コンテストマスター
ムラサキカップ・アジサイタウン大会。優勝賞品はアジサイリボンの贈呈とコンテストマスターへと任意での挑戦権。
ファイナルステージを勝ち抜き、優勝したサトシは、コンテストマスター・シンジュことシンジに挑戦を申し込んだ。
今、2人のバトルが始まろうとしている。
「バンギラス、バトルスタンバイ!」
「ゴウカザル、君に決めた!」
シンジはバンギラスを、サトシはゴウカザルを繰り出した。
サトシがゴウカザルを繰り出すと、シンジはわずかに目を見開いた。
シンジの驚きを見て、サトシが口角を上げた。
「シンジュさんとのバトルは絶対にこいつでって決めてたんです!」
「そう、ですか……」
「ウオキャア!」
シンジがゴウカザルを見ると、ゴウカザルは嬉しそうに笑った。
その笑みに、シンジも笑う。
「それは光栄ですね。彼とは是非戦ってみたかった。バンギラス!」
「バアアアアアアアアアン!!!」
バンギラスが砂嵐を起こす。バンギラスの特性は砂おこしだ。
フィールドに砂が舞い上がり、視界が悪くなる。
『両者、ポケモンが出そろったあああああああ! それでは、バトル開始!』
「ゴウカザル!!!」
「ウオキャアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「バンギラス!!!」
「バアアアアアアアアアアアアアアン!!!」
ゴウカザルの拳がバンギラスを襲い、バンギラスの拳がゴウカザルに突き出される。しかし、お互いの拳を受け止め、拳を押し切ろうと力勝負となった。――パワーはややバンギラスの方が上だ。
「火炎放射!!!」
「ウオキャア!!!」
「離れろ!!」
パワーは相手の方が上だと悟ったサトシがすぐさま攻撃を転じる。彼の指示に従い放たれた炎は、バンギラスの皮膚をなでただけに終わり、かわされた。
「炎に手を突っ込んで冷凍パンチ!」
「バァン!!!」
バンギラスが炎の柱に手を入れた。激しい炎がバンギラスの腕を包む。しかし、徐々に氷が炎を侵食していく。炎の模様がそのまま入った氷は芸術作品のように美しい。
「そのまま殴れ!!」
「バァン!!!」
「避けろ!!」
「ウオキャアアアアアア!!!」
「!! ゴウカザル!!」
氷を纏ったバンギラスの拳がゴウカザルを捕らえる。フィールドの端まではじかれたゴウカザルはかぶりを振った。
「パワーは完全に向こうが上か……」
モニターではゴウカザルのポイントが削られている。美しさに加え、相手の攻撃を利用した攻撃はポイントが高い。削られたポイントは少なくはない。
『これは美しい―――――! ゴウカザルの炎を凍らせて氷の鎧を作り出した―――――!!!』
ミミアンが声高に叫ぶ。その声に負けじと観客達も声を上げる。
更に砂嵐でゴウカザルはダメージを受けた。
「大丈夫か、ゴウカザル!!」
「ウオキャ!!!」
サトシの声にゴウカザルは深くうなずく。そのやり取りにシンジは口元を緩ませ、すぐに引き締めた。
「バンギラス!」
「バアアアアアアアアアン!!!」
「!!?」
シンジの声に、バンギラスが咆哮を上げる。それと同時に、フィールドを渦巻いている砂嵐がさらに激しさを増した。
「くっ……! これじゃあ攻撃が見えない……!」
「ウオキャア……!」
凄まじい砂嵐がフィールドを取り巻く。
「バンギラス、ストーンエッジ!」
「!! 来るぞ、ゴウカザル!!」
「ウオキャ!!」
シンジの指示の声が風の隙間から聞こえた。
「!!!」
砂嵐の隙間から、岩の影が見え隠れしている。砂嵐に隠された岩が、ゴウカザルを襲った。
「ウオキャアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「!! ゴウカザル!!!」
攻撃を喰らったゴウカザルは悲鳴をあげた。
「砂嵐が厄介だな……。!! そうだ!! ゴウカザル! 砂嵐に合わせてフィールドを走れ! フレアドライブだ!!!」
「ウオキャアアアアアアアアアアアアア!!!」
「なっ……?」
ゴウカザルがフィールドを駆け回る。
砂嵐に合わせて円を描くように走り、体に炎を纏わせる。その姿は炎の化身のようだった。
砂塵がゴウカザルの作りだす渦に巻き込まれていく。砂を奪われ始めたことに気づいたシンジが目を見張り、バンギラスが動揺を見せた。
「今だ!フレアドライブ!!!」
「ウオキャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「!! 避け……っ!!」
「バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!」
砂嵐を巻き込んだフレアドライブがバンギラスに決まった。
バンギラスは大きくよろめき膝をつき、それと同時に砂嵐も収まった。
大きなダメージを受け、更にポイントも大幅に削られ、形勢は逆転した。
『圧倒的不利を見せてきたサトシ選手が見事な追い上げを見せてきた――――――!!!この勝負、一体どうなる――――――!!?』
――わあああああああああああああああああああああああああっ
会場は大きな盛り上がりを見せる。シンジュが追い詰められるところなど、そうそう見れるものではないからだ。
コンテストにおいて、絶対を誇るシンジュ。それを追い詰めるサトシのそれぞれに、盛大なコールが巻き起こる。
気分が高揚し、胸が高鳴る。会場の歓声に合わせるように、2人の口角が持ち上がった。
「なかなかやりますね」
「この調子で勝って見せますよ」
「――それはどうでしょう? バンギラス、アクアテール!!」
「なっ……!?」
水を纏った尾に、サトシが目を見開く。――まさか、水タイプの技を覚えているなんて。
「!! 穴を掘るでかわせ!!」
「ウオキャ!!」
「掛かった。バンギラス、地震だ!」
「バアアアアアアアアアアン!!!」
「ウオキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「ゴウカザル!!!」
地面に潜った状態での地震は、通常よりも大きなダメージを受ける。
地面に潜っていたゴウカザルは、地割れした地面から、何とか這い上がってきた。しかし、そのダメージは予想よりも甚大で、ゴウカザルはフィールドに倒れ込んだ。
『おおっとぉ!接戦を繰り広げてきたゴウカザルがついに倒れた――――!!ゴウカザル戦闘不能につき、勝者――』
「「まだだっ!!!」」
ミミアンの勝敗を決する宣言に、サトシとシンジがそれを制する。ミミアンが驚いてゴウカザルを見やると、ゴウカザルの炎が、今まで以上に大きく燃え上がっていた。
――猛火だ、と誰かが呟いた。
「本当の勝負はここからだ! ゴウカザル、マッハパンチ!」
「冷凍パンチで迎え撃て!」
お互いの拳がぶつかり合う。パワーで負けている豪華猿がはじかれ、両足を踏ん張って止めた。
「火炎放射!」
「アクアテールでかき消せ!」
熱い炎と冷たい水がぶつかり、水蒸気が登りたつ。白い煙に視界が遮られ、お互いが見えなくなった。
徐々に薄まっていく中、ゴウカザルの姿を探していたバンギラスが動揺を見せた。――ゴウカザルの姿が見えない。
シンジが上を見るが、そこにも姿がない。と、なると――、
「下だ! 地震を発動させろ!」
「今だ! フレアドライブ!!!」
地震の勢いで地面から飛び出してきた炎の塊。燃え盛る炎は烈火のごとく。地面は地震とフレアドライブで大きくひび割れ、岩石がフィールドに舞った。
「きゃあ!」
「うわぁ!!」
審査員席まで飛んで行った石をジョーイ達は逃げ出すことで避けた。
岩は攻撃を仕掛けたポケモンたち自身をも襲い、2匹は慌てて岩を避けた。
「っ! 危ない!!!」
「!!?」
頭をかばった両腕の間から、同じく頭を守るシンジが見える。その頭上に、拳ほどの岩が落ちてきていた。
サトシの声にシンジが上を見上げ、とっさに後方に飛び退るが、一歩遅かった。
――ガツン!
「シンジ!!!」
額のあたりを打ち付け、シンジが膝をつく。雨のごとくに振る岩をものともせず、サトシがシンジに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「あ、ああ……」
顔を上げたシンジの顔には傷はない。見る限り、けがはないようだった。そのことにほっとし、サトシが安堵の息を漏らした。
――パキリ、軽い音が響き、シンジの視界が明るくなる。
――カラン、と軽やかな音が響き渡り、サトシの驚愕した顔が映った。
息をのむ音とざわめきが聞こえ、次の瞬間、視界が黒く染まった。
柔らかい布の感触が肌に触れる。視線を上げると、サトシの首筋辺りを視界にとらえた。
「シンジ、動かないで」
――顔が見える。そう言われて、シンジはようやくサトシに抱きしめられている理由を悟った。
(石がぶつかったときに壊れたのか……)
何とか視界の端にうつる白い仮面に、シンジが嘆息した。
――折角選んでくれたものなのに。
「バァン!」
「ウオキャア!!」
ポケモンたちが心配そうにシンジたちを見やる。観客達もざわついているようだった。時折、心配そうな声が聞こえてくる。
「大丈夫ですか!?」
「怪我は?」
ジョーイやミミアンも駆け寄ってくる。仮面が外れてしまっているシンジは顔を上げることができず、サトシの胸に顔を押し付けたまま、くぐもった声で大丈夫だと告げた。
本当に?というようにバンギラスとゴウカザルが擦り寄ってくるのには軽く体をなでることで答え、さてどうしたものか、とシンジは肩をすくめた。
いつまでもこの状態でいるわけにもいかない。自分を心配する声で会場が満ちている。
「シンジ、」
「!」
ぽすり、と頭に何かを乗せられる。顔を上げようとすると、頭に載せられてものを目深にかぶらされた。
赤い布と、つばらしき白。――サトシの帽子だった。
「これなら少しは顔が隠れるだろ?」
「あ……、」
サトシの笑顔が眩しい。
サトシの気づかいがシンジの頬を緩ませた。シンジは更に深く帽子をかぶりなおし、すくっと立ち上がった。
「皆さん、心配をおかけしました。私に怪我はありません」
――わあああああああああああああああっ
よかったと安堵する歓声がこだまする。それに口元を緩ませ、シンジは言葉をつづけた。
「ですが、私は棄権します」
「えっ……」
動揺する声で会場が満たされる。サトシも驚愕をあらわにしていた。
シンジは帽子を更に深くかぶった。
「こんな風に顔を隠した状態では、満足に戦えない。それに、この短いバトルの中で思ったんです」
観客に向けていた視線を、サトシに向ける。わずかにつばを上げ、サトシと視線を合わせる。その瞳は、ギラギラと輝いていた。
「時間の制限もポイントという制限もない、自由なフィールドでバトルがしたい」
「!」
「お互いのベストメンバーで、もっと広いフィールドでお互いの全力を尽くして」
「俺もです! シンジュさん!」
2人のやり取りに、会場が熱気を取り戻す。その熱気に惹かれるように、シンジが観客を振りかえった。
「ではみなさん、不完全燃焼で申し訳ありませんが、私はこれにて退場させていただきます。またの機会にお会いしましょう。……バンギラス!」
「バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!」
凄まじい砂嵐が巻き起こる。激しい突風に見舞われ、サトシは腕で顔を覆った。
目を開けた時、そこにはシンジとバンギラスの姿はなく、サトシとゴウカザルはぽかんと呆けた。
「……シンジュさんになってるときのシンジは、なんか派手だな」
「ウオキャ……」
呆然とした表情を浮かべるサトシの胸元には、銀色に輝くアジサイリボンが添えられていた。