コンテストマスター
翌日のことだ。サトシたちは紫陽花の咲き乱れる道を進み、ヨヒラタウンに到着した。
本来なら昨日の夕方には到着する予定だったのだが、ロケット団の襲撃に会い、結局野宿することになったのだ。
「うわぁ、綺麗な街~」
セレナが感嘆の息を漏らす。
ヨヒラタウンはその名の通り、紫陽花に包まれた美しい花園のような街だった。
街の中にも紫陽花があふれ、街を紫色に染め上げていた。
「サトシー!」
「ピカチュー!」
懐かしいソプラノがサトシたちの背後から聞こえてくる。
軽快な足音ともに、ハルカとヒカリがサトシたちの元に駆け寄った。
「サトシ、久しぶり!」
「ピカチュウも元気そうでなによりかも!」
「久しぶりだな、ハルカ!ヒカリ!」
「ぴかっちゅーう!」
駆け寄ってきた2人とハイタッチを交わし、サトシたちが嬉しそうに笑う。
ハルカとヒカリも嬉しそうだ。
「ようこそカロスへ!」
「ハルカさん、ヒカリさん、ようこそ!」
「お待ちしておりました!」
「ありがとう!後、私たちのことは呼び捨てでかまわないから」
「私たちもみんなと会うの楽しみにしてたの!」
和気あいあいとした雰囲気で、一行はヨヒラタウンへと足を踏み入れた。
ヨヒラタウンの街中は、コンテスト一色だった。
カロスでは珍しいコンテストは掻きいれ時なのだろう。屋台が多くたち並んでおり、コンテストリボンを模したキーホルダーなど、コンテストの記念になりそうなものが所狭しと並べられていた。
一行はコンテストのエントリー受付会場となっているポケモンセンターへと向かっている途中だった。
その途中で、サトシはハルカとヒカリに尋ねた。
「そう言えば、この大会ッてコンテストマスターが開いた大会なんだろ?どんな人なんだ?」
「コンテストマスター?」
サトシの言葉にさらに疑問を募らせるセレナ。
ハルカとヒカリは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせた。
「ポケモンコンテストってね。リボンを5つ集めると、グランドフェスティバルっていうポケモンコンテストの最高峰の舞台に立てるんだけど、その大会で優勝した人はトップコーディネーターの称号が与えられるの」
「コンテストマスターっていうのは、そのトップコーディネーターが、コンテストを開けるくらいのレベルに達した人のことを言うの!」
2人が大袈裟な身振り手振りでその凄さを表現する。
2人の目はキラキラと輝き、自分もいつかそんなふうになりたいという思いが伝わってくるようだった。
夢を追いかける2人は眩しく、セレナたちが目を細めた。
「それで、このムラサキカップはコンテストマスターのシンジュ様が開いたものなの!」
「私たちと同い年のコーディネーターで、最年少トップコーディネーターになったすごい人よ!」
「「「「えっ」」」」
聞き覚えのある名前に、サトシたちが目を丸くして驚きの声を上げる。
そんな4人の様子にハルカとヒカリは首をかしげた。
「な、なぁ、その人ってもしかして、白い仮面をつけた人?」
「そうよ。でも何で知ってるの?」
「サトシってそんなにコーディネーターに詳しかったっけ?」
サトシたちが4人で顔を見合わせる。
そんな様子にハルカとヒカリがサトシに詰め寄った。
「もしかして、サトシ・・・。シンジュ様に会ったことある?」
「そ、それらしい人になら昨日・・・ちょっとだけ、」
「それ本当!?」
「なにそれずるいかも!」
ずるいずるいと騒ぐ2人にサトシが苦笑する。
どうどうと手でなだめようとするが、一向に収まる気配はない。
助けてくれとシトロンたちを見ると、苦笑を返されるばかりだ。
薄情者!と内心でサトシが叫ぶもシトロンたちは目も合わせてくれない。
サトシの肩で苦笑していたピカチュウが、ふとピンと耳を立てた。
「ぴか?」
ピカチュウが人込みに目を凝らす。
じっと人の行きかいを見つめ、丸い目をさらに丸くさせた。
「ぴかぴー!」
「どうした、ピカチュウ」
「どうしたの?」
ピカチュウがサトシの肩をたたく。
ピカチュウは、ある一点を見つめながらサトシの気を引いていた。
ピカチュウの様子に気づいたハルカとヒカリの連名が、ピカチュウを見つめる。
ピカチュウが必死で示す一点にサトシが目を向けた。
相棒が示すものを見つけたサトシはゆっくりと目を見開き、次の瞬間に、全力で走りだした。
「サトシ!?」
「どうしたの!?」
セレナたちの声が背後から聞こえるが、サトシの耳には入らない。
人込みを逆走して、サトシが目的のものに向かって手を伸ばす。
ぱしり、と目的のもの――――ある少女の手首をしっかりと握った。
「シンジ!」
少女――――シンジは驚いて振り返り、アメジストを思わせる紫の瞳を限界まで見開いた。
けれどそれは束の間で、次の瞬間には好戦的な光が宿っていた。
「お前もカロスに来ていたのか」
「ああ、」
2人の視線が交錯する。
ピカチュウは頬袋から火花を散らし、サトシは帽子のつばに指をかけ、ギラギラとその目を鋭く光らせている。
シンジも、モンスターボールに手をかけた。
「こんなところでバトルは禁止!!!」
今まさにバトルを始めんとしていた2人の間に、ヒカリが割って入る。
こんなところで、と言われて、ようやくここが街のど真ん中であることを思い出した。
「もう!サトシはいきなり走って行っちゃうし、追いついたと思ったらシンジがいるし、2人とも街中でバトルしようとしてるし、びっくりさせないでよね!」
ヒカリが腰に手を当てて頬を膨らませる。
追いついてきたセレナたちも眉を下げている。
サトシは苦笑するほかない。
「あれ?その子ってもしかしてシンオウリーグでサトシと戦ってた?」
「そう。俺のライバルのシンジだ」
ハルカの言葉にサトシが説明する。
そうなんだ、とハルカが笑った。
「私、ハルカ。よろしくね!」
「私はセレナ。今、サトシと一緒に旅をしているの」
「私はユリーカ。この子はデデンネよ」
「僕はシトロンです。初めまして」
「トバリシティのシンジだ」
お互いに自己紹介を交わしたものの、シンジの態度は素っ気ない。
相変わらずのシンジに、ヒカリが肩をすくめた。
「・・・今回は随分大所帯で旅をしているんだな」
ぽつりと呟かれた言葉に、サトシが違う違うと手を横に振った。
「今一緒に旅をしているのはセレナとユリーカ、シトロンで、ハルカとヒカリはこの街で行われるコンテストに出場するためにカロスに来たんだ」
「コンテスト?・・・ああ、この街で明日開かれるんだったな」
最初はいぶかしげに眉を寄せていたが、サトシの言葉でああ、と納得した。
しかし、ただ思い出しただけで興味のかけらもないというような態度に、コーディネーターの2人がむっと不満げに眉を寄せる。
トレーナーに取ったらコンテストは興味をそそられないものかもしれないが、ここまであからさまだと、コーディネーターとしては面白くない。
「このコンテストはただのコンテストじゃなくて、コンテストマスターのシンジュ様が開いたものなの。バトルもすっごく強くて、四天王クラスの実力はあるって言われてるんだから!」
「この大会に優勝したらバトルしてもらえるのよ!」
「シンジュさんってそんなにすごい人だったのか!」
バトルしてもらえばよかったなーとサトシが眉を下げる。
シンジにコンテストに興味を持ってもらうために言った言葉なのに、反応を示すのはサトシ一行。
シンジは素知らぬ顔をしている。
「シンジもコンテストに出てみたら?」
「そうよ。もしかしたらシンジュ様とバトルできるかも」
「断る」
コーディネーター2人の誘いをバッサリと切る。
無愛想な人だなーと苦笑していたシトロンたちも、これにはさすがに眉を寄せた。
「やってみなくちゃ分からないじゃない。出るだけでてみたら?」
「私にコンテストの経験はない。それとも何か?コンテストとはそんなに甘いものなのか?」
「え?」
シンジが鋭い目でハルカとヒカリを射抜く。
その冷たい瞳の奥で、怒りに似た感情がくすぶっているのに気付いて、ハルカたちは押し黙った。
「コンテストとは付け焼刃で優勝できるほど甘いものなのか?違うだろう」
常より幾分か低い声に圧倒され、会話をしていたヒカリたちだけでなく、セレナたちも口を閉した。
シンジは2人からの反論がないことを確認すると、くるりと踵を返した。
「シンジ!どこ行くんだ?」
「次のジム戦のためにポケモンの調整をしに行く。何か文句でもあるのか?」
「いや、文句はないけど・・・」
「なら私は行く」
「おう!またな!」
サトシが声をかけた時には、シンジはいつもの調子に戻っていた。
その急な変化に戸惑い、サトシが苦笑する。
今自分たちがたどってきた道を進んでいくシンジに、サトシが大きく手を振った。
「・・・何か、ちょっと怖いね、あの人・・・」
「でも悪い奴じゃないぜ?」
シンジが去って、妙な沈黙が訪れる中、セレナがぽつりとサトシに呟いた。
サトシが安心させるように笑うと、ヒカリが苦笑しつつも同意した。
「まぁ、愛想はないけどね」
「でも、サトシの言う通りかも。トレーナーってコンテストなんてお遊びとか言って馬鹿にする人が多いけど、あの人は全然そんな人じゃないみたいだし、悪いのは愛そうと目つきと口だけかも!」
「・・・ハルカ、それフォローしてるの?」
微妙な顔をするヒカリにハルカが首をかしげる。
それを見て、ヒカリがハルカって結構天然?と口元をひきつらせた。
「まぁ、とにかく、エントリー会場に急がなくちゃ!エントリー受付は今日のお昼までって言ってたし!」
「じゃあ早くいこっか!」
「そうですね」
サトシたち一行は、当初の目的を思い出し、ポケモンセンターへの道を急ぐのだった。