コンテストマスター






「そろそろ行かなきゃな」
「ぴかっちゅ」


サトシがステージ裏につくと、予想以上に進行が速く、残すは後2人だけになっていた。


『エントリーナンバー111番!どうぞ!』


サトシの1人前のコーディネーターが舞台に立つ。
サトシの3つか4つほど年上の少年だ。
その少年が終われば、次はサトシの番だ。


『さぁ、最後はエントリーナンバー112番!美しくトリを飾ってください!どうぞ!』


サトシの番が回ってきた。
サトシとピカチュウが笑い合い、ピカチュウがサトシの肩に乗る。
それを確かめ、サトシがステージに向かって駆けだした。


「ピカチュウ、君に決めた!」


ステージの中央にくると、サトシは右手をつきだした。
ピカチュウがサトシの腕を踏み台に、地面に降り立つ。
その勢いを利用して、地面にアイアンテールを打ちつけ、高く跳び上がった。
天井近くまで飛びあがったピカチュウに、観客たちはあんぐりと口をあけた。
たったこれだけの動作でも、ピカチュウがよく育てられているのがわかる。


『こ、これはすごい!素さまじい威力のアイアンテールだ――――!!!』


ミミアンの実況が入る。


「ピカチュウ、連続でエレキボール!それを更にアイアンテールで打ち上げろ!」


ピカチュウが連続で3つのエレキボールを放つ。
アイアンテールで天井すれすれまで打ち上げた。
そのうちにピカチュウは華麗な着地を決めた。


「10万ボルト!」
「ぴーかちゅううううう!!!」


エレキボールに10万ボルトを放つ。
エレキボールが雷を帯び、小さな太陽のように光り輝いている。


「もう一度、エレキボール!」


そして、再度放ったエレキボールで太陽を破裂させ、光の雨を会場いっぱいに降り注がせた。


『す、素晴らしい!雷を帯びたエレキボールが太陽のように光り輝かせ、最後には光の雨を降らせて見事に一次審査のトリを飾りました――――!!!』


ミミアンの実況とともに歓声が上がる。
審査員たちも楽しげに笑っている。


「立った一度の会いアンテールで天井近くまで飛びあがってしまうとは。それだけでもピカチュウのレベルの高さがうかがえます」
「いやぁ、好きですね~」
「太陽を模したエレキボールがとてもきれいでした」
「ありがとうございます!」


審査員たちからの惜しみない称賛の声が送られる。
ピカチュウがサトシに駆け寄り、嬉しそうに肩に飛び乗った。
2人で笑い合い、それからサトシはピカチュウとともにシンジに目を向けた。
彼女は白い仮面で顔を隠しているが、隠しきれない好戦的な気配を感じた。


「――――私のエナジーボールと花びらの舞を見て思いついたものですね?」
「はい」


シンジの登場を見て、そのあまりの美しさに、直前で演技を変えたコーディネーターは多かった。
多少取り得れるだけのものもいたが、そちらをメインに変更したものもいた。
他のコーディネーターの演技のいいところを取り入れ、自分のものとして昇華するのは決して悪いことではない。
どれだけ自分のものとして演技できるかによっては、評価は高くなる。
サトシは、それを知っていた。
だからこそ、シンジの演技を取り入れたかったのだ。


「どうしても、これで勝負したかったんです」


サトシはシンジに好戦的な目を向けた。
しばし、2人は無言で見つめ合い、そして、シンジがふっと笑った。


「よくここまで、自分のものとして昇華させましたね」


シンジのドレディアのエナジーボールのような輝きは、コンテストに出場させるために育てたわけではないので、ピカチュウでは出せない。
そのことを分かっていたサトシは、10万ボルトでエナジーボールにも負けない輝きを持たせていた。
そして、エレキボールにエレキボールをぶつけ、より増した電気の雨を降らせたのだ。
シンジの演技を取り入れ、自分のものとして昇華したその演技で、認めてもらいたかったのだ。
だから、シンジの言葉に、言い知れぬ喜びがあふれてきた。


「とても素晴らしい演技でした。二次審査も楽しみにしています」
「――――ありがとうございます!」


シンジの惜しみない称賛と拍手に、サトシが満面の笑みを浮かべた。


『以上で一次審査は終了です!二次審査出場となるのはだれか!結果発表までしばしお待ちください!』


サトシがステージ裏に戻ると、ミミアンが観客に向けて声を張る。
ミミアンの言葉に審査員たちが立ち上がる。
その時シンジも一緒にたちあがったのだが、その目は何か企んでいるように輝いた。


「(あんな挑戦を突き付けられたら、私も答えるしかないだろう)」


パシュン、とボールからポケモンを出した時の音が響き、一同が振り返る。
振り返ると同時に、黒い霧が立ち込め、騒然とした。
客席いっぱいにまで、霧が広がる。
その中に、ぽつぽつと怪しい光と鬼火が揺らめいている。
おどろおどろしい雰囲気に、観客は息をのんだ。


「シャーン」


黒い霧の中から、影分身を使ったシャンデラが現れた。
不気味な笑い声をあげながら、分身が一斉にステージを見る。
つられるように観客がステージを振り返る。
そして驚いた。
ステージが桜色に光り輝き、その中央で、ニンフィアが駆け回っている。
おそらく、ニンフィアのミストフィールドだ。


「シャンデラ、炎の渦!ミミロップ、冷凍ビーム!」


本体のシャンデラがミミロップとともに黒い霧の中から現れる。
炎の渦がアーチのような曲線を描き、それをミミロップが冷凍ビームで凍らせる。
炎の模様の入った氷のアーチがニンフィアのミストフィールドの輝きを受けて桜色に輝いている。
その上をミミロップが舞うように滑った。


「ニンフィア、ムーンフォース!」
「フィア~!」


ニンフィアのムーンフォースが黒い霧を背景に浮かび上がる。
夜空に浮かぶ月のように美しく輝いている。
その月に向かって、ミミロップたちが手をさしのばし、フィニッシュを決めた。


『――――し、』


会場が静まり返る。
その中で、ミミアンが震えることで叫んだ。


『シンジュ様が魅せてくれました――――っ!!!月明かりに照らされた氷のアーチが美しい――――っ!!!』


ミミアンの声で我に返った観客が、割れんばかりの声で叫ぶ。
シンジは胸に手を当て、優雅に一礼して見せ、くるりと踵を返した。

その様子を、廊下に設置されたモニターから見ていたサトシは、ピカチュウとともに苦笑した。


「何かやられたって感じがするな」
「ぴかっちゅ」


今までのすべての演技を吹き飛ばすような、美しい演技。
登場時に見せたパフォーマンスなど、幼稚に見える。
それだけの演技を、シンジはサトシにつきつけてきた。
してやられた、と、悔しく思うが、けれどもそれは、何故だか認められているようで、腹の底から笑いがこみあげてくる。


「でも、嬉しいな、ピカチュウ!」
「ぴかっちゅう!」


ピカチュウの頭をなでて、サトシが一つのボールを取り出し、そのボールに笑いかけた。


「絶対、あいつとバトルさせてやるからな」


そのボールは、嬉しそうにコロコロと揺れた。




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