真白の微笑み
オーキドがカントーに帰ったという噂は、半日とたたないうちに街中に広がった。
その噂を聞いたものたちは残念がったり、悔しがったりと、皆一様に落ち込んでいた。
そんな中、その噂を聞いて、血の気を引かせたものたちがいた。
言われなくてもわかるだろうが、シューティーたちである。
オーキドにもシンジにも謝罪できていないのに。
おそらくオーキドはサトシとシンジを連れて、カントーに帰っただろう。
オーキドはサトシに『ともにカントーに帰ろう』と言っていた。
ならば彼らはカントーに帰ったはずだ。
帰ったと言っても、この町を出た、という意味だろう。
カントーに帰るためには、カントー行きの船か飛行機がある街に行かなければならない。
今から行けば、彼らに追いつくことが出来るはずだ。
「カントーに向かう便がある街は!?」
「隣町とカノコタウンだよ。でも、博士たちは一体どっちで帰るんだろう」
「どっちでもいいわ。カントーに帰るっていうことはわかってるんだから」
「二手に分かれるってのもありだしね」
シューティーの案に、デントたちがうなずく。
すぐさま二手に分かれて、それぞれの方向に向かおうとした時、そこに声をかけるものがいた。
「その必要はないわ」
澄んだ女性の声だった。
一体誰だ、と訝しげにそちらを見て、目を見開いた。
見覚えのあるシナモン色の髪。白衣をたなびかせたすらりとした女性だ。
シューティーは驚きのまま、驚愕の声を上げた。
「アララギ博士!?」
「はぁい、お久しぶりね」
そう言って片手を上げるアララギ。
いつものように笑みを浮かべているが、その表情はどこか曇っているように見えた。
明るく快活な彼女の表情が陰っているのを見て、コテツたちは不安を覚えた。
「アララギ博士、どうしてここに?」
「あなたたちにオーキド博士から伝言を預かったの」
「オーキド博士から!?」
不安げに瞳を揺らしていたデントたちの目に期待の色が混じる。
それに反してアララギの表情からは笑みが消えた。
「オーキド博士は、僕たちに何て?」
「・・・”自分たちを追ってくることは禁止する”」
「「「!!?」」」
重々しく告げられた言葉は彼らの淡い期待をいともたやすくかき消した。
明るくなった表情は一変し、絶望に似た色に変わる。
愕然と眼を見開き、わなわなと唇を震わせたアイリスが幾度かぱくぱくと口を開閉し、絞り出すように言葉を吐いた。
「・・・ど、うして・・・?」
何故。どうして。
彼らを取り巻く感情は疑問。
その感情を読み取ったのか、アララギが咎めるような厳しい声をかけた。
「あなたたちの言動の一部はオーキド博士から聞いたわ。あなたたちのしてきたことは名誉棄損罪に値するものです」
本来なら裁判を起こされるほどのことよ。
アララギは常にない、厳しい目でベルたちを見つめた。
彼女の言葉の内容に、カベルネたちは眼を見開いた。
「わ、私たち別にそんなつもりは・・・っ!」
「言い訳は聞かないわ。私は忠告しに来たの。オーキド博士やサトシ君、シンジちゃんには関わらないで」
「なっ・・・!?」
次々に告げられる内容にシューティーたちは言葉が出ない。
冗談などではないということは、その目を見ればわかる。
いつになく真剣な目をして、その瞳には怒りの炎が揺らみている。
これを冗談としてとらえることはできない。
「彼らは望んでいないの。サトシ君が傷つくことを。そしてサトシ君は望んでいないの。自分が悲しむことも。
これは彼らの、そして私の望みなの。もうこれ以上、彼を傷付けないために、サトシ君とはかかわらないで」
静かに、そして厳かに告げられた言葉に、アイリスたちは膝から崩れ落ちた。
「な・・・んで・・・?どうして・・・?」
誰ともなくつぶやいた言葉に、答える声はない。
アララギもかなしげな眼をして、ゆっくりと首を振り、そして踵を返した。
「・・・っ!!!どうしてよぉ!!!」
あこがれの人の信頼と、仲間”だった”少年を一度に失った彼らは崩れ落ちたまま立ち上がれない。
彼らは最後まで気付かなかったのだ。”何も知らない”ということが、どれほど罪深いことなのか。
失われた信頼は、もう戻らない。彼らの声は、サトシには届かない。
悲痛な叫び声をあげた少女の声は誰にも届くことなく、空へと消えていった。