色は絶対に見せない。
一体どれだけの時間が経っただろう。どれだけの“死”があっただろう。けれど、終わりの見えなかった戦いに、ようやく終わりが見えてきた。ついに、襲撃の首謀者と思われる男の確保に成功したのである。
頭を垂れるようにツバキの前に跪かされた男は、上目でツバキを睨み付けていた。その目を見たカリムの口から短い悲鳴を上がった。隣に居たジャミルに縋り付き、顔から血の気を引かせている。咄嗟にカリムを受け止めたジャミルも、男の鋭い眼差しには背筋を冷やした。
男の目は、憎悪に燃えていた。自分が向けられているわけでもないのに、恐ろしくてたまらない気持ちにさせる瞳だった。
『縛り上げて政府に引き渡してくれ』
相対しているツバキも、それに劣らない冷たい視線を男に向けていた。また、男に向けるツバキの言葉も、普段からは考えられないものだ。
ツバキの指示に従い、武器を携えた男達が首謀者の男を縛り上げていく。男は抵抗するつもりはないようだったが、悔しげに歯を食いしばっている。
『…………な、にが、』
『………………』
『何が、審神者だ! “歴史を守る“だ! 歴史を変えることの何が悪い!!!』
喉よ裂けよと言わんばかりの絶叫だった。その声を聞いたグリムは全身の毛を逆立てて、隣に居たエースの肩にしがみついた。
それは、腹の底から、魂から吐き出された叫びだった。男は、全霊を持ってツバキに訴えかけている。“自分は間違っていない”のだ、と。
どちらが正しいのか。それは当事者ではないデュース達には分からない。けれど漠然と、これはどちらが正しいとか正しくないとか、そんな単純な話でないことだけは理解できた。
『お前達は、自分達に正義があると思っているのか……!』
『善悪の尺度を用いるものではない。私達が守っているのは本来辿るべき歴史。確固たる事実だ』
『……っ! 変えたいと思う歴史を持たないお前には、俺達の苦しみなど分からない!』
『そも、お前達が何もしなければ、この戦争は始まらなかった。起こらなくていい悲劇が起きたんだ。お前達こそ、自分たちが無用な苦しみを生んでいることを理解するべきだ』
話の全容は見えない。口ぶりから察するに、ツバキ側に正義があるようだった。ツバキ達が武器を取らなければならない理由を作ったのは、男側にあるのだから。けれど、これはそんな風に、善悪の区別を付けられる問題ではないのだ。男にもそうしなければならない理由があって、ツバキには大義がある。双方共に己の言い分があって、それがもっと大きくなったものが、この戦争の始まりなのだ。
男の顔が歪む。ツバキを見て、ツバキを通した誰かを見て、今にも泣いてしまいそうに、唇を噛み締めている。
『娘が、殺されたんだ……』
そしてとうとう、男の目から涙が滑り落ちた。その涙と共にこぼされた台詞に、クロウリーの喉がヒュッと妙な音を立てた。
『くだらない男の、くだらない理由で殺されたんだ……!』
それでも尚、ツバキは眉一つ動かすことなく男を見下ろしている。何故そこまで冷徹で在れるのか。何故そこまで徹底していられるのか。画面の前で見ているだけの彼等には分からない。
『遊ぶ金欲しさに盗みに入って、偶然居合わせた娘に襲いかかって……! まだ、
男は、その先を言葉に出来ない様子だった。娘の身に降り注いだ、身の毛もよだつ出来事を、口に出すのも拒否しているのだ。
娘がいるトレインは、男の心情が痛いほどに理解できた。くだらない理由で娘の身も心も蹂躙され、命すらも奪われたのだ。そんな理不尽を、父親である男は決して容認出来なかったのだ。
だから、彼は武器を取った。歴史を変える選択を取ったのだ。
『本当に、くだらないな』
しかし、そんな男の言葉を、ツバキは冷たく両断した。いっそ悲しいほどに、ツバキは男を拒絶する姿勢を見せている。
それは当然のことだ。己の命を脅かした相手に対して優しくしてやる義理など無い。けれど、違和感を禁じ得ないのだ。ツバキの顔が、まるで能面のようだったから。
―――――そうだ。くだらないことだ。
たった一人の命のために、何万人もの人間の命を踏みにじる行為を行うなんて。
なんて身勝手で、どうしようもない男なんだ。
不意に、ツバキの心情が流れてくる。
ツバキの言葉は厳しいものだった。慈悲の欠片も感じられない。けれど、多数を救うためには正しい言葉だった。多くを助けるためには、ときとして斬り捨てなければならないものがあるのだ。
しかし、ツバキの心は震えていた。悲しみと憤りとやるせなさで。
その震えに、エペルは心臓が痛くなった気がした。胸元で拳を握りしめ、ぎゅっと唇を引き結ぶ。そうしなければ、泣き叫んでしまいそうだった。
―――――この男に同情の余地はない。私欲で多数の命を奪うことを選択したのだから。
そも、この男は私達を殺そうとした。この男は“敵”である。殺さなければならない。排除しなければならない。そこに、どんな理由があろうとも。
頑なな心の声が響く。それは己に言い聞かせ、自分を納得させようとしているように聞こえた。
それもそうだろう、とシルバーは眉間に皺を寄せる。男のしたことは確かに間違いだ。けれど、もし自分の大切な人が同じように陵辱の限りを尽くされて殺されたら、自分だってきっと、男と同じような選択を取っただろう。それがどれほど愚かなことだと分かっていても。
『…………本当に、く、だらない……』
不意に、ツバキの声が震える。戦慄く唇を、噛み締めることで抑え付けている。その顔は真っ白で、血の滲む唇だけがやけに際立って見えた。
ツバキの葛藤が、見えた気がした。
彼とて、男の言い分を真っ向から否定したいわけではないのだ。多くの命を危険に晒す行為だとしても、たった一人の愛する者のために戦う心情を、理解できるから。ツバキもきっと、そうなのだ。大切な者達を傷付けられたら、彼はおそらく、手段を選ばない。男と同じように、剣を取るのだろう。
―――――無理だよ。
響く心の声。それは今にも崩れ落ちてしまいそうな、悲痛な声だった。
―――――くだらないなんて心から言えない。
歴史改編がどれほど恐ろしいことかは分かっている。それがどれほどの悲劇を生むのかも。
けれど、彼の気持ちも分かってしまう。愛する者の苦しみを全て取り払いたいのは、私も同じだ。
ポロ、とツバキの瞳から涙が零れた。
ツバキが、己の涙に気付いて慌てて拭い去る。けれど、小さな雫が一粒零れたのを皮切りに、ボロボロと大粒の涙が溢れて止まらない。何度も何度も、涙を止めようと必死に目元を擦る。だが、溢れる涙が止まることはなかった。
男が、呆然とツバキを見上げる。呆気に取られながら、男が口を開いた。
『…………何で、お前が泣くんだ……』
『…………泣いてなんていない。お前達のために流す涙など、存在していない』
それが強がりであることなど、その声、その姿を見た者ならば誰もが察するだろう。それほどまでに、ツバキの声は震えていた。真っ赤になった目元が、悲痛な心情を写し取っていた。
『……お前、いくつだ?』
『…………もうすぐ、19になる』
『……そうか』
震える声で紡がれた言葉に、教師達と三年生が一斉に崩れ落ちた。もうすぐ19と言うことは、まだ18歳。三年生と同い年と言うことだ。教師達は自分たちの受け持つ子供達と重ねてしまい。三年生達は自分たちと同い年と言うことに気付いてしまい、そのショックで立っていられなくなってしまったのだ。
まだ学生だ。まだまだ子供だ。そんな子供が、どうしてこんな目に。
教師達は目頭を押さえ、三年生達は嗚咽を漏らした。
『娘と、同い年か……』
―――――生きていたら。
その一言に、映像の中のツバキが膝から崩れ落ちた。それと同時に、この映像を見ていた者達の殆どが地面に転がった。
―――――――――――――――――――――――――!!!!!
言葉にならない悲鳴が、学園中を震わせた。打ちひしがれた絶叫に、幾人かが耳を塞いで蹲る。そうしていないと、傍観者である自分達でさえも、慟哭してしまいそうだった。
顔を覆っていたツバキが、のろのろと顔を上げる。その顔を見たグリムが、ヒュッと息を呑んだ。
その顔は涙に濡れていたが、何の感情も浮かんでいなかった。人形のような、作り物めいた顔。性別を感じさせない顔立ち故に、尚更そう思わせた。
『………………首を、』
『……いいのか?』
『…………ああ』
ツバキを支えていた男に、ツバキが指示を出す。その指示を聞いた男は、僅かに眉を寄せた。
―――――首? 首を、どうするというのだ?
バルガスが目尻に溜まった涙をそっと拭いながら、その答えを待った。
―――――彼は、殺してやった方が良い。政府に引き渡したら、きっと彼の尊厳だけでなく、娘の尊厳までも踏みにじられることになるだろうから。
そうして差し出された答えに、バルガスと、その隣にいたクルーウェルが神に慈悲を請うた。何故、そんな。殺してやった方が良いなどと。何故そんな恐ろしい発想に至るのか。そして、それを実行するだろうと確信されている政府とは。戦争とは、人をここまで追い詰めるものなのか。信じてもいない神に、彼等は縋るような思いで祈りを捧げた。
男への思いやりを口には出さず、ツバキは有無を言わせぬ態度を貫いた。ツバキが考えを変えないことを察した男が、首謀者に近寄った。
政府に引き渡すことを決めたツバキが、その決断を覆した。その決断は、ツバキ達側にとって不利益を被るものだ。全体の益を考えるならば、それは反逆行為とも取れるだろう。けれど、それでも、理屈ではないのだ。
『せめてもの慈悲だ。ひと思いに殺してやる。抵抗するな』
『………………はは、甘いな』
『その甘さこそ、人の弱さであり強さだ』
男が、武器を構える。首謀者は口元にうっすらと笑みを浮かべ、ツバキに目を向けた。
『……嬢ちゃんは、少し娘に似ている』
『…………だから何だ』
『……こう言っちゃ何だがな、嬢ちゃんが死ななくて良かった』
―――――きっと、娘といい友達になれた。
それが、とある娘の父親の最期の言葉となった。落とされた首が、宙を舞う。その様をしっかりと見届けたツバキの心は、酷く凪いでいた。まるで、心が死んでしまったかのように。
失意も、絶望も、悲嘆も。何もない。あって良いはずのものが、何もない。
『動きに支障のないものは、二手に分かれてくれ。一つは本丸内の警邏。息を潜めているものは斬り殺せ。もう一つは重傷者を手入れ部屋へ。資材の準備も頼む』
『『『応!!!』』』
そうして、映像の中のツバキは何事もなかったかのように日常へ帰る準備を進める。こんなことは、ままあることだと言わんばかりに。
そこで、映像は途切れた。ユニーク魔法の使い手の魔力が切れたことで、記憶の再生が終了したのだ。
「―――――あんまりだ」
嗚咽が満ちる空間に落とされたのは、リドルの一言だった。こんなのは、あんまりだ。絶望ばかりで、希望なんて何もない。どうしてこんなものを背負って、ツバキは笑っていられるのだろう。人に優しくあれるのだろう。もっと残忍であって良いのに。それもやむなしの過去を持っているのに。
「どうして、あんな地獄に帰りたがるんだ」
理解できない、と首を振ったのはアズールだ。海だって残酷な世界だ。生存競争が日々繰り広げられる過酷な場所。食って食われて、明日を生きるために今日を生きるような、そんな日々。けれど、ツバキのそれとは違う。そうしなくても生きていける場所で、生存とはまったく別の理由で、人と人とが殺し合っている。
双方共に、それぞれの言い分があった。男には変えたい過去があって、ツバキには在るべきものを守るという大義があった。けれど、それは決して交わることの出来ない主張で、どちらかが倒れるまで終わらない戦い。殲滅を目的とした戦争だった。
優しい人が、胸に淡い光を宿した人が、どうしてそんな惨い争いに巻き込まれなければならないのか。どうして、そんな悍ましい世界を生きなければならないのか。
啜り泣く声が止まない。声にならない言葉が溢れ、形にならずに消えていく。蹲り、倒れ伏し、壁に縋り付く。ナイトレイブンカレッジに、災禍に見舞われたような光景が広がっていた。
記憶の上映を阻止されないように、眠らされているツバキが目に入る。今見たものは全てまやかしだと言って欲しくて、揺り起こそうと手を伸ばす。ふと、その手が止まった。
「…………“嬢ちゃん”?」
首謀者の男の発言に気付いたのは誰だったか。一人の呟きをきっかけに、最期のやり取りが蘇る。男は、確かにツバキを「嬢ちゃん」と呼んでいた。ツバキも、それを訂正しなかった。そこから、導き出される答えは―――――。
再び、地獄がやって来る。