VSモブ






『サトシンVSサトシンを別れさせようとするモブ達』



 暖かい日差しが差し、少し暑いくらいの今日この頃。私――セレナはとある地方のとある博士が主催するサマーキャンプにサトシと旅を共にしていた女の子5人で参加していた。
 サマーキャンプには私の他にもたくさんのトレーナーやパフォーマーが参加しており、大変賑やかなものとなっている。その中にはサトシとシンジもいて、私の気分は高揚した。
 私はサトシが好き。
 けれど私が好きになったサトシは、シンジが隣にいてこそ成り立つサトシで、シンジが隣にいないサトシは私の好きなサトシではない。
 シンジは私の好きな人を形作っている。だから、そんなシンジも、サトシと同じくらいに大好きだ。だから、ずっと楽しみにしていたイベントに、二人と一緒に参加することが出来て嬉しいのだ。二人を邪魔してはいけないから、チームは違うけれど。
 けれど、良いことは長くは続かない。
 思春期を迎えた私たちにとって、異性という壁は大きい。異性との間に距離が出来る中で、男女で参加しているサトシ達はとても目立っていた。注目の的だった。二人は見た目もいいから、余計に。
 だからだろう。二人が雑誌などのメディアに数多く取り上げられるほどのトレーナーだと周囲が気づいたのは。
 特に私と同じくらいの年齢の女の子達は色目気立った。サトシは同年代の女の子に人気があるのだ。顔がよくて、バトルも強い、と。
 無粋でミーハーな女の子たちは、もちろん二人に突撃した。二人は付き合っているのかとか、そういうことを聞くために。
 そうだと二人が肯定すれば、黄色い悲鳴を上げる。そして祝福するならいい。けれど、たまにいるのだ、それを歓迎しない輩が。


「サトシ君ってかっこいいけど、子供っぽいじゃない? シンジさんってそういう人苦手そうなのに付き合ってるのが不思議でさ、ちょっと話さない?」


 サトシ達に突撃したうちの数人が、シンジが一人のところを狙って声をかけた。サトシは久々に再会したハルカたちと言葉をかわしていて、どうやらシンジはそれを待っているようだった。
 この手の相手はそれなりに相手をしておかないと何をしてくるかわからないタイプの人間だ。シンジもそれを分かっているのから、ゆっくりと頷いた。
 多勢無勢に加勢しようと、一緒にいたアイリスとシンジの元に駆けつけようとしたけれど、私たちに気づいていたらしいシンジに、こっそりと制された。自分で何とかするつもりでいるらしい。


「サトシ君とは長いの?」
「でもサトシ君、他の女の子のとこばっか行ってるよねぇ? 大丈夫? うまくいってる?」
「もう惰性で付き合ってる感じ? シンジさん、嫉妬とかしなさそうだし」


 他の女の子たち、とはカスミやヒカリのことだ。サトシは彼女らを姉妹のように思っているし、彼女たちだってサトシを兄弟の様に思っている。シンジはそれを正しく理解している。
 だからって別に嫉妬していないわけじゃないと思う。ただ、サトシが浮気なんてしないと信頼していて、例え浮気をされても、去る者を追うつもりがないだけ。
 ――っていうか何でそんなに楽しそうなわけ? と眉を寄せたアイリスに、私は全面的に同意した。
 彼女達はサトシとシンジを別れさせたいのだ。あわよくば、その地位を奪うために。


「確かにな。あいつは見てくれはいいが、いつまでたっても子供の様だし、頭の出来は良くないし、とてつもなく鈍くて、もう随分と前からうんざりしている」
「やっぱり」


 女の子達が嬉しそうに笑った。けれど私とアイリスは複雑そうな顔をしていると思う。
 ――だって惚気にしか聞こえないんだもの。
 サトシとシンジはお互いのいいところも悪いところも、すべて見たうえで付き合っている。彼女たちの様に見た目で惹かれたわけじゃない。それを知っているからか、悪口だって最早惚気にしか聞こえないのだ。
 けれど女の子達がそんなことを知るはずもなく、彼女達は楽しげな声を上げた。


「きっとシンジさんは年上の方が合うんだよ。うんざりしてるなら別れちゃいなよ」
「それがいいよ。別れちゃったら?」
「そうだな」


 好き勝手言って笑う女の子たちの笑顔はキラキラと輝いている。二人が別れれば、サトシが自分のものになるとでも思っているのだ。――自分達がサトシの一番嫌いな類の人間であることにも気づかないで。
 シンジが頷くと、彼女たちの顔はよりいっそう輝いた。


「しかし、仕方ないだろう? あいつがいつまでたっても私から離れていかないんだから」


 ――やっぱり、と私とアイリスが苦笑する。悪口に見せかけた、素直じゃない惚気だ。
 女の子たちの顔が引きつった。いっそ面白いくらいに。


「私はあいつが他の女の元に行こうが、引きとめるつもりはない。あいつもそれを承知している。それでも、あいつは私から離れていかないんだ」
「……なんだか、サトシ君の一方通行みたいな言い方するんだね?」
「好きじゃないのに縛り付けてるの?」


 最低、と女の子が呟く。囁くような呟きではなく、シンジにわざと聞かせるような声で。
 何を聞いてたのかしら、とアイリスが呆れたように嘆息した。あの子たちはシンジの話なんか聞いちゃいないのね、と肩をすくめる。私はまたも賛同した。
 重ねて言うが、シンジは去る者は追わない。シンジだって去られない様に努力はしているのだ。その上で去ってしまうということは努力が足りなかったか、他の人に心奪われてしまったか。そうなったらシンジは潔く身を引こうと考えているのだ。縛り付けているなんて、とんでもない。


「むしろ驚くほど放任主義だと思うが? それに、私が誰をそばに置こうが、そいつをどのように扱おうが、お前達には関係ないだろう?」


 シンジはそう言って気だるげな様子を見せる。あおるような発言で誤解されそうだから言っておくが、シンジは決して人を雑に扱ったりしない。どんなに面倒な相手でも、対応に当たることはする。それが本当に面倒な相手だったりすると、多少丁寧さに欠けるときはあるけれど。
 そんなことを知らない女の子たちが鼻白んだ。


「シンジさんって性格悪いよね」
「よくこんなこと付き合えるよね、サトシ君」
「だから他の子のとこに行ってるんじゃない?」
「もしくは騙されてるんじゃない? サトシ君の前でだけ猫かぶってるとかさぁ」
「顔がいいって得ね。男の子も簡単にだませちゃうんだから」


 出るわ出るわ、驚くほど流暢にシンジを罵倒する言葉が並べられる。もともと用意していたんじゃないかというくらいに。
 頭に血が上ってくる。確かに口は悪いかもしれないけれど、厳しいところはあるけれど、人をだますような卑劣な真似は絶対にしないのだ、シンジは。
 謂れのない暴言に、目の前が真っ赤になった。


「だったら言ってくればいいだろう? 私はサトシを猫被って騙している極悪非道な女だと」
「シンジが俺の前で猫被ってたことなんてあったっけ」


 ぽん、とシンジの肩に手を置きながら、シンジの背後からサトシが現れる。
 いつの間に、と驚いていると、カスミたちが手を振っているのが見えて、合点がいった。再会を喜んでいる間も、サトシ達はシンジを気にしていたのだろう。ナイス、という意味を込めて親指を立てた。


「シンジが性格悪いなんて今更すぎる事実なんだけど」
「ほっとけ」
「可愛くねぇの」


 意地悪なことを言いながら、サトシが笑う。可愛くないと言いつつも、サトシの目は本当に優しくて、愛しいという感情が溢れている。何だかこちらが恥ずかしくなってくるような表情をしていた。


「俺はシンジが性格悪いってもの全部知ってる。でも、それも含めてシンジで、それでも一緒にいたいって思ってるから、別にだまされてるとか、そういうわけじゃないよ。心配してくれてありがとな」


 そう言ってサトシが笑う。シンジに向けた温かい笑みじゃなくて、ちょっと怖い笑顔。女の子たちもその温度差に気づいたのか、少しだけ顔から血の気を引かせて硬直した。


「お前って女の趣味悪いよな」
「お互い様だろ」


 呆れたように嘆息するシンジに、サトシが眉を下げて笑う。
 性格が悪いってわかってて、それでも一緒にいたい。そう言うのって凄く憧れるけれど、それはすごく難しいことだと思う。でも、その難題を乗り越えた答えが、幸せそうに笑っている。その笑顔を見て、私もそんな人と一緒になりたいと、心の底から思った。




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