聖母逆行






 これは一体どういうことだろう。死んだはずの俺が目を覚ました。それだけでも驚きだというのに、目が覚めて真っ先に見たのは涙を流す兄貴で、体を起こすと兄貴に痛いほどに強く抱きしめられた。そしてその兄貴が、いやに若い。
 辺りを見れば、自分がどこにいるのかはわかった。病院の一室だ。血まみれになっていたのだから、病院にも運ばれるだろう。
 兄貴が泣いていた理由もわかる。自分でも死期を悟ってしまった俺が目を覚ましたのだから、泣くのも納得できる。
 けれど、俺の目が覚めて、なおかつ兄貴が幼い理由は、さっぱりわからない。その上を行く不可解さは、俺の目線がいやに低いということだ。


(これは夢か、はたまたあの世か)


 幼くなっている。兄貴も、そして俺も。
 夢にしては鮮明で、抱きしめる兄貴の腕が痛い。かといってあの世がこんなにも現実味を帯びている場所なのかはわからない。死んだことがないのだから。
 これは、一体どういうことなんだ。


「レイジくん!」


 ぱたぱたと足音が聞こえ、看護婦と医師らしき初老の男性が駆けこんでくる。鬼気迫る表情が、俺の顔を見て盛大に緩んだ。


「おお、起きたのか! まるで奇跡だ!」


 よかったと言って兄貴と笑い合う様子を見る限り、俺はかなりの危篤状態から生還したらしい。もっとも、生還というよりも、生まれ変わった、という方が正しいのかもしれないが。
 兄貴の肩を叩き、医者の男性はベッドの傍らに立ち、笑顔を浮かべた。


「君は事故にあって、しばらく眠っていたんだよ。目が覚めて本当によかった」
「事故……?」


 あれは事故というよりも殺人未遂だ。訝しげな表情をすると、医者が片眉を跳ね上げた。


「覚えていないのかい?」
「えっと……」


 俺が言い淀んでいると、兄貴が顔から血の気を引かせた。医者は少し難しい顔をして、ううむ、と小さく唸った。


「もしかしたら頭を打ったのかもしれない。今からいくつか質問をさせてもらうけれど、大丈夫かい?」
「あ、はい。大丈夫です」


 俺がしっかりと返事をしたことに、言語には問題がないことを確認し、まずは名前を聞かれた。それから兄貴の名前、物の名前、使い方。自分の年齢を聞かれた。年齢についてはわからなかったので尋ねると、現在6歳だということが判明した。そして日付から、時間が巻き戻っていることも確認できた。俺が本当に6歳だった頃の日付だと。
 どうやら、過去に戻っているらしい。
 この現象には覚えがある。逆行という、時間が巻き戻り、もう一度人生を繰り返すファンタジックな現象だ。
 そしてもう一つ驚いたことに、性別を聞かれた時に男だと答えたら、兄貴が白い顔で俺が女だということを教えてくれた。これも頭を打ったショックだということで処理されたのは助かったが、まさか性別まで変化しているとは思ってもみなかった。

 質疑応答を終えて、俺は再びベッドに寝かされた。しばらくは記憶が混同していたり、何かしらあるだろうが、無理に思いださなくてもいいと言われた。自然に思いだすだろうし、それが一番負担にならないのだとか。
 記憶喪失になどなった覚えはないが、現状の把握に至っていない俺からしたら都合がよかった。


(そう言えば、結局ジラーチはどうなったのだろう……)


 助かりはしたものの、体の傷は健在であったらしく、休息を訴えてくる。俺が舟を漕ぎ始めたことに気づいた兄貴が、軽く俺の髪に触れた。

 まどろみの中で――『ありがとう』という声が、聞こえた気がした。


(そうか、ジラーチか……)


 ジラーチには願いを叶える力があるという。おそらく、死に際の俺の願いを叶えたようだ。
 ――もう一度バトルがしたいという、その願いを。


 ――こちらこそ、ありがとう。


(まずはあいつらを見つけなければ)
(果たして、あいつらは存在しているのだろうか)







(思い出すのは最高のポケモンたち)




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