VSモブ
『サトシVS勘違い系悪女』
私はある日、王子様に出会った。
木の実を取ろうとして木から落ちてしまった私を受け止めてくれた人。
決してギャロップには乗っていなかったけど、私にはわかった。
この優しい笑みを浮かべて、自分を包んでくれた人こそが、私の王子様なのだと。
王子様の名前はサトシ。ポケモンに愛されていて、バトルも強くて、とてもかっこいい人。
けれどその人は、悪い女に騙されている。本当のお姫様は私なのに、そう認識できないの。
お姫様になり変わろうとしている悪女が、彼をたぶらかしているから。だから私に見向きもしない。
ああ、かわいそうな王子様。私が目を覚まさせてあげる。
(私の王子様を狙う悪女は、私が退治してあげるんだから!)
悪女の名前はシンジ。男みたいな名前に服装で、毒々しい紫の髪と目をしている。
顔だって可愛くないし、いかにもお姫様の敵である魔女のようなあくどい顔をしている。
でもそのことに、私以外は気付いていない。
(あいつが王子様に呪いをかけたから、彼にはあいつが私に見えているんだわ!)
王子様だけじゃない、みんなみんなあの女に騙されている。なんて狡猾でずる賢くて、卑怯な女なの!
みんなの目を一刻も早く様させてあげなくちゃ。だって私は可憐で健気でとっても優しいお姫様だから!
何とかして悪事を暴こうとするけれど、なかなかしっぽを出さない。
もともと私はこういう作業は苦手なの。人の悪事を暴くだなんてそんな悪役みたいなこと、正義のヒロインが得意なはずないでしょう?
その上あの女は私を警戒している。私が本当のヒロインだから、そのことに気づいて、負けるのを恐れているんだわ。
だからって同情なんかしないし、情けもかけない。これは私の王子様を奪おうとした罰なんだから。
――さぁ、私と王子様の前から消えて?
「サトシ君、大変! これを見て!」
「ん? どうした?」
私が王子様に見せたものは一枚の写真。結局しっぽを出さなかった悪女の罪を捏造したもの。
紫のウィッグに紫の上着を着た可愛い美少女。つまり私が、ポケットにお店の商品を隠している――万引き現場の写真。
後ろをむいているところをカメラのタイマーでセットして撮影したものだから、私だとはばれない。その背中は私の完璧な変装でシンジそのもの。
王子様をだますのは気が引けるけど、悪いのは全部あの女。
あいつは悪女だもの。これくらいはきっと何度も繰り返す常習犯で、万引きなんかよりもずっとひどいことだっていっぱいしてるはず。きっと今持っているポケモンだって、きっと他人から奪ったもの。じゃなきゃ王子様と互角に戦うなんてことできるわけがない。
だから気付いて王子様! あいつはこんなにも醜いケダモノで、本当のお姫様は今目の前にいる私なのよ!
「これ……誰の写真?」
「分からないの? シンジちゃんよ!」
ああ、かわいそうな王子様。
今、私があなたを呪いから解き放ってあげる。
もうあんな醜い悪女をお姫様だと言って愛でる必要はないの!
「騙されないで! あの子はとってもひどい子なの! 万引きだってするし、ポケモンだって他人から奪ったものなの! あなたにあの子はふさわしくない!」
さぁ、目を覚まして王子様。本当にあなたにふさわしい女の子は目の前にいるわ!
「……これが、シンジ?」
「そうよ! 目を覚まして!」
「……眠ってるのはそっちじゃないの?」
「え……?」
王子様が、いつになく冷たい目で私を見てくる。どうしてそんな目をしているの?
「シンジの髪はこんなに汚なくないし、色だってもっと鮮やかだ。体だってもっと細くて折れそうだし、第一、顔も見えないのにどうしてシンジだって言えるんだ?」
そもそも、どうしてこんな写真を持ってるんだ?
そう言って、王子様は私に嫌悪の目を向けてくる。どうして私にそんな目を向けるの? まるで悪女を見るような、そんな視線にさらされる。
可笑しいじゃない! ここはあのシンジとか言う悪女に幻滅して、王子様は眼を覚ます。そして悪女の魔の手から救った私の元に来るはずなのに!!!
「あのさ、」
王子様が優しい声をかけてくれる。
ああ、少し遅れて呪いが解けたのね。
期待に満ちた目で顔を上げると、王子様は満面の笑みを浮かべていた。――絶対零度の、ごみを見つめるような目で。
「俺さ、他人を貶めようとする君に、幻滅したよ」
「え? ちょ、ま、待ってよ……!」
王子様は私に背中を向けた。
そして私の王子様は、決して振り向いてはくれなかった。
+ + +
ああ、むかつく。
最近、よくわからないけれどやたら自分の周りをついて回っていた女の子がいた。俺がシンジと一緒にいる時ばかりを狙って邪魔をしてきてムカついていたけれど、今回の件で怒りが爆発した。
シンジが万引きをしている写真――どう見ても別人だけれど、その写真を見せてきて「酷い子」だの「ふさわしくない」だの言ってきて、挙句の果てに「目を覚ませ」? 意味がわからない。
まるで自分だったらふさわしいと言っているようで、頭がおかしいんじゃないかと思った。まぁ、実際におかしいんだろうけど。
自分に酔っていたその女の子は、まるで自分がお姫様のようにふるまっていて、我が儘で、常日頃からシンジを軽んじていて、勘に触っていた。
その女の子が、俺のお姫様になることなんて絶対にないのに。
「俺のお姫様は、シンジだけだっての」
吐き捨てるように呟くと、シンジが俺に目を向けた。酷く冷めた目をしていて、恋人に向ける目じゃない。
「……ならお前は王子だとでも? ……ないな」
「いや、思ってないし、自分でもわかってるよ」
「それに、私も姫という柄ではないだろう」
「うーん、まぁ……」
恋人なら、ここは俺にとっては~とか、そういうことを言ってあげるべきなんだろうけど、そんなの俺の柄じゃない。シンジだって、そういう風に言われるのを喜ぶ奴ではなくて、嘘をつかれるのはもっと嫌いな奴だ。だから、多少正直すぎることでも、正直に言わないといけない。
そんなふうに考えていると、シンジが肩をすくめた。
「お前は王子というより勇者だろ。無茶をするし、無鉄砲に突っ込んでいくところとか、ぴったりだと思うが?」
皮肉を込められた言葉に、むっとする。
「うっさいなぁ。じゃあシンジは何なんだよ?」
「私か? 私は……魔王とか、お前と対立する立場のキャラクターだろうな」
「ああ……」
なんか納得してしまった。仮にも女の子が自分で魔王とか言って、それで納得してしまうなんて、失礼なことなんだろうけど、確かに的を射ていた。
「俺たちはライバルだもんな」
「ああ」
もしかして、俺たちがこんな感じだから変な奴が現れるのかな。まぁ、変えるつもりも、変わるつもりもないんだけれど。