繰り返す少年ら






 最初に目を覚ましたのはシゲルだった。ぼーっとした頭で、自分の置かれている状況を見つめる。
 柔らかい草地の広がった奇妙な場所だった。
 ――おかしいな、僕たちはマサラタウンの食堂にいたはずなのに……。


「っ!? そうだ、僕たちは……っ」


 影に引きずり込まれ、意識を失ったのだ。


「サトシ! シンジ!」


 一緒に引きずり込まれた少年少女を探すために振り返る。振り返ると、2人は思いのほか近くで眠っていた。そのことにほっとしながらも、ぺちぺちと2人の頬をたたく。


「起きて、2人とも。起きて」


 しばらく頬を叩いていると、ゆるりと瞼が持ち上がる。ぼーっといているようだが、外傷は無さそうだ。


「ここは……?」


 自分と同じようにあたりを見回したシンジが、呆けた頭で状況を理解しようと努める。しかし、目が覚めたばかりで頭が追いつかないのか、ただぼーっと景色を眺めているだけだた。


「ここ……」


 起き出したサトシが辺りを見回して呟いた。
 ――反転世界?



「ギラティナ……?」






 ――ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!


 呟かれた言葉に返事を返すように、どこからか叫び声が上がる。その叫び声は、どこか喜びに充ち溢れているものを感じさせる。
 凄まじい咆哮に、3人がびくりと肩を震わせた。


「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!」


 ふっと空が暗くなる。突然暗くなった頭上と、降ってきた声に上を見上げれば、そこにはこの世界の王がいた。
 しかしその姿は威厳も何も感じさせない。むしろ幼子を彷彿とさせる。――なぜなら、ぼろぼろと、雨のように涙を流しているから。



「ぎ、ギラティナ。泣くなよ……」
「きゅるるるるるるるるる……」


 ギラティナが3人に擦りよる。
 ギラティナは人見知りな性格だが、一度懐に入ることを許した人間にはとことん甘えを見せる。そして、サトシ達3人は数少ない甘えを見せてもらえる人間だった。
 頭をなでながら、サトシ達は顔を見合わせた。


「やっぱり、ここは反転世界なんだ……」
「じゃあ、さっき僕達を影に引きずり込んだのは……」
『私だ』
「「「!」」」


 サトシ達の声にこたえるように、低い声が聞こえた。その声につられて振り返れば、そこにはゆらゆらと揺れる陽炎があった。しかし、こんなところに陽炎はできない。それは影と評する方が正しかった。


「お前……ダークライか……?」
『そうだ』


 シンジの声に、陽炎が揺らめくのをやめ、一つの形を取った。細い足が伸び、地面に降り立つ。
 影の状態から形を取ったダークライが、幼いサトシ達の姿を見て、目を細めた。


「な、なぁ、これはいったいどういう状況なんだ? 何で俺たちは生きてるんだ? 俺たち、死んだんだよな……?」


 サトシがダークライに尋ねると、ダークライは眼を伏せ、ギラティナがびくりと震えた。シンジがギラティナの震えに気づいてそっと頬をなでると、ギラティナは落ち着いて目を閉じた。
 2匹の様子に、彼らは答える気がないのだと判断したシゲル達は、また顔を見合わせた。


『それについては、私が答えよう』
「「「!」」」


 新たな声が降ってきた。
 反転世界の歪んだ空間を、さらにゆがませて現れたのは、純白のポケモンだった。
 彼の登場に合わせて、ギラティナとダークライはその場を去った。
 彼らは答える気がないのではなく、答えられないのだ。彼らは時間や空間を操るようなポケモンではない。この現象にかかわったのは、おそらくアルセウスやディアルガたちなのだろう。
 現れたアルセウスは、とても優しい表情を浮かべていた。


「アルセウス……」
『久しいな、お前たち』
「うん、久しぶり」


 再会を喜ぶように目を細めるアルセウスに、サトシ達も微笑んだ。


「それで、どうして俺たちは……」
『ああ……。お前たちは、涙の奇跡を知っているか?』
「涙の奇跡……?」
「たしか……ポケモンたちの涙には、奇跡を起こす力があるという伝説だったな」


 サトシの問いにアルセウスはサトシの望む答えをくれはしなかった。
 ――涙の奇跡。
 サトシには聞き覚えのない言葉だった。
 けれどシンジには覚えがあったらしく、わずかに首をかしげながら、アルセウスの問いに答えを返した。


「でも、それがどうして俺たちが生きていることにつながるんだ?」
「……まさか、」


 疑問を重ねるサトシに、対するシンジは唇を震わせた。





「人を生き返らせる力か……?」





 シンジの言葉に、サトシもシゲルも、目を見開いた。
 零れそうなほどに見開かれた目でシンジを見れば、シンジも信じられない、というような目でアルセウスを見上げていた。
 シンジとともにアルセウスを見上げれば、アルセウスはゆっくり首を横に振った。


『本来は傷を癒す力だ。結果として、命を救う場合はある。が、お前たちはすでに死んでしまっていた』
「なら、どうして、」
「いや、待て。”本来”は……?」


 アルセウスの言葉に問い返そうとしたシゲルの言葉をさえぎって、シンジがアルセウスに尋ね返した。
 アルセウスは、ゆっくりと目を伏せた。


『私たちが、願ってしまったのだ』


『お前たちが死ぬことを望まなかった』


『お前たちが生きて、もう一度私たちに笑いかけてくれることを、願ってしまったのだ……!』


 アルセウスは泣いてしまいそうだった。声は震え、瞳は大きく揺れていた。


「お前たちがそう願うのは間違いじゃないよ」


 サトシがアルセウスに笑いかけた。近寄ってその大きな体をなでてやると、アルセウスがサトシを見つめた。


「俺だって友達が死んだら、きっとそう思ってしまうから」


 自分の記憶より小さくなってしまった掌では、体の大きなアルセウスでは、触れられていることすらほとんどわからないだろう。けれどもアルセウスは安心したかのように頬を緩ませた。それを優しい目で見守って、けれどすぐに瞳を鋭く光らせて、シンジがアルセウスを見上げた。


「……それで、どうして俺たちは過去に戻っている」
『……本来、お前たちは死ぬはずの存在だった。それが生存してしまったのだ。世界の秩序が崩れることになる。そうなってしまえば、世界そのものが崩壊する恐れがあった。だから、時間を戻したのだ』
「それで僕たちは幼く……」


 アルセウスの言葉を受けて、3人がそれぞれ自分の体を見降ろす。
 何を思っているのかは、それぞれにしかわからないが、その中で、シンジが「それだけでは納得できない」と声を上げた。


「それだけなら、なぜ俺は女になった」
『それは、わからない……。もしかしたら、世界のゆがみの影響を受けてしまったのかもしれない』
「……そうか」
『すまない……』
「……お前が謝ることではないだろう」


 今はまだ女らしさはない、男も女も、子供特有のやわらかい体をしている。アルセウスのせいではない、と言いつつも、シンジは自分の体を険しい顔で睨みつけていた。


『すまない……』
「そんな何度も謝るなよ。アルセウスが悪いわけじゃないんだから」
『それもあるが、私たちは……お前たちの今までの努力を……!』


 サトシは言葉に詰まった。
 考えないようにしていたことだった。時間が戻ったということは、すべてが元に戻ったということだ。
 今までのことは、すべてなかったことにされている。今まで積み上げてみたものが、すべて無に帰ったのだ。辛くないわけがない。


「確かに、辛いよ」
『……っ』
「でも、僕は嬉しいよ」


 シゲルが、サトシに習うように、アルセウスの体をなでる。アルセウスが、今にも涙がこぼれそうな目を、大きく見開いた。


「僕は生き返れてうれしい。僕にはまだまだやりたいことがあった。まだ、夢をかなえていなかった」
「俺も、ポケモンマスターになってない。だから、生き返れてうれしいよ」
「……そこは、俺も同意する」


 こっそりと、シンジもアルセウスに寄り添った。


「辛くないって言ったら、うそになるよ。でも、またみんなに会えることの方が、ずっと嬉しいんだ。だって、死んだらもう二度と会えないだろ?」

 だから、


 ――ありがとう、アルセウス


 アルセウスの大きな瞳から、涙があふれた。
 子供の体のサトシ達からすれば、大粒の雨のようで、アルセウスの体にぴったりとくっつき、涙をしのいだ。
 暖かい3人の体に、アルセウスは子供のように声をあげて泣いた。それを子供のサトシ達が慰める。困ったように笑って、焦ったように抱きしめて、呆れたように肩をすくめる。それから、3人は笑った。

 アルセウスの涙は、なかなか止まらなかった。
 もう二度とみることのできないと思った笑顔が、そこに溢れていた。


『もう一度、出会えてよかった……!』
「「「俺たちも、会えてよかった」」」


 反転世界に響く、アルセウスの声を聞きつけて他の伝説のポケモンたちが集まってくるまで、あと数分。
 笑顔のサトシ達を抱きしめようとして、彼らがポケモンたちに押しつぶされるまで、あと――、




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