聖母逆行






『あなたは奇跡を信じるか』



(俺はここで死ぬのか)


 真っ赤な世界の中で、俺――シンジは幽かな息を漏らした。もしかしたら、息すらまともに吐けていないかもしれない。現実味はまるでないが、俺の周りに散らばっている赤は、すべて俺の血だ。

 俺は事件に巻き込まれた。いや、自分から巻き込まれにいった、というのが正しい。
 それは偶然だった。傷だらけのジラーチが密猟者に追われているのを目撃したことが事の発端だった。
 自分でも呆れるほどぬるくなった俺は、密猟者に捕まりそうになっているジラーチを放っておけずに、どこぞのトラブルホイホイよろしく、自らトラブルの渦中に飛び込んだのだ。
 ジラーチをかばって攻撃を受け、結果はこの様だ。情けないことこの上ない。良い笑いものだ。
 ぬるま湯に浸かっているように生温かい体は、痛みも何も感じない。ただただ血が流れていくだけだ。
 密猟者どもは、血まみれになった俺を見て怖気付き、とっくの昔に逃げ出している。あの怯えぶりを見れば、しばらくは密猟行為はできまい。他の密漁者に見つからなければ、七日後には、ジラーチも安心して眠りにつけるはずだ。


(そういえば、ジラーチは逃げることが出来ただろうか)


 傷だらけであったから、そう遠くへは行けていないだろう。密猟者に見つからなければいいのだが。仮にも俺が身を呈して助けたのだから、みすみす捕まってほしくはない。
 まぁ、幻のポケモンであるから、そう簡単に捕まったりはしないだろうが。
 気掛りがあると言えば、このあとのことだ。俺はサトシとバトルをする約束をしていて、落ちあう街に向かっていたところだ。
 あいつはきっと俺を探しに来るだろう。あいつが来るころには俺はきっと死んでいるだろうが。


(死体を見ることになるのか、あいつは)


 気の毒だな、と他人事のように嘆息した。喉から洩れた息はか細く、妙な音がした。
 温かかった体が、急激に冷えていく。酷く寒い。
 これが死というものなのだろうか。呆気なく、寂しいものだな。けれど、どこか懐かしいように感じるのは、故郷であるシンオウが寒冷地であるからか。


(結構、楽しみにしていたんだがな)


 サトシとのバトルは、俺を熱くさせる。口には出さないが、誰とするバトルよりも、高揚として、楽しいのだ。
 他にもやりたいことはたくさんあった。もっと強い相手とバトルしたかったし、まだ見ぬポケモンとも会ってみたかった。
 そう言えば、ジンダイさんの問いの答えも、まだ見つけられずにいた。答えを見つけて、もう一度挑もうと思っていたのに。
 けれど、もう無理だ。俺は死ぬのだから。


(ああ、けれど、もう一度くらい、バトルしたかったな……)


 酷く、惜しい。
 未練がましい自分に、苦笑する。けれどもやっぱり口から洩れた息は、今にも消えてしまいそうな儚いものだった。





 死なないで、助けてくれた人。優しい人。
 君が僕を助けてくれたように、今度は僕が君を助けてみせるから。

 ――願いを叶えてあげるから。




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