そこに形はないけれど






 多分、その本当の凄さに気づいたのは、この中で僕――シトロンだけだろう。

 その日、僕たちはショウヨウジムを目指す道すがらの街にいた。その街で、僕らはポケモントリマー見習いのジェシカさんと出会った。
 出会ったきっかけは彼女のトリミアンと妹のユリーカが接触して転んでしまったことだった。そのお詫びに彼女の働く店に案内され、街の案内もしてもらうこととなったのだ。
 その途中、僕らはピカチュウにカットモデルを頼みたいというカリスマトリマーと出会った。しかし、サトシもピカチュウも、ありのままの姿を好ましいと思っており、カットモデルはセレナのフォッコが行うこととなった。
 しかしそのカリスマトリマーは、その名を騙ったロケット団であった。
 トリミアンの助力により、僕らはフォッコを奪ったロケット団を発見することが出来たのだが、そこで僕らは絶体絶命のピンチに陥った。
 ジュンサーさんのライボルトは混乱し、サトシのピカチュウはマーイーカの墨により、視界が奪われてしまったのである。
 戦うことが出来るのは僕もサトシもゲットしたばかりのポケモンであり、ロケット団と戦うのは正直厳しい。けれどサトシは視界が奪われたままのピカチュウでバトルを続行した。


「行けるな、ピカチュウ!」


 サトシの声に、ピカチュウはもちろんだ、というように頷き、迫りくるマーイーカにも臆さず、ピカチュウはサトシの指示に従うために感覚を研ぎ澄ませた。
 本来ならば、混乱とか動揺とか、恐怖で動けなくなるはずだ。人もポケモンも、八割が視覚から情報を得ていると言われている。環境や感情の状態によりその割合は変化するが、それでもやはり情報のほとんどを視界から得ているのだ。つまり、残り二割程度しか得られない情報をもとに動かなければならないということだ。
 本来ならば、動くこともままならない状況。しかし、サトシもピカチュウも、一切の迷いを見せはしなかった。


「ピカチュウ! ジャンプしてかわせ!」


 サトシはピカチュウが交わさなければならない瞬間に指示を出す。それに従って、ピカチュウはロケット団の攻撃を紙一重でかわしていく。彼が指示を聞き届け、そこから動き出すまでにかかる時間を把握していなければ出来ない芸当だ。そしてピカチュウも、その指示に何の疑いもなく従う。
 その難しさはきっと、新人のセレナにも、トレーナーではないユリーカにも、確固たる信頼を築いていないジェシカさんにも分からない。ポケモンたちと苦楽を共にした者でなければ。
 ジムリーダーとして、ポケモンとともに歩んできた僕になら分かる。その信頼を得るために、どれだけ努力を重ねてきたのか。どれだけ険しい道を歩んできたのか。
 その絆の深さは、生半可なものではない。
 サトシは何の気兼ねもなく「ピカチュウを信じてる」というけれど、それは彼らが確かなものを確信を持って手にしているからだ。だから彼は何の気負いもなく、自然と「信頼」を口に出来るのだ。
 彼はきっと、その凄さに気付いていない。そのある意味で良い鈍さは、彼の美点でもあるのだろうけれど。




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