ジム監察員サトシとシンジ






「ここのジムも駄目だな……」
「ああ……」


 サトシとシンジは今、ナナイロ地方レッドタウンに来ていた。
 レッドタウンはその名の通り、赤レンガの続く街である。そこには近年、新しいジムが出来、サトシ達はそのジムに挑戦と、仕事をしに来ていた。ジム監察の仕事である。
 レッドタウンのレッドジムは炎タイプを専門とするジムである。そのジムリーダーはナナイロ地方では名の通った青年トレーナーであった。
 強者として有名で、まだ一度も挑戦者に敗れたことはないという噂だ。
 しかし、それと同時にとても酷いジムでだという噂もついて回っていた。
 まるで弱者を虐げるために、自分の強さに酔いしれるために作られた、青年のためのジムの様だ、と。そしてそれは、今目の前でも行われている。
 ただ叩き潰すためだけの、暴力的なバトル。負の感情しか得られないような、不快なバトルだ。


「噂通りの、酷いジムだ……」


 ぽつりと呟いたサトシの声は、ジムリーダーの高笑いによってかき消された。



+   +   +



「まさかこんな所でシンジに会うとはなぁ」
「ああ……」


 時はナナイロ地方に到着した頃まで遡る。二人がジム監察員となったのはこの時である。
 ナナイロ地方、最大の都市、ブルースシティにて、サトシとシンジは再会を果たした。
 念願のバトルを終え、またそれぞれの道を歩き出した二人は、しばらくは間見えることはないだろうと考えていた。
 しかしどうだ。蓋を開けてみれば、ほんの一カ月もたたないうちに、二人はこうして顔を合わせている。
 新たに旅立った先が、同じナナイロ地方だったのである。


「シンオウを旅してたときみたいだな」
「そうだな」


 行く先々で顔を合わせ、ぶつかり合い、バトルをした。リーグ戦でも、忘れらない激しいバトルを繰り広げた。
 熱く燃え上がる様な旅が、また出来る。そう考えるだけで、自然と口角が持ち上がった。


「次のリーグも俺が勝つ。そして今度は俺が優勝する!」
「気が早いぞ。その前のジム戦で躓くなよ?」
「おう!」


 軽口を叩きながら、二人はブルースシティのジムへと向かう。その目はすでに勝利を見据えて、ギラギラと輝いていた。


「お、あったぞ、シンジ、ピカチュウ! ブルースジムだ!」


 モンスターボールを模ったジムマーク。個性的な青い建物がジムであった。


「あれ?」


 ジムへと駆けださんばかりでいたサトシが立ち止まる。それを怪訝に思ったシンジがその視線を追い、サトシと同じように足を止めた。ジムの中から、険しい表情のジョーイが出てきたのだ。
 いつも天使のような優しい笑みを浮かべている印象が強いため、二人は思わず顔を見合わせた。


「何かあったのかな?」
「さぁな……ん?」


 ジョーイが厳しい表情を浮かべたまま、ジムの扉に何かの張り紙を張り付けた。これはいよいよ何かあったのだと察した二人は、すぐにジョーイに駆け寄った。


「ジョーイさん!」
「何かあったんですか?」
「ええ、ちょっとね」


 ジョーイは突然声をかけてきた二人に少し驚いたような表情を浮かべたが、サトシが釣れているピカチュウを見てトレーナーだとわかったのか、彼女は困ったように笑い、ちらりと張り紙を見やった。
 彼女の視線につられて、張り紙を見やった二人は驚いて目を見張った。張り紙には『ジム閉鎖』と書かれていたからだ。


「閉鎖って……どうして?」
「ジム監察員って知ってる?」
「あ、はい。名前だけなら……」


 ジム監察員というのは、その名の通りジムを取り締まる役員のことである。ジム監察官、ジム検定巡視員と呼ばれることもある。
 ジムを名乗るのは自由であるが、公認されるためには、挑戦者に連続して四回負けるとジムリーダーの資格が剥奪される、など、細かく決められたルールに基づく査察に合格しなければならない。これは定期的に行われ、その度に合格しなければならないのである。


「私がその監察員で、このジムは監査に引っ掛かったの」


 ジョーイいわく、このジムはそのルールにいくつも抵触していたのだという。
 トレーナーとしての実力は申し分なのだが、今の実力に満足して、さらなる高みを目指す向上心が無く、挑戦者に負ける回数の方が多くなっていたのだという。挑戦者をより高みへと導かねばならないジムリーダーがそれではいけない。
 ジムバッジも、ただ勝敗のみで判断し、渡していた。ジムバッジは勝敗ではなく、それなりの実力と、ポケモンとの信頼関係があり、より高みへと向かおうとするものに渡すものである。勝敗のみで判断するものではないのだ。


「あなたたち、挑戦者よね? 申し訳ないんだけど、他のジムを回ってもらえるかしら?」
「はい、わかりました」
「お疲れ様です」


 少し残念そうに笑うサトシに、不機嫌な表情を浮かべるシンジ。シンジの不機嫌そうな顔に気づいたサトシは、苦笑を浮かべた。


「落ち着けよ、シンジ」
「ぴかっちゅう」


 シンジはトレーナーとしてのプライドが高く、努力家だ。かつてナギサジムがジムを放棄していたときも激しい怒りを覚え「認めない」と断言したほどだ。
 サトシも憤りを感じたため、シンジの気持ちはよくわかる。このブルースジムに対しても。
 それを察したジョーイが、にっこりと笑った。


「ねぇ、あなたたち。ジム監察員に興味ない?」
「「……え?」」
「ジムを巡りながらでもいいわ。そのついでに、ジムの観察も行って欲しいの」


 人手が足りなくて、手が回らないの。
 そう言って困ったように笑ったジョーイに、サトシとシンジは顔を見合わせた。



+   +   +



 こうして、彼らはジム監察員を兼任することとなったのである。
 もちろん、葛藤や思惑があり、安請け合いしたのではない。ただ、自分達の後輩に当たるトレーナーが、きちんと育ってほしいからである。
 だから、ただ自分の実力を知らしめたいがために作られた、高慢で自己満足なジムは、許されないのである。許せないのである。
 レッドジムのジムリーダーに敗れた少年は、泣きながらジムを出ていった。それはサトシに任せ、ジムリーダーの相手はシンジが受けることとなった。


「あー、弱っちい……。俺より強ぇ奴はいねぇのかよぉ!?」


 光悦とした表情で高笑う青年の前に、シンジが立つ。
 この手の高慢な高慢な勘違いやろうは圧倒的な実力差を見せつけなければ話も聞かない。響かない。
 構成するにしろ、閉鎖するにしろ、まず必要なのは、自分よりも上の存在がいることを教えてやることだ。


「安心しろ。俺が――格の違いを見せてやる」


 シンジは恐ろしいほどに美しい笑みを浮かべた。



 その数時間後、挑戦者の少年にひたすら謝るレッドジムのジムリーダーが見られたとか、見られなかったとか。
 ただ、そのジムは閉鎖されずにレッドタウンに存在しているというのだから、ジムリーダーが構成されたことだけは確かである。




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