歌い手パロ






「ねぇねぇ、みてみて!凄い動画見つけたの!」


セレナが頬を上気させ、サトシ達を手招く。
セレナはパソコンの前に座っていた。
サナに触発され、ポケビジョンをチェックするようになったセレナは、ポケモンセンターに来るたびにパソコンの前に座っている。
時折、凄いすごいとはしゃぎながら動画を見せてくるようになったのは、まだつい最近のことだ。


「どんな動画?」
「えっとね『テンペスト』っていうグループがあるんだけど、そのグループの人って旅に出てるから、あんまり集まれないの。だから、たまに単体で動画を上げるんだけど、その単体で上げたポケビジョンのクオリティが凄いのよ!」


『テンペスト』という名に、ぴくりとサトシが反応を示す。
ピカチュウも耳をぴん!と立てたが、彼らは平静を装った。


「あ!私もその人たち知ってるよ!よくランキングで上位にいるよね!」
「僕も何個か見ましたよ。新作が出たんですね!」
「2人とも知ってるんだ!今回は珍しくシンジュさんが1人でアップしたの!これは絶対に見るべきよ!サトシも一緒に見よ!」
「おう!」


シトロンたちが自分たちのグループを知っていることに、サトシは嬉しくなる。
自分の幼馴染が褒められて、サトシは満面の笑みで笑った。


「コメントが多すぎて画面が見れないから、コメントは非表示でいくね」


パソコンの前に移動し、セレナがキーを操作する。
投稿者のコメントには「新しい地方に降り立った記念に踊ってみた」と書かれていた。
タグには【舞ってみた】【神降ろしの舞】【シンジュは巫女だった】【シンジュの本気】【発狂余裕】などが付いている。
まだ動画を見ていないサトシ達は首をかしげながら動画が再生されるのを待った。


『巻き起こすぜ!テンペスト!』


テンペストでお決まりとなっている開始の合図。
シンジュの声で高らかに宣言され、動画が始まった。

シンジュという少女は、ユキメノコとともに氷の上にいた。
よく見れば水の上に薄い氷が張られており、その上にたっていた。
ユキメノコの顔を模した白い仮面で顔を隠し、ユキメノコ風の裾の短い着物に黒いズボン。
白いオルタスの花に引きずりそうなほどに長いリボンのついた髪飾り。
それらで着飾った真珠は、ただ立っているだけで絵になった。
セレナの口からほぅ、とため息が漏れ、ユリーカが瞳を輝かせた。

音が流れ始めた。
曲が始まる前の感想では、ゆったりとした動作で空に向かって手を伸ばした。
曲が始まり、水の中からユキメノコが現れた。
それと同時に、2人は息の合った動きで踊りだした。

それは踊りと言うよりも舞っているようだった。
時にはゆったりと、時には素早く、華麗に。
くるりと回れば帯が揺れ、足を出せば裾が踊り、腕を振るえば袖が舞う。
動きに合わせて揺れるリボンが、その美しさをさらに際立たせている。
片膝をつき、天に向かって手を伸ばしたところで、曲が終わった。
天には逆さになったユキメノコがおり、彼女に向かってシンジュが微笑んだところで、画面が暗転した。

動画を見ていたシトロンたちは、無意識に詰めていた息を吐いた。


「す、ごいですね・・・。これがPVじゃないなんて信じられません」
「シンジュさん綺麗だったね!」
「ね、凄いでしょ!」


確かにこれは踊りではなく舞のようだった、と一同はタグを理解した。
そして、発狂余裕、というタグも。
無表情キャラであるシンジュがポケモンに対してではあるが、微笑んだのだ。
コアなファンなら発狂したっておかしくはないだろう。
そんなふうに考える自分たちも、頬が赤くなっている自信がある。

そんな中、涼しい顔で、サトシだけが首をかしげていた。


「(どっかで見たことあるような風景だったなぁ・・・)」
「(ぴかちゅう・・・)」


ピカチュウもサトシと同じで、この動画の背景に見覚えがあった。
おそらく川の上で撮ったであろうその奥の森の景色に。


「あれ?」
「どうしたの、セレナ」
「他の人も新作投下してる!」


セレナが目を輝かせて動画リストを見つめた。
その言葉を聞いたシトロンやユリーカも、同じように目を輝かせた。


「ほとんど全員投稿してますよ!」
「アッシュさんと厨茶さん以外全員ね!」
「まだ夕飯まで時間がありますし、見てみましょうか!」
「「さんせー!!」」


3人がパソコンの前にきれいに並び、動画を再生する。
シンジュの動画に触発されて作ったもののようで、全員が全員、完成度の高い動画となっていた。
コメント表示で動画を再生すると、画面がコメントで埋まってしまうほどだった。


「すごかったね~!」
「うん!私もこんなポケビジョンが作ってみたい!」
「あんな格好いい動画なら作ってみたいですよね!」


動画を見終わり、セレナたちは食堂に向かう。
楽しそうに笑う3人の後ろで、サトシだけがやはり首をかしげていた。


「(やっぱり見たことある背景だった・・・。それもつい最近・・・。あれはもしかして・・・)」







「カロス地方?」







「サトシ?どうかしたの?」
「えっ!?ううん、何でもないよ!」


セレナが不思議そうにサトシを振り返る。
どうやら随分考え込んでしまっていたようで、立ち止まっていたらしい。
少し先を言ってしまったセレナたちに追いつくために、サトシは走り出すのだった。


「(もしかしたら、久々に6人で集まれるかも・・・)」


サトシは嬉しそうに笑った。




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