気付かないのは君一人
シンジは街の郊外の森にて、座り込んでいた。その隣には兄・レイジのライバル――レッドがおり、シンジは彼の肩に身を預けていた。
「……何かあった?」
「別に」
「嘘」
「……いつものこと」
「そう、」
いつものこと――背が高いこと――を気にして、シンジは沈んでいた。
シンジは、身長にコンプレックスを抱いている。背が高い故に、男の子の様な扱いを受けるのだ。それが嫌で、背中を丸めて背を小さく見せようとしている。
(そんな風に悩んでいるところすらも可愛いだけなのに)
レッドにとって、シンジはどうあがいても女の子だった。小さくて、抱きしめたら折れてしまうそうなほどに儚い女の子。背が高いのを気にして、涙ぐんでしまうような。こんな愛らしい少女を、どうして男の様に扱えようか。
「……俺の隣にいたらいいよ」
「……は?」
好きな子には幸せになってほしいから、自分が幸せにしてあげたいから、自分の隣にいたらいい。そうすればシンジは小さくて可愛い女の子で居られて、涙ぐむ必要もなくなる。好きな子の涙は、見たくない。
「俺、そろそろ小さくて可愛い彼女がほしいんだ」
「なっ……!?」
女の子にしては大きな手を、レッドは包みこみ、手を握る。ぶわり、とシンジの頬が赤くなり、レッドが目元を緩めた。
周りには表情の変化など分からないだろうが、付き合いの長いシンジには分かる。そのためシンジはレッドが自分をからかったのだと判断した。
「か、からかうな。レッドさんは無表情だから、ただでさえ分かりづらいのに、そんな冗談……」
からかうつもりもなければ、冗談でもない。一世一代の告白だ。そう訂正しようとして、けれどその前に、シンジがでも、と口元を緩めた。
「私を元気づけてくれようとしたんだよな。……ありがとう」
嬉しそうにはにかむシンジに、レッドは言葉を失う。告白を告白と受け取ってもらえなかったのは残念だが、まれにみるシンジの笑顔が見れたのだから、悪いことばかりではない。
(まぁ、焦ることでもないし、)
シンジの手を握ったまま、レッドが立ち上がる。それにつられて、シンジも立ち上がった。
「ねぇ、久しぶりにバトルしようよ」
嫌なことは、バトルをして忘れよう。そう言って、レッドはモンスターボールを取りだした。シンジは一瞬呆けたものの、すぐに口角を上げて好戦的に笑った。
「ああ、望むところだ。今日こそ、あんたを頂点から引きずり降ろす」
「楽しみにしてるよ」
シンジもモンスターボールを掲げる。そしていざバトルを始めんと距離を取ろうとした時、パタパタとこちらに向かって駆け寄ってくる足音が複数聞こえた。
「あ! シンジ!」
長い髪をたなびかせて走る少女――ヒカリだ。その後ろにはサトシとジュンもいる。
何故ここに、とシンジが驚く。レッドはシンジのライバル達かな、とサトシ達の顔を見回す。
サトシ達は見知らぬ顔に目を瞬かせ、次いで二人が手をつないでいることに驚いたような表情を見せた。
「ひ、久しぶり。ところで、その人は……?」
ショックで固まるサトシとジュンの代わりに、ヒカリがレッドを見やる。ヒカリの視線はレッドの顔からつながれた手に移り、そこでようやく未だに手をつないでいることに気づいたシンジは、そっと手を離した。それでようやく正気を取り戻したサトシとジュンがヒカリの隣に並ぶ。
「……この人は兄貴のライバルのレッドさんだ」
「そ、そうなんだ。私はヒカリです」
「ジュンです。初めまして」
「俺はサトシです。仲、良いんですね?」
「うん、とっても」
これはまずいかもしれない、とヒカリが顔を引き攣らせた。サトシもジュンも、シンジに想いを寄せている。そしてこのレッドも、どうやらシンジにただならぬ想いを寄せているようだ。
サトシが形だけの笑みを浮かべ、いつもなら快活な表情を浮かべるジュンが表情を消し去っている。シンジがそれらと、そのうちに秘めた想いに気づいていないのが救いだった。
シンジは戦々恐々としているヒカリには気付かず、ポケットに手を入れ、背中を丸めた。小さい方が可愛いという言葉が尾を引いて、シンジの背中はいつもよりも丸まっていた。
「シンジ、背中丸まってるよ」
「!」
レッドがシンジの背中に手を添える。背筋を正そうとするレッドに、シンジが困ったように眉を下げる。けれどレッドは(親しいものにしか分からないが)優しく口元を綻ばせた。
「大丈夫だよ。俺が隣にいるから」
「レッドさん……」
「言ったでしょ? 俺の隣にいるシンジは、小さくて可愛い女の子だって」
「なっ……!?」
そう言って髪を撫でるレッドに、シンジは首まで赤く染め上げた。
背の高い男性を落とすには頭を撫でるのが有効だと聞くが、それは背の高い少女にも有効らしい。
自分達が見たことのなかった少女らしいシンジの顔を見て今度こそ硬直してしまった二人に、ヒカリは心の中で合掌した。
(確かに背は高いけど、シンジは可愛いわよ……)
それを伝えなければならないのだけれど、それはシンジのプライドに関わることだから、ヒカリは口をつぐんだ。それがちょっとだけ歯がゆいヒカリであった。