コンテストマスター






4人はヨヒラタウンへと向かう森の小道を歩いていた。
普段ボールから出しているポケモン以外はボールに戻したらしく、ケロマツたちの姿は見えない。
るんるんと歌でも歌いだしそうなご機嫌なサトシとピカチュウ。
そんな2人の隣にユリーカが駆け寄った。


「ねぇねぇ、サトシ。コンテストってどんなことするの?」
「ん?カロスじゃコンテストは開かれないのか?」
「あまり普及していないので、あまり開かれないんです」
「そうなんだ」


そう言えば、カロスに来てからはコンテストのポスターなどは見たことがないな、とサトシが記憶を呼び起こす。
自分も基本的なことしかわからないのだが、と考えつつも、ユリーカの期待に満ちた目で見られては、答えないわけにはいかない。
こほん、と小さく咳払いして、サトシはユリーカに笑みを向けた。


「コンテストっていうのはポケモンの魅力を見せる大会のことだよ」
「ポケモンの魅力?」
「そう。コンテストは一次審査と二次審査に分かれてて、一次審査はポケモンと、そのポケモンの技をどれだけ魅力的ん見せられるかを競うんだ」


いまいちよくわからないというように首をかしげるユリーカにサトシが苦笑する。
本当は実際に見せた方が速いのだが、自分はコーディネーターではないし、と腕を組む。


「どういえばいいのかな。技を組み合わせて、そのポケモンの特徴をどれだけかっこよく見せるか、美しく見せるかっていうのを競うんだ。これは実際に見た方がいいな。明後日には実際に大会が開かれるわけだし」
「うん!」
「じゃあ二次審査は何をするの?」


サトシがユリーカの頭をなでると少し後ろを歩いていたセレナがユリーカの後ろからひょっこりと顔を出す。
やはりセレナも女の子。バトルよりもきらびやかで美しいものに目が行くらしい。
興味深げにターコイズブルーの瞳が輝いている。


「二次審査はバトルをするんだ。普通のバトルと違って制限時間が決まってて、ポイント制のバトルなんだ。このポイントは技を受けたり、自分の技を利用して、相手が自分を美しき見せたりすると減っていく仕組みになってるんだ」
「へー、そうなんだ!」


セレナとユリーカがキラキラと目を輝かせながら質問を重ねていく。
それにサトシが困りながらも一つ一つ丁寧に答えていく。
コーディネーターではないし、説明が不得意であるため、不完全燃焼である感は否めないが、精いっぱいの回答を出す。
そんな様子をシトロンは穏やかに眺めていた。


「ぴか?」
「デデ?」


トレーナーたちの談笑を眺めていたピカチュウとデデンネが茂みの奥に目を向けた。
それに気づいたサトシとユリーカが、ポケモンたちに目を向けた。


「どうした、ピカチュウ」
「デデンネ?」
「どうかしたんですか?」


ピカチュウたちの視線を目で追うも、そこには森が広がっているだけだ。
しばらく見ていると、一瞬、緑色の光が見えた。


「何だ?今の・・・」
「きれ~・・・」
「ねぇねぇ、行ってみようよ!」
「ええっ?危ないですよ」


美しい緑の光にサトシたちは興味深げだ。
しかし妹連れのシトロンは妹を危険に会わせたくないからか、あまり乗り気ではない。
けれども3対の目に見つめられ、シトロンはしぶしぶ折れた。
それに三者三様で喜んで、すぐに茂みに飛び込んだ。


「お、また光った!」


再度緑の光が木々の奥から見える。
しばらく進むと、そこには花が咲き誇る広場があった。
桜色の花びらが舞い散る花畑の中心に、深い藍色のコートを着た少年とも少女ともとれる人物が、ドレディアとともに立っていた。

その人物は白い目元だけを隠す仮面をつけていた。
さほど長くない紫陽花色の髪を襟足で束ねている。
深い藍色の、軍服のようなすその長いコートが体型を隠し、男か女かは分からない。
腰から開いた裾の間だから見える、黒いズボンに隠された足は、すらりと細い。
線の細い体つきをしているのはうかがえるが、それだけで性別は判断できない。


「ドレディア、もう一度行くぞ」
「ディア!」


相手はことらに気づいていないらしく、何やらドレディアに指示を出した。
ドレディアが空に向かってエナジーボールを繰り出す。
空に浮かんだ5つのエナジーボールは、普通のエナジーボールよりも強い輝きを放っている。
それに向かって、ドレディアが花びらの舞を放つ。
花びらの舞がエナジーボールを破裂させた。
飛散したエネルギーがキラキラと光り、オーロラを思わせた。
花びらの舞はエナジーボールが破裂した風圧で空に舞い上がり、ひらひらと地面に落ちてくる。
花吹雪と言えばいいのか、花びらのシャワーと言えばいいのか。
花びらが雨のように降ってくる。
サトシたちは歓声を上げた。


「うわぁ、綺麗!」
「すっごーい!」
「綺麗だなぁ!」
「さっきの綺麗な光はこれだったんですね」


感嘆の域を漏らすサトシたちの声で、性別不明のその人物は、ようやく彼らに気づいたらしい。
半分以上顔は見えないが、驚いているのがわかる。


「あ、邪魔してごめんなさい」
「綺麗な光が見えたからつい・・・」


よほど驚いたのか、相手はユリーカたちの言葉にも反応を示さない。
それにユリーカとセレナがサトシたちを見やった。
困ったような表情を見て、サトシが声をかけようとすると、相手の視線が自分で留っていることに気がついた。
ふるふると唇が震えたかと思うと、その口が確かに「サトシ、」と空気を震わせた。


「え?」


サトシが思わず驚きに声を上げる。
どこかで会ったことがあるだろうか?と相手をまじまじと見つめるも、思い出すことが出来ない。
すると相手がゆっくりと首を振って、向こうからこちらに向かって歩みよってきた。
ある程度近寄ると、胸に手を当て、ぺこりと軽く会釈された。
サトシたちも慌てて同じように会釈した。


「驚いてしまって、返事が出来ずに申し訳ありません」
「あ、ああ、いえ。こ、こちらこそ驚かせてごめんなさい。さっきの技の組み合わせがすごく綺麗で感動しちゃって・・・」
「そう言ってもらえて嬉しいです」


うっすらと笑みを浮かべ、微笑む。
少し後ろに控えていたドレディアは頬に手を当て、嬉しそうににこにこと笑っている。

性別不明の相手は、中性的な、良く通る澄んだ声をしていた。
仮面の相手はゆっくりとサトシを振り返る。
その仕草に、一瞬誰かの影が頭を過ぎるのだが、セレナたちに向けられたような優しい笑みを自分にも向けられ、その影はすぐに消えた。


「シンオウリーグに出場していたサトシさん、ですよね?」
「えっ?あ、は、はい」
「観てましたよ。とても素晴らしいバトルでした」
「あ、ありがとうございます」


手放しの称賛に、サトシが照れたように頬を掻く。
それを仇やかな笑みを湛えて見守り、仮面の人物はシトロンたちの顔を見やった。


「申し遅れました、シンジュと言います。しがないコーディネーターです」
「俺はサトシです!って知ってましたね」


自らをシンジュと名乗った仮面のコーディネーターの言葉に真っ先に反応を示したのはサトシだ。
苦笑して見せるサトシを、セレナたちが困ったように笑い、シンジュに向き直った。


「私はセレナって言います」
「私はユリーカ!この子はデデンネ!」
「シトロンです。どうぞよろしく」
「こちらこそ」


自己紹介を済ませると、サトシが目を輝かせながらシンジュに声をかけた。


「シンジュさん!さっきのってもしかして、コンテストの練習ですか?」
「そうですよ」
「やっぱり!すごくきれいでした!」


サトシの言葉にセレナたちが目を輝かせた。
彼女たちはコンテストを見たことがない。
カロス地方ではコンテストはマイナーで、コーディネーター自体が珍しい。
コーディネーターの練習を見たのは初めてで、彼女たちは興奮と感動を抑えられないでいた。


「私、コンテストの練習って初めてみたんですけど、こんなにすごいものなんですね、コンテストって!」
「僕も感動しました!」
「ユリーカも!」


シトロンたちの言葉にシンジュが目を丸くする。
それからふっと微笑んだ。


「本当のコンテストはこんなものではないですよ」


シンジュが美しい笑みを湛えると、セレナたちは更に目を輝かせて顔を見合わせた。
その笑みが美しいだけでないことに気づいたのはサトシとピカチュウだけだった。
また、先程の影が脳裏にちらつく。


「ところで、君たちはコンテストに出場するんですか?」
「いえ、彼の友達が参加するんです」
「僕たちはその応援に行くんですよ」
「そうなんですか。それは楽しみです」


シンジュが嬉しそうに笑うと、ドレディアもいれしそうに笑う。
仲がよさげで、とてもいいコンビに見える。


「シンジュさんもコンテストに参加するんですよね?私たち、これからヨヒラタウンに向かうんですけど、良かったら一緒に行きませんか?」
「嬉しい申し出なのですが、すいません。もう少し技の調整をしたいので・・・」
「そうですか・・・。じゃあコンテスト楽しみにしています!」
「ありがとう」


シンジュの一字一句が気にかかる。
何かの琴線に触れるたびに現れるのは紫色の装いの少女。
よく似た紫陽花色の髪をしているから重なるだけだろうか。
サトシがどこか上の空でシンジュを見つめる。
その視線に気づいたシンジュが、ゆっくりとした動作で首をかしげた。


「私の顔に何かついてますか?」
「えっ!?あ、いえ・・・。えっと、知り合いに似てるなって思って。顔も見てないのに変ですよね」
「そんなことないですよ。もしかしたら仕草が似ていたのかも」
「あ、そうかもしれません」


不意に声をかけられたサトシは大袈裟に肩をはねさせ、慌てて返事を返す。
そんな様子をドレディアにくすくすと笑われるが、サトシは気付かない。


「えっと、練習の邪魔してすいませんでした。夕方までにヨヒラタウンにつきたいので、これで失礼します」
「そうですか。気を付けてくださいね」
「はい!」
「さようなら、シンジュさん!」
「さようなら」


サトシから別れを切り出し、サトシたちは元来た道へと進む。
シンジュとドレディアに見送られ、サトシたちは森の小道に戻ってきた。
歩き出す前にサトシが一度花畑を振り返るが、小道からは花畑を見ることはかなわなかった。


「・・・そんなこと、あるわけないのに、」













――――シンジュさんがあいつだなんて、そんなこと、













「サトシ?どうかした?」
「え?ううん。何でもないよ。それより早くヨヒラタウンに行こうぜ!」
「うん、そうだね!」


サトシたちは森の小道を進んでいく。
目指すはヨヒラタウンだ。




































































































「・・・」


花畑では、シンジュとドレディアが立ちつくしていた。
しばらくするとシンジュがくるりと向きを変え、無造作に束ねていた髪を解く。
そして木のそばまで歩み寄ると、木に背中を目け、先程までの優雅さをかなぐり捨て、どかりと腰を下ろした。

白い仮面を外し、素顔をさらす。
その状態で、シンジュは嘆息した。


「まさか・・・あいつがカロスにいるとは・・・」


困ったような、でもどこか楽しげな声。
そんなシンジュを見て、ドレディアがくすりと笑う。
ドレディアにつられるようにシンジュが笑みを深めた。
その顔はシンジュではなく、サトシの最大にして最強のライバル、








――――シンジのものだった。




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