ネメシスシンドローム
サトシは今、絶賛雨宿り中だった。
ロケット団の襲撃が原因で、セレナたちとはぐれたサトシは、ピカチュウと2人きりで大きな木の下で雨がやむのを待っていた。
ロケット団も撃退し、セレナたちと合流するために森の中を走っていたのだが、晴れていた空に急に雲がかかり、突然の雨に見舞われたのだ。
通り雨だろうと予測はできるのだが、通り雨は長いものでは30分は降り続く。
そろそろ30分に差し掛かろうとしているのだが、雨は一向にやむ気配を見せない。
早く仲間たちと合流して、無事を確認したいのに。
サトシの気分が深く沈み、雨はますます酷くなった。
サトシは幼いころ、空は心を映す鏡だと思っていた。
自分の気分が上昇すると、空は雲ひとつない快晴だったし、泣きたいような気持になると雨が降った。
シゲルが、まるでサトシに気分に合わせて天気が変わってるようだと言っていたのを、サトシは今でも覚えている。
最初こそは皆、子供ならではの発想だと微笑ましげに笑っていたのだが、思い返してみれば確かにそうだった。
雨で中止になるかもしれないと予測されていた行事も、サトシが一生懸命に晴れを願えば、必ず晴天になったし、嫌な行事が行われることを知ると、その日は必ず雨に見舞われた。
偶然とは、とても思えなかった。
これはもしやと思ったオーキドが、ハナコを説得してサトシを隣町の大きな病院に連れて行かせたことがある。
けれど、幼いころ病院が苦手だったサトシは、けがも病気もしていないのに病院に行かなければならない理由がわからず、ただ恐怖した。
サトシに心に比例して雨は降り続け、雨くらいなら病院に行けると言って隣町に出かけようとするハナコの言葉に、ついにサトシは泣きだした。
その瞬間から雷が鳴り響き、ついには嵐にまで見舞われたのだ。
そして判明したのだ。サトシはネメシスシンドロームに罹っていると。
彼の病名はネメシスシンドローム・大気影響症(たいきえいきょうしょう)
体外影響型に分類される、ネメシスシンドロームの中でも珍しい種類のものだった。
幼いころは感情が直情的で単純だったため、すぐに天気が変わったが、成長するにつれて複雑な思考を持つようになり、それは以前よりもかなり減った。
けれども今は気分が落ち込みを見せている。
雨はひどくなるばかりだ。
「せめて雨がやんでくれたらなぁ・・・」
ぽつりと呟くサトシに、ピカチュウも同意するようにうなずいた。
「ぴ・・・?ぴかぁ!!」
何かの気配を敏感に察知したピカチュウが、空を見上げる。
サトシにあれを見ろ、というように空を示し、サトシの足をたたいた。
「え?あ・・・わぁ・・・っ」
雨の中に、虹が尾を引く美しいポケモンを見た。
自分たちの旅立ちのあの日に、門出を祝うように虹を見せてくれた彼、ホウオウだ。
彼はあの時と同じように、空に虹を架けてくれていた。
雨の中でも美しい。
けれど、青空の中で輝く虹は、きっともっと美しいのだろう。
サトシの気分が上昇するにつれ、雨は弱まりを見せた。
次第に雨がやんで、空に虹が美しく輝いた。
自分が落ち込んでいたから、わざわざ来てくれたのだろうか。
それとも偶然だろうか。
けれども自分が元気になったのは事実で、
「ありがとー!ホウオウー!」
「ぴかっちゅー!」
サトシとピカチュウはホウオウに向かって大きく手を振った。
ホウオウはあの旅立ちの日と同じように、虹の向こうに消えて行った。
「サトシー!」
「!シトロン!みんな!!」
「心配したのよ?大丈夫だった?」
「おう!それより見てみろよ!虹が出てるぜ!!」
「わぁ!綺麗!!」
サトシの晴れた心に、ホウオウの架けた虹が輝いていた。