繰り返す少年ら
『巡る道』
アルセウス達と再会してから、数日がたっていた。
アルセウスたちの手前笑っていたが、自分たちの死。そして生を受け止めるには、それなりの時間を要した。
そして各々で自分の気持ちをある程度整理して、ハナコの経営する食堂に集まった。
「そう言えば、2人が記憶を取り戻したのはいつからなんだ?」
オレンジジュースの入ったグラスを両手で抱えながら、サトシが首をかしげた。くりくりとした大きな目は、不思議そうにシゲル達を見ていて、シゲルとシンジは顔を見合わせた。
取り戻した、というと誤解が生じるが、間違ってはいない。サトシとシゲルは、逆行時に記憶を持っていなかったのだから。
自然と、最初から記憶を持っていたシンジに視線が注がれた。
「俺が逆行した先は5歳。兄貴がジンダイさんとのバトルに敗北し、トレーナーを引退する時だ」
自分が最初に離すことが分かっていたように、シンジが淡々と言葉を紡ぐ。シゲルは興味深そうに話しを聞いていたが、サトシはきょとんと首をかしげた。
「あれ? それって、シンジが新人の時に起こった出来事じゃ……?」
「ああ。おそらく俺が女になったのと同じで、世界のゆがみとやらが影響したんだろう」
サトシ達は「彼らを失いたくない」というポケモンたちの願いと想いがこもった奇跡の涙を受け、生を取り戻した。
しかし、死ぬはずだったサトシ達が生きていては、世界の理が大きく外れ、世界が滅亡する。それを防ぐために、彼らは過去に戻されたのだ。
けれどもすでに世界は歪み始め、その影響でシンジは少女になり、過去が変わった。
「そして兄貴はトレーナーを引退し、育て屋を始めるためにシンオウを離れ、マサラタウンにひっこしを決めた。俺が6歳になるのに合わせてな」
6歳というのは、スクールに入学する年齢だ。
新しい土地で心機一転を図るには、丁度いい区切りだと考えたのだろう。自分のためにも、シンジのためにも。
シンジが逆行した当時、シンジはひどく混乱していた。
最期の記憶が、サトシとシゲルの死にゆく顔だったのも一因であるが、死んだはずの自分が生きており、幼くなっていたのである。
そんな中で自身のトラウマと言ってもいい兄の挫折のシーンに遭遇し、性別が変わっていることに気づいたのだ。
冷静でなどいられるはずもなかった。
頼りの兄に記憶はなく、信頼できるポケモンたちもおらず、シンジは情緒不安定にまで陥ってしまった。精神的に疲れ果て、日に日にやつれて行くシンジを心配し、レイジはマサラタウンへの引っ越しを決意したのだ。
「そして、オーキド博士の元にあいさつに来たシンジと出会って、僕が記憶を取り戻した」
レイジが経営する育て屋は現在マサラタウンの裏山に存在する。
裏山のいちばんご近所は、歩いて20分ほど進んだところにあるオーキド研究所だ。
出会った瞬間は思い出すことが出来なかった。
裏山に引っ越してきた年の離れた兄妹。妹は同い年だというから、友達になれるかな、と喜んだことを覚えている。
けれど、その妹ことシンジが、縋るように自分を見つめてきたのを見て、シゲルは首をかしげてしまった。
それは仕方ないことだろう。逆行した時に、妙なタイムラグが起こり、彼に記憶がなかったのだから。
けれど、絶望して濁ったシンジの瞳を見て、シゲルは「らしくない」と口走っていた。
自分でも意味がわからなかった。けれどその表情は、シンジにとても似合わない表情だと思ったのだ。何もかもあきらめたような、そんな表情は、シンジの浮かべる顔じゃないと、心の底から思ったのだ。
『そんな顔、シンジらしくないよ!』
そう言った自分の言葉で、シゲルはすべて思い出した。自分たちが死んだことを。
そして気付いたのだ。今置かれている状況の異常さに。
けれどもシンジの安堵した表情に、そんなものは瑣末なことだと、それよりも今はシンジを優先すべきだと、今にも泣いてしまいそうなシンジを思い切り抱きしめた。
そのあとシンジがらしくもなくぼろぼろと泣き出して、それにつられてシゲルも泣き出して、研究所は大騒ぎになったものだ。
感動の再会だったが、2人にとっては忘れたい過去となった。
次は君だ、というように、シゲルがサトシに目を向ける。
「俺も多分5歳くらいからかな……」
サトシの記憶は、6歳になる少し前には戻っていた。
けれどサトシの記憶は夢という形で表れており、サトシ自身、自分が経験してきた記憶だとは認識していなかったのだ。
6歳になりスクールに入学し、シゲル以外にも親しい友人をたくさん得たサトシは、その夢について話した。ポケモンマスターとまではいかないものの、たくさんのポケモンに囲まれ、仲間に恵まれた夢の中の自分。それはとても幸せな光景で、友人たちにも聞いてほしかったのだ。
けれども友人はおかしそうにサトシを笑ったのだ。夢はあくまで夢だと、ばかばかしい幻想だと、そう罵りながら。
サトシは悔しかった。馬鹿にされたことにはもちろん腹が立ったが、夢の中に出てきた自分の仲間たちの存在を否定されたことが、一番つらかった。
楽しい時は一緒に笑いあって、辛い時には自分を支えてくれた仲間の存在を笑われたことが、一番許せなかったのだ。
けれどもサトシに反論するすべはなかった。サトシはそれを記憶ではなく、夢だと認識していたから。
『なぁ、お前たちもそう思うだろ?』
友人の一人が、幼馴染のシゲルと、最近マサラタウンに引っ越してきた都会の子としてよく話題に上っていたシンジに声をかけた。
現実主義なシゲルと、大人びたシンジなら、自分の味方になるだろうと踏んだのだろう。
冷たい目を向ける2人に、サトシは泣きたくなった。
シゲルは嫌味ばかり言ってくるけれど、サトシにとって一番の友達だ。そんな彼に、仲間の存在を否定されたくはない。
そしてそんなシゲルが友人だと言って楽しそうに話していた、いつか自分も友人になりたいと思っていたシンジにだけは、どうしても無かったことにされたくはなかった。
『そうだな、ばかばかしいな』
『そうだね、僕もそう思うよ』
そういって冷たく笑う2人に、サトシは拳を握った。
涙が溢れそうになる情けない顔を見られたくなくて、サトシは俯いた。
『だろ? やっぱり、お前らもそうおも……』
『僕らも同じような夢を見ていて、丁度同じような話をしていたところさ』
『ばかばかしいだろう?なぁ?』
声高に話す友人の言葉を遮って言われたシゲル達の言葉に、サトシは勢いよく顔を上げた。
不敵に笑うシゲルとシンジと、呆然とした様子の友人。
サトシが2人を見てぽかんと口をあけているのに気付いたシゲル達は苦笑した。
『いつまで間抜け面をさらしているんだい? サートシくん?』
『相変わらずぬるいな、お前は。言い返すこともできんとは……』
やれやれ、と呆れたように言った2人に、サトシはすべて思い出した。夢だと思っていたものは、すべて夢ではなく、自分が経験してきた大切な思い出。
どうして今まで忘れていたのかと、サトシは顔を覆った。
『『ばーか』』
『どうせ俺は馬鹿で間抜けで無鉄砲だよ!!!』
そこまで言ってない、と2人が笑い、つられてサトシも泣きながら笑った。
借りが出来たなーと思いながら、サトシはオレンジジュースに口をつけた。
「俺が、最後だったんだなぁ……」
記憶はあった。けれども夢だと思っていた。
それならば、思い出したとはとても言えない。
宙に視線をさまよわせながらサトシが呟くと、シゲルとシンジは顔を見合わせた。
「「まぁ、そうなるな/ね」」
「ちくしょう、お前ら仲いいな……」
逆行前の、出会ったばかりの時はサトシと同じように、そりが合わずに喧嘩ばかりしていた。
成長するにつれていがみ合うようなことも、無駄ないさかいもなくなったが、これは仲が良すぎるように思うのだ。
妙な疎外感を感じ、サトシがむくれた。
それに困ったように苦笑して、シゲルとシンジはサトシの頭をわしゃわしゃとなでた。
3人が満足したところで手を離し、シゲルがテーブルに肘をついた。
「それで、これからどうする?」
「どうって?」
シゲルがグラスの結露を指でなぞる。シゲルの発言の意味を理解しかねたサトシが、訝しげに眉を寄せた。
「そのままの意味だよ。”これから”どうするの?」
「そう言えば、考えたこともなかったな……」
シンジが天井を見上げる。
逆行前の世界には戻れない。自分たちはこの世界で生きなければならない。自分たちは死んで、生まれ変わったのだから。
そして、生きて行くならば、この世界での身の振り方を考えなければならない。
それをシゲルは聞いているのだ。
「僕はいずれ研究の道を進むけど、前より時期を遅らせようと思うんだ」
「え? 何で?」
「研究の道を進んだとき、僕には知識がなさすぎた。今の僕なら十分な知識を有しているけど、この世界は前とは異なっているかもしれない。だったら、この世界の常識を身につけてから夢を追いかけようと思ってね」
「なるほどな」
この世界はサトシ達が生き返ったことにより生じた歪みの影響を受けている。その最たる例がシンジの性別が変わったこと。サトシ達と幼馴染になったことだ。
自分たちだけでなく、周囲にまで影響していることは既に証明されている。ポケモン界には影響が及んでいないなんて確証はない。
「俺は自分のポケモンたちを探し終えたら、今まで旅をしなかった地方を回ろうと思う。まだ行ってみたかった地方にも行けていないしな」
「いいんじゃない? 僕も自分のポケモンたちはゲットするつもりだし、研究員になってからでも、新しい地方をめぐろうと思っていたし」
シンジの言葉にシゲルが同意を示す。
楽しそうに話す2人に、サトシもまじろうとして、口をつぐんだ。
「サトシ?」
「どうした?」
いつもなら満面の笑みで混ざってくるであろうサトシが一言も話さないのに疑問を感じたシゲル達がサトシを振り返る。サトシは口をつぐんだまま、うつむいていた。
「あ、あのさ、」
「うん」
「俺と、旅をしてくれませんか」
「「…………は?」」
珍しく口ごもるサトシの言葉を促せば、返ってきた答えは予想だにしないものだった。シゲルとシンジがぽかんと口を上げてサトシを見つめると、サトシは居心地悪そうに首をすくめながら言葉をつづけた。
「俺、皆に会いたいから、今まで旅をした地方を回ろうと思うんだ。でも、皆が俺のこと忘れてたらって思うと、一人じゃ怖くてさ、」
情けないよな、とサトシは困ったように自嘲したが、シゲルとシンジ、特にシンジは笑えなかった。
それは考えないようにしていたことだった。
自分たちの保護者や、保護者のポケモンたちに記憶はない。自分たちの仲間やライバルたち、ひいては自分のポケモンたちなら記憶はあると、ここにいる誰もが保証できない。不安になるのも無理はなかった。
「僕は別にいいよ。君と僕は旅した地方がほとんどかぶってるし」
サトシはシゲルの影響を受けて旅のスタイルを変えるなどしている。お互いがお互いに道しるべとなり、新たな旅路に導くことは少なくなかった。そのため同じ地方に旅の経験があることがほとんどだった。
シゲルが了承してくれたことに、サトシは嬉しそうに眼を輝かせた。
「俺も別にかまわん」
シンジが平たんな声で自分の考えを告げた。まさかシンジまで了承してくれるとは思っておらず、サトシは眼を丸くした。
「君が了承するとは思わなかったよ」
「俺もサトシとは旅をしてきた地方が重なっている。それに……」
「それに?」
シゲルが驚いた旨を告げると、シンジは眼を伏せた。
サトシが続きを促すと、シンジは小さく息を吐き出した。
「自分だけが、誰とも共有できない記憶を持っているというのも、なかなか辛いものがあったしな……」
消え入りそうな声で呟かれた言葉に、サトシとシゲルは眼を見開いた。シンジがこうもあっさり弱音を吐き、弱弱しい姿を見せるとは思わなかったのだ。
幾ら記憶をたどって見ても、いつも凛とした姿をしていた覚えしかない。
彼は1年もの間、誰とも記憶を共有できず、一人抱え込んでいた。それがどんなに苦しかったか、すでに記憶を共有した仲間がいた2人にはわからない。
けれど、プライドの高いシンジが、辛かったのだと吐き出してしまうほどには、苦しかったのだろう。
サトシとシゲルは顔を見合わせ、今度は2人でシンジの頭をなでた。
「な、何だ……?」
「んー……シンジって、意外と可愛いなぁと思ってさ、」
「はぁ?」
「自分じゃ気付いてないところとか、僕たちにだけ見せちゃうところとか、なんとも言えないね」
「だよなー」
あはは、と笑って髪を乱す2人に、シンジは訳がわからないと困ったように2人を見つめた。迷子のような瞳に見つめられ、サトシとシゲルは髪をなでる手に力を込めた。