コンテストマスター






ポケモンセンターについたサトシたちは、そのあまりの人の多さに絶句していた。
ポケモンセンターの入り口付近まで、長蛇の列が伸びている。
コンテストマスターの開いたコンテストなだけあって、さまざまな地方からコーディネーターが押し掛けたのだろう。
あまり鮮明には思い出せないが、何となく見覚えのある顔触れをちらほら見かけた。


「すごい人数・・・」
「これは時間がかかりそうですね・・・」
「だ、大丈夫!エントリーは私たちだけでやるから、みんなは買い物でもしてて?」
「みんなもこの町に来たのは初めてなんでしょう?」
「え?いいの?」
「私たちは慣れてるから大丈夫!」
「じゃあお言葉に甘えて・・・」


すさまじいコーディネーターの数にセレナたちの顔が引きつる。
昼までにエントリーを済ませられるのか、はなはだ疑問だ。
そんな考えが顔に出ていたのか、ハルカとヒカリが暇をつぶしてきてもかまわないと言いだした。
サトシたちは顔を見合わせたが、さすがにこの列の長さを前に、彼女らに付き合い長く待つのと、はじめてきた街での買い物を天秤にかけるのならば、校舎に傾くのは必然で、申し訳なく想いながらも、サトシたちはポケモンセンターを後にした。


「僕は必要な物の買い出しに行ってきますね」
「ユリーカも!」
「私はヨヒラタウンの名物、紫陽花園を見に行こうと思ってるんだけど、サトシは?」
「俺は次のジム戦に向けて特訓してこようかなって思うんだ」
「そっか、」
「がんばってね、サトシ!」
「おう!」


シトロンとユリーカは商店街の方へ。
セレナは街の中心の方へ。
サトシは今まで来た道を逆戻りしていた。


「どうせならシンジと一緒に修業したいよな」
「ぴかっちゅ!」
「シンジ、どこにいるのかな?」


サトシがシンジを追うように、ヨヒラタウンを飛び出した。
ヨヒラタウンを囲う様に群生する紫陽花の間を走り抜け、サトシはシンジを探す。
特訓するならばやはり、森の中だろう。
サトシが森の中に飛び込んだ。


「おーい、シンジー?いないのかー?」
「ぴーかーちゅーう!」
「ここにはいないのかな・・・?」
「ぴかぁ・・・」


ここは外れだろうか。ピカチュウと顔を見合わせて、サトシが移動を決める。
その時、誰かの話声が聞こえてきた。
中性的で、決して大きくはないのに、良く通る声だ。
そちらを見ると、そこには藍色の軍服を着た、男か女かわからない中性的なコーディネーター・シンジュと、シンジュのポケモンらしきドダイトスがいた。

シンジュはドダイトスの甲羅に手をつき、うつむいていた。
何かあったのだろうか、とサトシが眉を下げる。
ピカチュウも眉をたらしてサトシの顔を見上げた。

ドダイトスがシンジュに声をかける。
何を言っているのかは分からないが、シンジュが顔を上げた。


「え・・・?」


そして見えたその顔に、サトシとピカチュウは絶叫した。


「えええええええええええええええええええええええ!!?!?」
「ぴかあああああああああああああああああああああああああ!!?!?」
「!!?!?」


2人の叫び声に驚いたシンジュが慌てて振り返る。
そして、あんぐりと口をあける2人に目を見開いた。


「な、んで、お前っ・・・!」
「し、シンジと一緒に特訓しようと思って・・・。それより、シンジ、シンジって・・・」


あまりのことに呆然とするシンジに、同じく唖然とするサトシ。
サトシは首を振って、何とか平静を保とうとする。


「シンジュさんってシンジに似てるなーって思ってたけど、本人なら似てるどころの話じゃないよな・・・」


サトシが空を仰ぐ。
その言葉にシンジはうつむいた。
ドダイトスが声をかけても何の反応も示さないシンジに、サトシは辟易した。
顔を隠していたところをみると、シンジは自分がコンテストマスターであることを隠していたのだろう。
きっと自分にも知られたくなかったに違いない。
書く仕事をされていたことに憤りを感じないかと問われれば、決して否とは言えないが、彼女には何かしらの事情があったのだろう。
沈黙してしまったシンジに罪悪感が募る。


「・・・なんとも思わないのか、」
「え?」
「なんとも思わないのかと聞いている」


シンジらしくないかすかな声で切り出され、サトシは困ったように眉を下げた。
なんとも思わないのかと聞かれても、それが何を指しているのか、サトシにはわからない。


「失望したか?」
「え?」
「コーディネーターでありながら、トレーナーを並行している不誠実な人間だと、失望したか?」
「そんなことない!」


自虐的な笑みを浮かべたシンジに、サトシが思わず叫んだ。


「失望なんてしないよ。シンジは別に悪いことをしているわけじゃないし、コーディネーターもトレーナーもできるなんて、すごいことだと思う」
「私はコーディネーターでありながら、トレーナーとしての道も歩んでいる中途半端で不誠実な人間だ。失望されたっておかしくはない」
「・・・シンジは真面目に考えすぎなんだよ」


夢を追いかける途中で、道を変更する者だっている。
チャンピオンやジムリーダーだって、副業を持っていたりもするのだ。
2つの道を同時に歩くことは、決して悪いことではない。
むしろ2つの道を同時に歩けるほどの努力を、彼女はしてきたのだ。
それは称賛に値すべきだろう。


「むしろ何で顔を隠してたんだって、不思議に想ったよ」


そう言ってサトシが笑うと、シンジがわずかに目を伏せた。


「・・・私は、コーディネーターとして旅に出たんだ。最初は、別に顔を隠していたわけじゃない。兄貴に勧められた衣装に、たまたま仮面がついていたから、必然的に顔を隠す形になっただけだ」
「昨日付けてた白い仮面?」
「そうだ。それで、同じ衣装でコンテストに出るうちに、それが私のトレードマークになって、仮面を付け続けていただけで、仮面なんて、いつでも外してよかったんだ」


軍服のポケットから取り出した仮面は白く美しい。
縁に銀のスタッズがついたおしゃれなもので、レイジがシンジに似合うものを試行錯誤して選んだということがうかがえた。


「けれど、兄貴の一件で私はトレーナーを目指すことを決め、新たに旅に出たんだ。しかし、コンテストが行われる街に行くと、必ずと言っていいほど私のファンだというコーディネーターから、私の名前が聞こえてきた。けれど私は、トレーナーとして旅をして、トレーナーとしてバトルをしていた」


ポケモンを美しく見せるためのバトルではなく、合理的で勝つためのバトル。
勝利するためだけにポケモンを鍛え、強さにこだわる自分。
コーディネーターとしてポケモンとともに歩んできた自分とは、まるで別人だった。
見せたくないと思った。
自分のファンだという彼女らは、コーディネーターとして生きてきた自分を見て、自分を尊敬し、憧れていた。
トレーナーとして生きる自分を、見せてはいけないと思ったのだ。


「そして、トレーナーである私にも、私を目標とするトレーナーが現れた」


自分に憧れていると言って、自分にバトルを申し込む彼ら。
彼らもまた、強さにこだわる自分を見て自分に挑んできていた。
彼らには、コーディネーターとしての自分を見せられなかった。
トレーナーの中には、コンテストをお遊びだと馬鹿にするトレーナーもいる。
残念ながら、トレーナーとして過ごすうちに、そう言ったトレーナーがいることは嫌というほど理解させられたのだ。
自分に憧れを抱いているトレーナーに、自分は実はトレーナーではなくコーディネーターなのだと言ったら、彼らはきっと悲しむだろう。
自分が憧れていたものは、一体なんだったのか、と。


「どちらにも、失望されたくないと思ったんだ。私には、コーディネーターとしての自分も、トレーナーとしても自分も尊すぎた。私が仮面を外してしまえば、今まで歩んできた道を、得てきたものを失ってしまいそうで、仮面が外せなくなったんだ」


だからお前にも、ばれたくなかったんだ。
そう言ったシンジの声は、普段からは考えられないほどに、弱弱しいものだった。
手の中で仮面がわずかに震えている。
シンジの手が震えているのに合わせて、震えているのだ。
サトシは帽子のつばに指をかけ、深く帽子をかぶりなおした。


「そっか・・・」


どこかすっきりとした声で、サトシがうなずく。
顔を上げたサトシは清々しい笑みを浮かべていいた。
そして、何を思ったのか、シンジの手から仮面を抜き、シンジの顔に仮面をつけた。


「おい・・・?」
「ねぇ、シンジュさん。この大会で優勝したら、バトルしてもらえるんでしたよね?」
「は?何言って・・・」
「そうでしたよね、シンジュさん」


サトシの凄みのある笑みに、シンジがぽかんと口をあける。
再度、シンジュさんと声をかけられ、サトシの意図に気づいたシンジは、ふっと笑って口元を緩めた。


「ええ、そうですよ」
「じゃあ俺、エントリーしてきます」
「もうすぐ正午ですよ?間に合うんですか?」
「間に合わせて見せます!俺、絶対に優勝して、絶対シンジュさんに挑戦して見せますから!」


強い瞳で、強い言葉で、そうシンジュに宣言したサトシは、またもや全力でエントリー会場であるポケモンセンターへと駆けだした。
サトシはシンジの話を聞いて、想ったのだ。
コーディネーターとしてのシンジと、バトルしてみたい。
コーディネーターとしてのシンジが、一体どんなバトルをするのか、知りたいのだ。
そうして勝ちたいのだ。
ライバルには、なんだって負けたくない。
そして、シンオウで互いにぶつかり合った時のように、最後には認めてもらいたいのだ。
そのためには、コンテストに出場して、何としてでも優勝しなければ。


「待ってろよ、シンジ!絶対にシンジに勝って、アジサイリボンをゲットしてやるぜ!」











シンジは紫陽花の中に消えて行ったサトシの背中を見つめながら立ちつくしていた。
残されたシンジとドダイトスは顔を見合わせ、どちらからともなく笑いだした。


「相変わらずだな、あいつは」
「ドッダ」


困ったように笑い、肩をすくめる。
ライバルに借りを作ってしまったな、と空を仰いだ。

今から言っても、エントリーには間に合わないだろうなと、シンジはまた肩を震わせた。


「私たちも行くか、」
「ドッダァ」


シンジはドダイトスをボールに戻し、サトシの後を追って駆けだした。




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