コンテストマスター






 ――サトシにばれた。
 久しぶりにかかってきた幼馴染からの電話に意気揚々とコールに答えたノゾミは、開口一番言われたセリフに、思考を停止させた。
 幼馴染のシンジは、トレーナーと同時に、コーディネーターとしての道も歩む少女だった。けれどそれは不誠実だとシンジは言い、2つの道を同時に歩む自分に後ろめたさを感じていた。そのためその事実は気の置けない幼馴染である自分しか知らない秘密で、ノゾミは優越感を持っていた。特に、最大のライバルであるサトシが現れてからは。
 なのに、それなのに。自分にとっても、シンジにとっても一番ばれたくない相手に秘密がばれるなんて!


「シンジ、大丈夫?」


 シンジはもともとコーディネーターとして旅に出ていた。しかし、兄・レイジがトレーナーというものに挫折したことをきっかけに、トレーナーとして新たに旅に出たのだ。
 その先々でコーディネーターとしてのシンジにも、トレーナーとしてのシンジにもファンが出来、そのどちらにも失望されたくないと思うようになった。そんなシンジはコーディネーターである自分を隠すために、仮面をつけてステージにたち、以降それを外すことはなかった。そんなシンジを、ノゾミは一番近くで見ていたのだ。
 今にも泣いてしまいそうな顔で2つの道を歩むシンジを見てきたノゾミは、シンジが心配でたまらなかった。
 その気持ちをぶつけると、シンジが電話口でかすかに笑った。


『私はあいつを見くびっていたようだ』
「え?」


 どこかすっきりした声に、ノゾミは呆然とした。
 自分がいくら声をかけても憂いを払うことはできなかったのに。彼はいったいどうやって彼女の不安を取り除いたというのだ。悔しくてたまらない。


(私たちだけの秘密だったのに。私がシンジを元気づけてあげたかったのに!)


 何とか平静を保って通話を切ったノゾミの目には、嫉妬の炎が宿っていた。



+ + +



 サトシ達はまだヨヒラタウンにいる。
 シトロンたちはセレナがお勧めするヨヒラタウンの名物、紫陽花園を見に行っている。サトシはシンジに「リーグで会おう」という言葉をもらい、その期待にこたえるべく、修行に励んでいた。
 ――シンジが不安を打ち明けてくれた、紫陽花の群生地を抜けたあの森で。


「いいぞ、ピカチュウ、ヒノヤコマ! その調子だ!」


 サトシはピカチュウとヒノヤコマを実戦形式でバトルさせて特訓を繰り返している。そのあとにはルチャブル達が控えており、そろそろ交替させようとして、ゲコガシラが辺りを見回した。


「ん? どうした、ゲコガシラ」
「ゲッコ……」


 ゲコガシラが何かに気づいたようで、一点を見つめてサトシの上着の裾を引いた。視線を持ち上げてゲコガシラの見つめる先を見ると、そこには朱色の髪の少女――ノゾミがいた。


「ノゾミ!? どうしてここに……」
「やあ、久しぶりだね」
「久しぶりだな。望みもコンテストに出場するために来たのか?」


 そのコンテストは終わってしまったが、ノゾミもコーディネーターの端くれである。コンテストマスターの開くコンテストに出場するために世界中からやってきた猛者達を見に来たのかもしれない。
 けれどノゾミは小さく首を振り、違うよ、と否定した。


「今日はあんたに会いに来たのさ」
「え? 俺に?」
「――そう、あんたに」


 ノゾミは笑ってサトシを見たが、ノゾミの目はどう見ても笑っておらず、怒りすら垣間見えた。それに顔をひきつらせながらもサトシが笑みを向ける。


「ど、どうしたんだよ、ノゾミ。なんか怖……」
「誰にも言わないって約束してくれるかい?」
「え?」
「今から話すこと、ヒカリにも、他の仲間にも」


 あまりにも真剣な様子の望みに、サトシは瞠目した。
 それに加えて、親友と言って憚らないヒカリに対してさえも隠すように言われ、サトシは酷く驚いた。
 けれど、そのあまりにも真剣な様子に、ただ事ではないと気付いたサトシが、深くうなずいた。


「――私は、シンジと幼馴染なんだ」
「シンジと……?」


 思わず目を見開く。
 ――そんな素振りは一切なかったはずだ。何度かあっているはずだが、初対面のようなそぶりを見せ、幼馴染と言われても、ピンとこなかった。2人は出会うたびに険悪そうにしていたから。
 それが顔に出ていたのか、ノゾミは自嘲した。


「あんたも知ってるんでしょ? シンジがコンテストマスターだってことも、2つの道を同時に歩むことに罪悪感を感じていることも」
「……ああ」
「だからずっと隠してた。少しでもばれる可能性を減らすために、コーディネーターである私と幼馴染ってことも、親友だってことも、全部全部」


 そう言ってうつむいたノゾミの拳は震えていた。――きっと、本当はとても仲がいいのだ。友人であることを隠して、険悪な仲を装うことをするくらいには。


「あんただけがシンジの秘密を知ってるんじゃない。私の方がずっとずっとシンジに詳しいんだ。ずっとあの子の努力を見てきたんだ……!」


 ああ、だからか。ジム巡りをしているトレーナーにコンテストに参加しないでほしいと言ったのは。
 それはトレーナーであるシンジを知っている可能性がある人間がコンテストに興味を持ってほしくないからで。それはシンジの存在を知っていて、彼女が血の滲む様な努力して2つの道を歩んでいることを知っているからだ。
 ――けれど自分だって、ずっとシンジを見てきたんだ。


「それは聞き捨てならないな。トレーナーとしてのシンジなら、俺の方がよく知ってる」
「私は小さいころからシンジと一緒にいたんだ。シンジっていう人間についてなら、私の方が詳しいね」
「知らないならこれから知っていけばいいだけだ!」
「つい最近までコーディネーターだって知らなかったくせに!」
「何だと!?」


 バチバチと火花を散らして2人が睨み合う。その後ろでは、お互いのポケモンたちが困惑したようにお互いに顔を見合わせていた。


「「あいつの/あの子の親友の座/ライバルの座は絶対に譲らないからな!!!/から!!!」」


 お互いのライバルリストに、お互いの名前がインプットされた瞬間だった。


((こいつだけには負けるもんか!!!))




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