あの子の行方






(何なんだ、こいつらは……)


 シンジはトバリシティ郊外の山の中にいた。新たな地方に旅立つ前に必ず行う、ポケモン達の調整をしていたところであった。
 今は昼食の準備の為に木の実を集めているところである。そこに、何やら物々しい雰囲気の男達が現れたのだ。こちらを見下ろす視線が、酷く不快だった。


「こいつは中々いいんじゃないか?」
「ああ。レイリョクもこちらの世界の人間のものとよく似ている」
「ミメもトウケンに劣らない」


 口々に囁き合うスーツ姿の男達に、シンジが眉を寄せる。値踏みするような視線が刺さり、何やら危なげな気配を感じた。
 しかし、あいにくと荷物は調整に使っていた川辺に置いてきてしまっている。手持ちのポケモン達も昼食の準備で近くにはいない。
 どうしたものか、とシンジが思考を巡らせる。


(逃げるか)


 相手は三人。体格のいい男達だ。到底戦って勝てる相手ではない。それならば、立ち向かうよりも、一か八か、逃亡を計る方が勝算があった。悟られないように、ゆっくりと腰を落とす。
 しかし、腰を落としきる前に、一人の男がそれに気づく。そして、下卑た笑みを作り、それをシンジに向けた。


「おじさんたちは怪しいものじゃないよ、坊や」
「ちょっとついてきてほしいところがあるんだ」
「いい子だから、さぁ、おいで?」


 手を伸ばされ、シンジがギョッと目を剥いた。慌てて後ろに飛びのいて、油断なく男たちを睨む。
 ただで捕まる気がないと悟った男たちは互いに顔を見合わせ、ゆっくりと口角を上げた。


「鬼ごっこがしたいのかい? 坊や」


 粘着質な声に、シンジは脱兎のごとく逃げ出した。





 シンジは走っていた。息を切らせても絶対に足を止めなかった。後ろから、自分を害そうとする者たちが追いかけてきているから。
 シンジがいた場所から、自分のポケモンたちがいる河原までは、そう離れていなかった。けれど、行けども行けども河原は見えてこない。


(こんなに、こんなに離れていたか……?)


 体力には自信があるのに、息がそうそうに上がってしまった。
 確実に前に進んでいるはずなのに、そんな気がしない。
 すぐ後ろに、男たちが迫ってきているような気配さえするのだ。足音も、声も何も聞こえないのに。
 ――これが、逃げるということなのか。追いつめられるということなのか。
 純粋に、怖い、と思った。逃げられるのか、と。


「―――っ!」


 きらり、と日の光に照らされて、何かが光る。――水面の反射だ。
 ――逃げ切れた。あそこには彼らがいる。
 安堵から、ふと体から力が抜けた。
 瞬間、

 ――がしっ、

 いっそ痛いくらいの力で、腕を掴まれた。


「やっと捕まえた」


 恐怖に引き攣る喉からは、もはや悲鳴すら出てこなかった。
 捕まった、と絶望にも似た感情が心を支配する。
 自分を見つめる粘り気のある視線に絡め取られ、シンジは体を強張らせた。


「さぁ、おいで?」


 穏やかな声の中に潜む悪意に、シンジは力の限り叫んだ。


「ドダイトス! エレキブル!」


 喉が裂けそうなほど、全力で。こんなにも大声を出したのは生まれて初めてだった。
 自分はこんなに大きな声を出せたのか、と場違いに感心した。
 声を張ったことで勇気づけられたシンジは、自分を捕らえる腕を思い切り殴りつけた。


「離せ!!」
「こっの、ガキ! 大人しくしろ!!」


 大の大人に全力で押さえつけられ、シンジは身動きが取れなくなる。それでもどうにか拘束を外そうと奮闘し、暴れ続ける。
 けれど、そうこうしているうちに、足音がこちらに向かってきた。


(この男の仲間か……! エレキブル、ドダイトス、どうして来ない! 私の声は聞こえなかったのか……!?)


 自分を押さえつける腕が増える。これ以上増えれば、確実に逃れる術を失う。それだけは避けなければ。
 ――早く、早く来い!


「ドッダアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「レッキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」


 シンジの祈るような心の声が届いたのか、聞き覚えのある咆哮が聞こえた。
 駆け寄ってきたのは大木を背負った緑のポケモンと、長い尾を携えた黄色のポケモンだ。自分が名を呼んだ、最も信を置く二匹。


「ドダイトス! エレキブル!」
「っ! もう来やがったか……!」
「さっさと気絶させろ!」
「むぐっ……!」


 口を塞がれ、針の様なものを首筋に打たれる。チクリとした痛みに顔を歪めれば、ドダイトス達の目に宿った怒りの炎が勢いを増した。それに向かって手を伸ばしたのを最後に、シンジの意識はそこで途切れた。
 力を失ったようにぐったりとうなだれたシンジに、ドダイトスが森を揺るがすような咆哮を上げ、男たちに向かって突進する。








 助けて、と訴える目を確かに見た。救いを求める手が伸ばされた。それだけで十分だ。

 ――絶対に助ける。

 二匹は仲間の元へと駆けだした。
 この一連の流れを、青い花だけが見つめていた。




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