右大将リリア×姐さん






「あれ? リリアじゃないか」


 定期報告に黒鱗城を訪れた、その帰り道のことである。涼やかな声が、リリアの耳朶を打つ。聞き覚えのある声に振り返ると、そこには分厚いローブを身につけたツバキが、何やら荷物を抱えて笑みを浮かべていた。
 まさか、茨の谷で彼女に出会うとは思っておらず、リリアが目を瞠る。けれど、彼女の出身はリリアと同じ茨の谷だ。茨の谷にいることは、何も不思議なことではない。ただ、この広い国土でたった二人の妖精が出会うことが、極めて難しい事であるだけで。


「おう、ツバキか。久しいな」
「久しぶりだな、リリア。君も一時帰還していたんだな」
「ああ、まぁな」


 嬉しそうな顔で駆け寄ってくるツバキに、リリアの頬が緩む。右大将として指揮を執っていたときは、敵味方関係なく畏怖の念が向けられていた。嫌悪や憎悪など、負の感情を抱かれることも多く、あたたかな友愛を向けられる機会は、そう多くないのだ。ツバキとの邂逅は、疲れたリリアの心に柔らかく染み込んでくる。春の日差しを受けたような、心地よさに目を細めるような気持ちになるのだ。
 駆け寄ってきたツバキは、買い物をしていたところだったのか、なかなかに大荷物だった。自分よりも上背のある相手だが、それでも異性である。純粋な腕力は己の方がずっと強いだろう。一番大きい荷物を抱えると、一瞬驚かれたものの、ツバキは嬉しそうに微笑んで礼を述べた。


「お前はここら辺に住んでるのか?」
「いや、私は森の奥に住んでるんだ」
「あ? 森? 何だってそんなところに……」
「うーん……。恥ずかしい話なんだが、私は一族に好かれていなくてな……」


 ほんの少し眉を下げたツバキに、リリアは足を止めそうになる。けれど、動揺を見せないように澄ました顔を貼り付ける。
 けれど、どうしても胸がざわついた。この女は、どこまで自分と似ているのだろう、と。


「まぁ、煩わしいことから逃げられているから、返って良かったのかもしれない。そこそこ大きな家だから、面倒事が多くてな」
「あー……。でけぇ家は、そんだけしがらみも多いからな……」
「そうなんだ。私も煩わしいなぁと思っていたから、現状に不満はないかな」


 本当に気にしていないような態度でいうものだから、リリアは掛ける言葉が見つからず、口を閉ざした。ただでさえ、絶望することに慣れきってしまったツバキなのだ。痛みを感じていて、それを隠しているのか。本当の本当に、何とも思っていないのか。彼女自身、自分の感情を理解していない可能性があった。下手に刺激して、傷付けることもないだろうと、リリアは沈黙を貫いた。
 ぽつりぽつりと旅先での事を話しながら、街外れの森の奥へと辿り着く。こじんまりとしたかわいらしい家が、木々に隠れるようにぽつんと建っていた。
 途中、妖精除けの術式の痕跡がいくつか見つけられ、彼女がそれだけ用心して隠れ住んでいるのが窺えた。そんな場所を、己に教えても良いのだろうか。そう思ってツバキを窺い見るが、彼女はうっすらと微笑むだけだった。


「ありがとう、助かったよ」
「気にするな。大したことじゃねぇよ」
「時間があるなら上がっていかないか? お礼がしたいんだ」
「お前な……。男をホイホイ家に上げるもんじゃねぇだろ……」
「友人なら良いかと思ったんだけどなぁ」
「相手がどんな奴だろうと必要な警戒だろうが」


 リリアが深いため息をつく。ツバキはすらりとした長身で、切れ長の目元が涼やかな印象を与える女性である。さらりとした濡れ羽色の髪はきちんと手入れが為されていて、触れてみたくなるような艶やかさを誇っている。吸い込まれそうな漆黒の瞳。それを縁取る睫毛も長いときた。誰もが振り返るような美貌というわけではないが、“美人”というには十分な容姿だろう。友人の贔屓目も含まれているだろうが、それを抜きにしても、彼女は魅力的な妖精だった。


「私は男性にとって食指の動くタイプではないようだけれど、たまに容姿を問わない相手も居るしな。袋を被せれば問題ないというようなことを言われたこともあるし」
「…………おいおいおい! ちょっと待て!」
「まぁ、君はその類いでないことは分かっているし、問題ないだろう」
「確かに俺はそこまでの外道のつもりはねぇが……! ちげぇ! そうじゃねぇ! おい、誰に言われた!? そいつはきちんと締め上げたんだろうな!? おい!!」


 にこにこと笑うツバキにのらりくらりと躱されて、気付いたときには夕食までご馳走になっていたリリアだった。
 ちなみにどの料理も美味だったものだから、きっと彼女に想いを寄せる相手は自分が考えるよりも多いだろう、と思ってしまった。




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