VSモブ






『カスミVS男装系悪女』



 どうしてこうなったんだか、と目の前の少年、否、少女を見て私――カスミとセレナはため息をついた。
 この男装少女との出会いは本当に偶然だった。サトシやシンジの旅する――地方でオーキド博士の講座が開かれることになった。その手伝いに、私が呼ばれたのだ。
 いつもお世話になっているし、久々にサトシやシンジと会いたかったから、丁度カントーに来ていたセレナとともに――地方に行った。
 そしてサトシやシンジと合流し、そのまま一緒に講座が開かれる会場に向かうこととなった。

 4人もいれば、結構な大所帯だ。目立っていた自覚はある。
 私はジムリーダーとして有名になっているし、セレナはカロスクイーン。サトシとシンジに至っては時の人だ。その上、久々に会ったというサトシとシンジがバトルを始めたものだから、その目立ちようは半端ではなかった。
 幸いなことに、整った見た目に吸い寄せられていただけで、私たちだとはばれていなかったのだけれど。
 ただ一人、数多くいたギャラリーの中で私たちだと気付いたトレーナーがいた。それが目の前の少女で、私たち、主にサトシに声をかけてきたのだ。


「君、サトシ君だよね? シンオウリーグを見て、君のファンになったんだ」


 サトシは服装のまま、男だと思っていたみたいだけど、私やセレナはすぐに気付いた。もちろんシンジも。
 男だと思っていた、といっても、サトシもうすうす勘付いてはいたようで、時々首をかしげていた。特に距離が異常に近いときなんかに。

 サトシはポケモンとのスキンシップは好む方だが、人間とのスキンシップはあまりとらない。
 心を許した相手なら握手なり、肩を組むなりはするが、知り合ったばかりの相手に距離を詰められるのは好まない。それも、シンジにしか許していない距離にはいられることは特に。
 恋人にしか許していないような距離にずけずけとはいってくる相手に、サトシは苦手意識を覚えたようだった。そして無意識ながらこの少女がサトシに気があることを見抜いて、本能的に避けたのだ。
 自分に気がある少女(セレナは例外)にそばにいることを許すのは、シンジに対する裏切りであるから。

 けれど少女はそれが面白くなかった。そして少女は行動に出た。
 それはとても卑劣な行為だった。


「し、シンジちゃんにぃ、さ、サトシ君に近づくなってぇ……っ! ひっく、た、叩かれて、痛いのぉ……」


 そう言って泣く少女は男の恰好をしており、けれど泣きざまは完全に女の子で、とてもちぐはぐに見えた。
 少女の左頬は赤く腫れ上がっており、痛々しい。


「どうしてあなたがシンジに叩かれるの?」


 そう尋ねたセレナは完全に少女を疑っていて、心は完全にシンジの味方だった。それは私も同じだけれど。
 けれど少女は気付かずに続けた。


「じ、実は僕、女なんだ。なめられたくなくて男の恰好してるけど……」
「そうなんだ」
「それで、その……さ、サトシ君を好きになってしまって、彼に近づきすぎたみたいなんだ……。それで、シンジちゃんにサトシ君に近づくなって……!」


 はい、ダウト。むしろアウトね。
 私がシンジに味方をする理由は4つ。
 まず第一にシンジは私の友達で、この少女はつい最近知り合ったばかりの知人。友達の味方をするのは当然のこと。そして、サトシの隣はシンジが一番似合うと心の底から思っているから。
 第ニにシンジはサトシがもてるのを承知で付き合ってる。だからサトシに気がある女の子がいようとかまわない。
 サトシ本人が気付いたら、その女の子とは2人きりにならないし、必要以上に近づけさせたりなんかしないのも承知済みだ。
 第三にシンジは去る者を追えない子だから、牽制なんてしないし、まして暴力なんて振るう子じゃない。もしサトシがシンジの元から去ったら、それは自分のせいだと考えてしまうような、そんな子。
 まぁ、最初からシンジを目の敵にして粗探しばかりしていたあなたには、到底分らないことだろうけれど。
 確かにサトシに一番近いのはシンジだ。サトシを好きになる子は、大抵シンジをライバル視する。
 それは全然かまわない。むしろそれは当然とも言えることだから。
 けれどこの女は、シンジが消えれば、その位置につけると思っている。そしてシンジをはめようとしている。その事実がどうしても許せない。
 第四にあんたは最初から怪し過ぎた。


(女だとばれたくないから男装してたって言うんなら、そもそも胸が当たるような距離に近寄らないっつーの)


 なめられたくないから男装している、といった少女は、サトシと出会ってから、サトシと必要以上に距離を詰めていた。
 いつもサトシの隣を陣取り、その腕に絡みつき、サトシの腕に胸を押しつけていた。
 隣が陣取れなかったら、前から後ろからサトシに近寄ったり抱きついたり、執拗に胸を強調して自分をアピールしていた。
 あんたは痴女か! と何度叫んでやりたくなったことか。セレナも同意のようで、私と同じように顔をしかめていた。シンジに至っては、サトシに同情していた。そこは同情じゃなくてやきもちを妬いてあげなさいよ……。


「……まぁでも、それはあんたが悪いわよ」
「ど、どうして!?」


 私の言葉に、少女が声を荒げる。どうやらシンジは酷い女だと同調してもらえると思っていたようで、酷く動揺していた。


「そりゃ、恋人に必要以上に近寄られたら、牽制もしたくなるわよ」


 まぁ、シンジはそんなことしないし、しようとも思わない子だけど。


「はぁ!? 恋人!!?」


 少女が泣きマネも忘れて怒りの表情を向ける。
 いいのかしら? 化けの皮がはがれ始めてるわよ。
 まぁでも、一気にはいでしまうのも一興で、私は言葉をつづけた。


「気付かなかった? サトシとシンジは付き合ってるの」
「気付くも何も、あんな不細工、女として扱ってもらってるとすらおもわねぇだろ、普通! それが恋人だぁ? ふざけんな!!!」


 不細工なのもふざけてるのもそっちの方じゃない。
 シンジはあんたなんかと違ってモテる。あんたみたいに体を使わなくても、その容姿や言動で、サトシがかわいそうなくらいにモテるの。


「つーか僕が悪いって何だよ!? 僕はあいつに殴られた被害者だぞ!?」
「本当に殴られたかわいそうな被害者なら、また殴られるかもしれないような状況で口汚く喚くなんてできないわよ」
「はぁっ!!?」


 だってそうでしょう? 私とセレナはシンジの友達で、その友達が目の前で悪く言われているのよ? 怒らない道理はなくて、もしかしたらその顔を更に腫れあがらせることになるかもしれないのに。私たちが顔見知り程度のあんたを信用するとでも思っていたのかしら?
 なんて馬鹿。私たちが冷静でよかったわね。


「そもそも、シンジは左利きよ。なのにどうして左頬が腫れているのかしら? もう近づくなって牽制したいなら、本気が殴るはずよねぇ?」
「なっ……!?」
「……素直に右手で叩けばよかったのに」


 私の言葉に、セレナが呆れたように肩をすくめた。まったくもってその通りで、私もため息をついた。


「馬鹿が馬鹿なりに考えて、その結果自分の首を絞めることになるなんて、笑っちゃうわね」
「ば、馬鹿にしてっ……!」


 少女がボールを取りだす。
 ああもう、本当に馬鹿。


「バトルするのはいいけど、恥の上塗りになるだけよ」


 バトルで私に勝てるなんて思わないことね? これでもカントーでは「強いジム」として有名なのよ?


「……っ! お、覚えてろよ!!」


 捨て台詞を吐いて、少女は転がるように逃げだした。
 おそらくもう私たちの前には現れない。サトシの前には現れるかもしれないけど、今日のことはあいつには報告しておくつもりだし、今まで以上に警戒しておいてくれるだろう。
 小物臭半端ないセリフね、と言って私が笑うと、セレナが苦笑した。


「カスミ、今日はなんだか口悪いね……?」
「そう? もしかしたら、怒っちゃったのかも。私って結構短気だから」


 すぐ怒っちゃうのよ、と笑った私に、なぜかセレナは顔をひきつらせた。




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