右大将リリア×姐さん






「駄目だよ、旦那さん。こんなかわいい奥さんに荷物持たせるなんて」
「あ゛?」


 その言葉を言われたのは、旅から帰還したツバキと買い物をしていたときのことだった。夕飯に使う野菜などの食材を買い、商品の詰められた袋を受け取ろうとして、さっと躱されたのだ。いくら人間よりも力の強い妖精族と言っても、妻に持たせるのは憚られる。そう思って、リリアが受け取ろうとしたのだが、店主の男は何を勘違いしたのか、リリアを“妻”の立場として扱ったのだ。ピキ、とこめかみに青筋が立つのが、自分でも分かった。
 ツバキは確かに中性的だ。上背もあり、リリアとの身長差は20センチを越えている。その上リリアも中性的だ。小柄でかわいらしい顔立ちをしており、見る人によっては少女だと判断するものもいるだろう。長身で美形なツバキと並ぶと、余計にそのように見えるのだ。
 このようなことは今までにも何度かあった。ツバキに対してリリアを「かわいらしい奥さんですね」と褒めたり、リリアをナンパしようとした男達がツバキに食って掛かったり。
 もちろん、それを利用したことがないとは言わない。かわいらしいから、という理由で商品をオマケして貰ったり、値引きをしてくれる店があるからだ。戦時中は敵が油断してくれることもあって、面白くないと思いながらも有効的に活用していたものである。最も、顔が知れ渡ってからは、使えなくなってしまったけれど。
 けれど、隣に妻を連れているときにそのような扱いを受けるのは我慢ならない。よそ様から見たらツバキは男性にしか見えない女性かもしれないが、夫であるリリアにとっては魅力的な女なのだ。“愛しい妻”という贔屓目もあろうが、リリアから見てツバキは一等美しい妖精だった。だから、こんな風に勘違いされることは彼の中ではあり得ないことで、妻を蔑ろにされているように感じてしまうのだ。苛立ちで、かわいらしい顔が見る影もない程に険しいものになる。
 荷物を差し出され、ツバキは感情の読めない笑みでそれを受け取った。それが面白くなくて、ツバキの手に渡った袋を、リリアがさっと奪い取る。そして空いた手を掴んで、踵を返す。出口に足を向けるとき、店主のぽかんとした間抜け面が見えた気がした。


「リリア?」
「帰るぞ、ツバキ」
「ああ、うん」


 手を繋いだまま、家路を辿る。今日の買い物はこれで終いであるため、ツバキは何も言わずにリリアに手を引かれる。ずんずんと大股で歩を進めるリリアに合わせて歩いていると、あっという間に森の入り口に辿り着いた。周囲に自分たち以外の気配がなくなったことでようやく落ち着きを取り戻したリリアが足を止める。ツバキも、彼の隣に並んで足を止めた。
 繋がれた手に、力がこもる。


「今後、さっきみてぇなことがあったら、きちんと訂正しろ」
「それは構わないが……。そんなに気になることなのか?」
「ああ。それはもう、暴れ出したいくらいにな」
「それは、困るな………」


 「分かった」と真剣な顔で頷くツバキに、リリアの手から力が抜ける。ツバキは真剣な願いを無碍にする妖精ではない。彼女が了承したならば、きっとそうしてくれるだろう。
 嫌なものでわだかまっていた心が溶かされる。リリアがふっと口元を緩めると、ツバキの唇も弧を描いた。


「さぁ、帰ろうか。今日はシチューだよ。余ったら、明日の朝はグラタンにしようか。ドリアの方が良いだろうか?」
「……余るか?」
「多めに作るから大丈夫だよ。……おそらく、きっと」
「こりゃ余らねぇな」


 そうして、二人は手を繋いだまま、森の中へ足を踏み入れた。


(…………顔が悪いのか、背が低いのが悪いのか)


 真剣に悩むリリアの横顔をそっと見つめながら、ツバキが小さく笑みを浮かべた。




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