右大将リリア×姐さん
リリアの旅の目的は、竜の卵を無事に孵す方法を探すことである。結果として
丁度その頃、妖精の勘というべきか、何かを感じ取ったツバキは谷に帰ってきており、リリアは彼女の自宅を訪れていた。
しかし、彼女の元を訪れたものの、何と切り出したものかとリリアは頭を抱える。同じような境遇で、絶望の淵を彷徨っていた同胞だというのに、自分だけが一抜けしてしまったという状況が、彼に何とも言えない罪悪感を抱かせていたのだ。
「自分だけではない」という事実はリリアにとって大きな心の支えとなっていた。自分と同じように絶望を隣人として歩く旅人がいるというのは、何よりも心強かった。それは慰めであり、癒やしだったのだ。
ツバキが自分と同じような心境で旅をしていたかは分からない。けれど、些細な希望すらないツバキに、己の旅は終わったと告げるのは、何より残酷なことなのではないかと、そう思ってしまったのだ。支えがなければ頽れてしまいそうなツバキにそんな行いをしてしまえば、もう二度と立てなくなってしまうのではないかと、リリアは本気で心配だった。
「リリア」
思わず聞き惚れてしまう声が、いつになく柔らかい音を奏でる。俯いていた顔を上げると、ツバキは優しい顔をリリアに向けていた。
「いい報告があるんだろう? 是非、聞かせて欲しいな」
「ツバキ……」
「私が友の吉報を喜べない器の小さい妖精だとでも?」
「いや、そんな風には思っちゃいねぇが……」
ツバキはそれ以上は急かさずに、いつものように柔和な笑みでリリアの言葉を待っていた。
彼女はきっと、リリアの旅の終わりを心の底から喜んでくれるだろう。それこそ、我が事のように。ツバキは、そういう生き物だった。
リリアが、意を決して口を開く。
「…………探し物は結局見つからなかったが、目的を果たす事が出来た」
やっとのことで絞り出すと、やはりツバキは微笑んだ。花が咲いたような、美しい笑みだった。
「おめでとう、リリア」
感極まったような、上擦った声。目尻には、涙が滲んでいる。彼女は、心の底からリリアの吉報を喜んでいた。
そんなツバキに、リリアは胸が締め付けられるようだった。
その涙を拭いたい。腕に閉じ込めて、思い切り抱きしめたい。その感情は、友人に向けるものでなかった。
ツバキは誰かと共にいなければ、いつか自壊してしまいそうな、どうしようもない女だった。誰かが引き留めてやらないと、血を流しながら歩き続けてしまうような、愚かしい生き物だった。けれど、そんな哀れで愚かな女の、どうしようもないところを受け止めるのは自分が良いと、リリアは思ってしまったのだ。
それが恋とか愛とか、そういったものであるかは判然としない。けれど、何かしらの特別な情であることは確かだ。何故なら、その感情を剥き出しにして許される立場に立ちたいと、リリアは思ってしまったのだから。それを自覚してしまったら、もう自分を止められなかった。
「結婚してくれ」
言葉が、勝手に口から零れ落ちた。
「…………俺、いま何つった?」
「……私の聞き間違いでなければ、“結婚してくれ”と」
「………………あ゛―――――……」
見開いた目を瞬かせるという、珍しい顔をしたツバキを見て、やってしまった、とリリアが顔を覆う。
リリア自身も、薄々感じていたのだ。ツバキに対して、他とは違う、特別な感情を抱いていることに。
けれど、こんな風に、口にするつもりはなかったのだ。彼女にとっても、リリアが“特別”だと思って貰えるようになるまで待っているつもりだった。それが、こんなにもあっさりと溢れ出てしまうなんて、リリアにも予想外のことだった。
「理由を聞いても?」
いつもの澄ました顔に戻ったツバキに尋ねられ、リリアが口ごもる。
けれど、待ちの姿勢を崩さないツバキに観念して、リリアは重い口を開いた。
「その、だな……。たまに、お前のことを、抱きしめてやりたくなるんだ……」
「うん」
「その感情は、多分、友人に持つもんじゃねぇと思う。だから、その、俺達の関係を変えてぇな、と……」
「それで結婚と言い出したのか……。随分と飛躍したな?」
「俺も失敗したと思ってる……」
もっと、ゆっくり進めるつもりだった。彼女の心は、何よりも大切なもので占められているから。
それを忘れて欲しいとは思わない。自分の心にも、同じようなものがあるから。だから、そんな大切な存在の片隅に、自分を置いても良いと思って貰えるようになるまで、待ちたいと思っていたのだ。
何故、この女相手だと、こうも失敗ばかりなのだろう。リリアが頭を抱えて俯く。そんなリリアのつむじを見下ろしながら、ツバキは首を傾げた。
「君の言い分は分かったよ。でも、私には忘れられない者達がいる。それは承知しているな?」
「ああ。それを理解した上で言ったんだ。それに、俺にもそういう奴がいる。お互い様だ」
「確かにそうだな」
そんなものは構わないのだ。己も、同じようなものを抱えているのだから。むしろ、同じようなものを抱えていて、よく似ているからこそ、ツバキに安らぎを感じているのだから。
ツバキが目を閉じて、少し考える素振りを見せる。その様子に、リリアは柄にもなく緊張した。
「……お互いに、心の一番奥底に、譲れないものがある。案外そういう相手の方が、私達みたいな生き物はうまく行くかもな」
長い睫毛が持ち上がり、漆黒の瞳が顕わになる。淡く色づいた唇が、笑みを象った。
花のような微笑みを讃えて、ツバキがリリアを見つめる。
「こういうとき、何と言えば良いのか。私で良ければよろしくお願いします?」
「…………わやわやじゃねぇか」
「それは君が言って良い台詞じゃないなぁ」
「…………それもそうだな」
気恥ずかしくなって、素直ではない言葉が口から零れる。けれどツバキは気を悪くした様子はなく、ころころと鈴を転がしたような声で笑った。
そんなツバキに、リリアが唇を尖らせる。不満げなポーズを取っているが、気を抜けば、彼も笑ってしまいそうだった。
ひとしきり笑って、ツバキが居住まいを正す。
「でも、探し物は続けても良いかな。ちゃんと、君のところに帰ってくるからさ」
「…………お前は、大事なところは外さねぇよな」
「うん?」
「いや、何でもねぇよ。旅については構わねぇ。俺はやることがあるからあんまり谷を離れることは出来ねぇが、手伝えることは手伝ってやる」
「ありがとう。これから末永くよろしく頼むよ」
「………おう」
少しぶっきらぼうな返事になってしまったが、ツバキは嬉しそうに笑っていたので、リリアも口元を緩めた。