慈悲の魔物
「つ、ツバキ、ど、どうしよう……! お、俺の治癒魔法じゃ、治せなくて…………!」
ジャミルが、瀕死の小鳥を小さな両手で優しく包んで、ツバキの元にやってきた。
その小鳥は、どうやら生まれて間もないようで、何かの拍子に巣から落ちてしまったようだった。
それもただ木から落ちた訳では無さそうで、片翼は捥げかけ、脇腹にかじられた痕がある。蛇や鼠に襲われたのだろう。
その命は、すでに治癒魔法で治せる範囲を超えていた。
治癒魔法は、あくまで治療のための魔法である。治せる範囲は決まっているし、万能の神秘ではない。
けれどツバキには、その一段階上の魔法の行使が可能だった。ツバキのユニーク魔法の一つ―――――再生魔法である。
死んだものは蘇らない。けれど、治癒魔法では及ばない、死の淵からの帰還を可能とする魔法だ。
しかし、それには大きな代償を必要とする。魔法行使者の命を削るのである。
死に向かっていた流れに逆らうのだ。当然の代価と言えた。
「つ、冷たく、冷たくなってきてて…………! し、死んじゃうの…………?」
ぽろりぽろり。まろい頬に美しい雫がこぼれ落ちる。
目元を真っ赤に染め上げて巨体の魔物を見上げる様は、見ている方が胸を締め付けられるようだった。
「ああ、主。泣かないでくれ。大丈夫、この小鳥は死なないとも」
溢れる雫を指先で掬い、優しく髪を撫でる。
まだ幼い主人を宥め、ツバキの大きな手ならば、両手を一緒くたに包めてしまいそうな小さな手に掌をかざす。
すっと息を吸い、ゆったりと詠唱を紡ぎ始めた。
「血に濡れた大地」
突然呟かれた悍ましい言葉に、小さな主人がぎょっと目を見開く。
けれど、ツバキの右手に魔力が集まっていることに気付き、ツバキが魔法を発動しようとしているのだと理解する。
伝説として語り継がれる魔物の、ユニーク魔法。魔法士を目指す少年の目には、酷く興味深いものとして映った。
「荒れ果てた故郷。死せる土では一輪の花すら芽吹かない」
けれど、魔法を発動するための詠唱はあまりにも残酷で、ツバキの過去を彷彿とさせるものだった。
「―――――我らに眠りを(ララバイ)」
淡い光が小鳥を包み込む。すると目を閉じていた小鳥のまぶたがピクリと動き、ゆっくりと目を開ける。次いできょろきょろと首を動かし、ジャミルにつぶらな瞳を向けた。ぴちち、という可愛らしい鳴き声が嘴から漏れ、ぱたぱたと羽ばたく翼が忙しない。
けれどそれは元気になった証拠で、涙に濡れていたジャミルの顔に笑みが浮かんだ。
「さぁ、これでもう大丈夫だ。巣に帰してあげるといい」
「うん! ありがとう、ツバキ!」
魔物を冠する生き物がにっこりと笑う。その笑みに釣られるように満面の笑みを浮かべたジャミルに、ツバキは満足げだ。
「じゃあ、私は見回りに行ってくるから」
「え?」
指通りの良い髪を撫で、ツバキがジャミルに背を向ける。
見回りなんてしなくても、気配で全て把握できると言っていたのに。わざわざ自分の足で出向くようなことでもあったのか。
足早に去って行くツバキに、何だか酷く胸が騒いだ。