VSモブ






『シゲルVS研究員こそ至高の存在だと思っているモブ』



「君は付き合う友人を選ぶべきだ」


 僕の目の前にいる少年――シゲルくんはコーヒーを飲む手を止めて、僕を見やった。
 彼は研究員という選ばれた存在の中で、10歳にして化石の復元に成功した天才で、研究界の権威と呼ばれる偉大な博士の孫に当たる。
 休憩時間を同じくしているが、僕が友人と呼べるほど気安い存在ではない。
 ついこの間も伝説として語られるポケモンについての論文を発表するという偉業を成し遂げた。
 しかしそれをひけらかすことも、鼻にかけることもしない。
 彼は優秀な人間の中の、その更にひいでた存在だった。

 だからこそ、彼は周りにいる人間も、彼に釣り合うレベルのものでなければならない。
 無名のトレーナーなどではなく、僕達研究員のような優れた人間でなければならないのだ。


「人を見る目は、ある方だと思っています」


 それはそうだろう。彼は優秀な人間だ。
 彼の見る目を否定する気はない。


「それはわかっているよ。けれど、君がいつも気にかけている少年の価値が、僕にはわからない」


 幼馴染だというトレーナーは、相性はまるで無視したバトルを行うし、進化もさせない。僕達研究員が血を吐くような努力で作り上げた相性対抗表を使わないなんて、僕達に対するひどい冒涜だ。ポケモンを進化させないのも、無知で無能なトレーナーだからに違いない。
 そんなトレーナーと、シゲル君が関わる必要はない。幼馴染の縁で情けをかけているにすぎないのだろうが、彼に君が情けをかけるのはもったいない。彼は格下すぎる。


「僕は彼に価値なんて求めていません。もし価値を求めるというのなら、その価値は計り知れないほどにあります」


 そんなわけがない! 彼は無知で無能で下賤な一介のトレーナーにすぎない。僕たちのように優勝で頭脳明晰な研究員ではないのだから!


「分かりませんか? なら、その価値をお見せしましょう。ただし、誰にも口外しないことを約束に」
「……本当にそんな価値があるのなら、ぜひ見せてほしいものだね」


 僕の負け惜しみのように吐き捨てた言葉に、シゲル君はにっこりと笑った。





「嘘、だ……」


 幼馴染の価値を見せてくれるという彼の言葉に、僕は彼の持ってきた写真を見た。そこには数々のポケモンたちがおり、その中心には幼馴染の少年がいる。どう見てもごくごく普通の写真だが、これのどこに価値があるのか、さっぱりわからない。
 シゲル君は呆れたように溜息をつき、僕に新しい写真を見せた。その写真に僕は思わず目を剥いた。
 ――伝説や幻と言われるポケモンたちに囲まれたトレーナーの姿。慕われているようなその姿に、僕は嘘だ、と繰り返した。


「彼の価値は、ポケモンを心の底から愛せること。例え伝説であろうとも、友人として、対等に接することが出来るところです」


 だから彼は、たくさんのポケモンたちに慕われる。このようにね、と言って、彼は更に多くのポケモンたちに囲まれた少年の写真を見せてくる。
 ありえない! こんな無知で無能なはずのトレーナーの前に、伝説のポケモンが現れるなんて!!!


「彼の協力がなければ、僕は論文を発表することができませんでした」


 そう言って誇らしげに笑うシゲル君に、僕は目の前が真っ暗になった。



+ + +



「君は付き合う友人を選ぶべきだ」


 その言葉に、僕はコーヒーを飲む手を止め、目の前に座る研究員の男性を見た。
 彼は僕より少し年上で、僕より少しだけ早く研究界に入った、いわば先輩だった。けれど彼は僕を、というより研究員を神聖視していて、研究員という存在を神か何かだと思っている。
 そんな彼は僕を天才だともてはやし、事あるごとにこうあるべきだ、と自分の理想を押しつけてくる。正直に言うならものすごく不愉快で目障りだ。
 そんな彼は、とうとう僕の友人関係にまで口を出してきた。

 彼は研究員以外を格下だと思っている節がある。研究員こそがヒエラルキーの頂点にいるように話す彼に、僕は共感できないでいた。
 僕が元トレーナーだったことを忘れているのか、トレーナーを軽んじる発言を繰り返し、彼のそばにいると常にはらわたが煮えくりかえっている状態になる。
 確かに研究員がいなければ図鑑などは存在しなかっただろうし、相性対抗表も作られなかっただろう。けれどそれが完成できたのは、ひとえにトレーナーの協力があったからだ。それなのに、彼はそんなトレーナーたちを無下に扱うのだ。どうにも許しがたい。

 特に僕の幼馴染には輪をかけてひどい。やれ相性を学ばなかっただの、ポケモンを進化させていないだの、うるさいことこの上ない。
 更には、僕の友人であるサトシに、友人である価値を求めてきたのだ。血が逆流するような怒りを覚えたのは、これが初めてだった。


「僕は彼に価値なんて求めていません。もし価値を求めるというのなら、その価値は計り知れないほどにあります」


 そう思っているのは本当だ。本人には言わないけれど。
 彼はポケモンに愛される才能を持っていて、ポケモンを愛せる才能を持っている。
 僕だってポケモンへの愛情なら負けていない自信がある。けれど、彼のように関わったポケモンすべてからその愛を返してもらえるかと言われれば、多分それはない。それは僕にはないもので、ライバルとして羨ましくある半面、友人として誇らしい。
 そのことを、本当は知られてはいけない(もし悪人だったら彼を利用しようとするだろうから)のだけれど、その時の僕は友人を貶された怒りで冷静ではなくて、極秘扱いを受けているような写真を見せてしまった。
 反省はしているけれど、後悔はしていない。
 伝説のポケモンに囲まれたサトシの写真を見て、研究員を崇拝する男性は、意気消沈してしまっていて、それが愉快でたまらないから。
 それに彼はプライドが恐ろしく高い。だからこのことを決して口外することはないだろう。
 一介のトレーナーに敗北したことを認めるようなものだから。


(それにしても、どうして僕の友人は軽んじられがちなんだろうね?)


 こんなにもポケモンに愛される人間が、彼のほかに存在するのだろうか?


(きっといないだろうに、)


 写真の中で笑うサトシに、僕は思わずため息をついた。




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