今際の恐怖
「無事でよかった」
そう言ったプラターヌ博士の言葉に、僕は激しい怒りを覚えた。
――どこがだ。どこが無事だっていうんだ。
僕はバトルをしたから疲れている。けれどそれだけ。だけど、サトシは心身ともにボロボロだ。全然無事なんかじゃない。
どうして気付かないの? 何で笑っているの?
サトシは暴れるガブリアスを押さえこんで体は打ち身や擦りキズだらけだし、たった今、地上数百メートルもあるプリズムタワーから飛び降りたんだよ? 無事なわけないじゃないか。
サトシは確かに笑っている。それが空元気だって、どうして気付いてくれないの?
サトシの手はまだ震えてる。きっと立っているのだって精一杯のはずだ。
僕がニャースの様に人間の言葉を離せたら、今すぐにでも言ってやるのに。
――サトシは震えてる。今すぐ泣き出したいくらいに恐怖してる。
だって、メガバシャーモが助けてくれなかったら、僕たちは死んでいたもの。
(心配させまいと強がっているだけだって、どうして気付かないの?)
+ + +
「よかった……。ピカチュウ、よかった……!」
プラターヌ研究所に戻り、プラターヌ博士に借りた一室で、僕はサトシに抱きしめられていた。強く強く、痛いほどに。
サトシは泣いていた。僕が無事だったという安堵と、高所から飛び降りた恐怖で。あと少しで死んでいたかもしれないという事実に。
――ごめんね。ごめんね、サトシ。
僕が浅はかだった。ガブリアスが暴れて脆くなった足場で走るなんて、馬鹿なことをして。そんな衝撃を与えれば足元が崩れてしまうことくらい予想がついていたのに。
「怖かったぁ……!」
痛々しいほどに掠れた声が、静かな部屋に落ちる。震える体は、普段からは考えられないほどに弱々しい。
彼はまだ10歳だ。幾らいろんな経験をして心身ともに成長したからといって、根っこはまだまだ子供。高いところから飛び降りれば怖いのは当然だ。それも、命をかけてのことだから、その恐怖は尋常じゃないだろう。
――ごめんね。ごめんね、サトシ。
怖かったよね、僕を失うこと。怖かったよね、命を失うこと。
――命を懸けさせて、本当にごめんね。
(死の恐怖なんて、まだまだ知らなくてもいいことなのに)
―――――今際の恐怖
(――でも、だからこそ君はとても強いんだ)
失う恐怖と、命の重さを知っているから。だから、誰よりも強く、優しく在れるんだ。