神殿の守人
「ねぇねぇ! この近くに神殿があるんだけど、行ってみない?」
カロス地方。とある渓谷を、サトシ一行は次なる街を目指し、歩を進めていた。その途中、ガイドブックを片手に、セレナが意気揚々とサトシ達に声をかけた。
セレナの示すガイドブックの画面には『創世の神殿』と称される神殿の写真が映し出されている。青みがかった白い石で造られた、美しい神の社だった。
「うわぁ、綺麗!」
「やっぱりそう思うよね! 写真でこんなに綺麗なんだから、実物はもっと綺麗なんだろうなぁ……!」
ユリーカが目を輝かせ、セレナがうっとりと写真を見つめる。少女らは総じて美しいものが好きで、興味と好奇心がそそられたようだった。
「その神殿、僕も知ってます。確か、この世界を創造したとされるポケモンが祀られているんですよね?」
少女らと同じように、知的好奇心が刺激されたシトロンが眼鏡を掛け直す。
知識欲旺盛なシトロンは何にでも食指が動く。この神殿についてもそのようで、簡単な知識は有しているようだった。
改めて知識の広さを披露したシトロンに、その通りだ、とセレナが頷いた。
「この神殿はとっても不思議な神殿で、世界各地に存在しているの。でも、その中には誰も入ったことがないんだって」
創世の神殿は、第一から第六の六芒星型に配置された六つの神殿と、中央に聳える第零の、全七つの神殿を総称した呼び名である。それは世界各地、それこそほぼ全地方で発見されている神殿だ。
その神殿の入り口にはなにか仕掛けがあるらしく、中に入ることが出来ないのだ。
神殿の奥を覗いてみたいと考える者は多く、長きにわたり研究がつづけられている。
考古学者や研究者のほかに、オカルトマニアの間でも知らぬ者はいないほどには有名で、入り口の仕掛けの謎を解き、その奥に入ることこそが、数多くの研究者達の夢となっていた。
「中に入るためには、神殿を守っているとされる六人の守護者の持つカギが必要なんだって」
創世の神殿には第一神殿から第六神殿を司る守護者がいるという伝説がある。実際に神と呼ばれしポケモンとともに、神殿を守る姿が目撃されたという。それが六人の人間で、神殿の内部に入っていく姿も見られたらしい。神殿の守人とも番人だとも、実しやかに囁かれ、彼らの実が神殿内部に入ることを許された存在なのだという研究者もいる。
明らかになっていないことが多いが、この六人の守人の噂こそが、神殿内部突入のための最も有力な説だった。
「六人の守護者って?」
ユリーカがこてんと首をかしげながら尋ねる。興味を持ってくれたのが嬉しかったのか、セレナが満面の笑みを向けた。
しかし、セレナが口を開く前に、サトシがユリーカの頭に手を置いて笑った。
「そんなに気になるなら、神殿に向かいながら話そうぜ!」
太陽のような笑みを見せたサトシに、異論を唱える者はいなかった。
奈落の底にまで届いてしまいそうな深さを誇る渓谷の頂上を、サトシ一行は明るい話声で満たしながら歩いていた。
「さっきの続き何だけど、六人の守護者って言うのは『神殿の守人』と呼ばれる『六守護者』のことよ。第一から第六までの神殿を司っているんですって!」
セレナの説明に、問いかけたユリーカが感嘆の声を漏らす。ユリーカとともに説明を受けていたデデンネも、ユリーカに感化されてか、楽しげな声を上げた。
「本当に詳しいですね、セレナ」
「前に雑誌で特集されていたのを見かけてね。とってもきれいな神殿だったから、気になって自分でも調べてみたの!」
博識なシトロンよりも、この事柄に明るいのだと知り、セレナは少し得意げだ。
僕からも質問していいですか? と問いかけたシトロンに、セレナはもちろん! と胸を張った。
「その『六守護者』はどういう存在なんですか?」
「それはね、自分の司る神殿に伝わる伝説や神話を伝承したり、ポケモンたちと力を合わせて神殿を守っている存在よ」
おお、と感嘆の声が上がる。シトロンとユリーカが目を輝かせる様子がそっくりで、微笑ましくて思わず笑ってしまう。
「本当によく調べたなぁ」
「うん、頑張っちゃった」
サトシの感心したような響きを持ち合わせた声に、セレナが頬を染めた。想いを寄せる相手に褒められると嬉しいのである。
そんな様子を褒められて照れたのだと受け取ったサトシは、微笑ましげに笑った。そして、その目をゆっくりと細めた。
「でも、ちょっと違うんだよな」
「え?」
なぁ、ピカチュウ? と肩に乗る相棒を撫でながら、サトシはくるりと踵を返す。そのままゆったりとした歩調で先へ向かう。いつの間にか神殿の近くにまで来ていた。
サトシの意味深な言葉に戸惑いつつも、セレナたちはサトシの後を追う。追いついてきた少女たちに、サトシは言葉を続けた。
「守護者は別に、神殿を守っているんじゃなくて、神として神殿に祀られたポケモンを守っているんだよ」
地面が美しい白い石畳に変わる。ようやく神殿の全貌が明らかになった。その美しさに、シトロンたちが息を飲む。圧倒的な歴史と、その神聖さには目を見張るものがあった。委縮させる何かが、ある。
ユリーカたちの歩みが戸惑いがちになる中で、サトシだけが堂々としていた。サトシ一人が、入口へと通じる階段を上っていく。
「それに、守護者はカギなんか持ってないんだ」
「え?」
「内側から開けてくれるんだよ」
階段を登り切り、サトシが入り口の前に立つ。入り口には妙な膜が張っており、それが奇妙な歪みを生んでいた。
意を決して、ユリーカがサトシの隣に並ぶ。けれども、やはり自分が入るのは怖いようで、近くにあった石を膜に投げ入れた。
しかしそれは、一度中に入ったはずなのに、壁にぶつかって跳ね返ったように入り口から外に転がり出てきた。
「この仕掛けによって中に入ろうにも追い出されてしまうんですね……」
「みたいね……」
ユリーカと同じように、サトシの後を追って階段を上り切ったシトロンたちが、サトシ達の後ろで立ち止まる。仕掛けの施された入り口を睨むように見上げれば、サトシが笑った。
「駄目だよ、開けてくれるのを待たなきゃ」
そう言ってサトシが入り口のそばに歩み寄る。そして上を見上げてこう言った。
「開けて――パルキア」
――ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!
途端、大地を揺るがすような咆哮が上がる。その声に恐れをなしたユリーカがとっさに兄の元まで逃げた。シトロンはしっかりとユリーカを抱きしめ、隣に立つセレナとともに辺りを警戒するように見回した。けれど、声の主が現れるような気配はない。
ほっとして、再度入り口に目を向けて、シトロンたちは瞠目した。入り口の膜に穴が開き、それが広がっていくことで歪みが消えていく。青みがかった白い石壁の内装が現れ、セレナたちが呆然と立ちすくむ。入り口が開き斬った時、サトシがくるりとセレナたちの方を向いた。
「第一神殿『太陽の間』へようこそ!」
振りむいたサトシは、やはり太陽のような笑みを浮かべていた。