彼らだってただのポケモン
『ん?』
フシギダネが、いつもは庭にない気配を感じて顔を上げる。
サトシの旅の節目でマサラタウンに帰ってきていたピカチュウも、同じように視線を空へと持ち上げた。
空を見たピカチュウは、わずかに驚いた顔を見せ、次いで苦笑した。
『サトシならママさんの買い物についていってここにはいないよ』
ピカチュウに苦笑され、フシギダネに呆れられた相手は、不服そうに顔を歪めた。
『……私たちの登場に、少しは驚いたらどうだ』
『もう慣れたよ』
相手――アルセウスはふん、と小さく鼻を鳴らし、空を蹴って地面に降り立った。その周りには、ミュウ達がおり、にこにこと笑っている。
『それで、さっき言ったように、ここにはサトシはいないよ』
『……確かにサトシに会うのも一つの目的だが、今日はお前たちに会いに来たのだ』
『俺たちに?』
サトシがいないのに? と、ピカチュウとフシギダネが顔を見合わせる。不思議そうな二匹にアルセウスは憮然とした表情を浮かべ、ミュウ達がくすくすと笑った。
そんな対照的な様子に、ピカチュウたちはますます首をかしげる。そうしているうちに、アルセウス達の気配に気づいたサトシのポケモンたちは集まり、ひょこひょこと顔を覗かせた。
『どうしたんだ? 何かあったのか?』
『遊びに来たの?』
『久しぶりだな』
『特に用事がないのなら手合わせしてくれないか?』
一体一体に返事を返していくアルセウスを見て、ピカチュウは反対側に首をかしげた。
『……特別何か用があるわけじゃないの?』
『ああ、息抜きの様なものだ』
『お疲れなんだね』
『そういうことだ』
ふう、とわざとらしく深深とため息をつく。冗談めかした様子に、ピカチュウがおかしそうに笑った。
『息抜きにはならないと思うよ? 僕たち、元気有り余ってるから』
気分転換にはなるかもしれないけど、急速にはならないからね。そう言って周りを見回したピカチュウの視線を辿ると、そこには何をして遊ぶか相談するポケモンたちの姿があった。
苦笑するピカチュウに、それでいいのだ、とアルセウスは内心笑う。
伝説や神と呼ばれるだけあり、アルセウス達は人間にとってもポケモンにとっても特別な存在なのだ。
人間には神として祀られ委縮され、ポケモンたちには本能的に書く上だと悟られてしまう。
本人たちにも、役割を持つポケモンであるという自覚はあるが、自分たちだってポケモンという小さな存在であることには変わらない。
普通に接してほしいのだ。伝説ではなく、普通のポケモンとして。
だから彼らはサトシや、そのポケモンたちを求めるのだ。ただのポケモンとして接してくれる彼らを。
『では、疲れ果てるまで付き合おう』
『へばっちゃっても知らないよ?』
楽しくてたまらないというような笑みを浮かべるピカチュウに、アルセウスが笑みを漏らす。
それを見て、ピカチュウが仲間たちの輪に交じるべく駆けだした。
『望むところだ!』
不敵でいて、それでいて楽しそうに声高に叫び、アルセウスがピカチュウの後を追った。
この数時間後、オーキド研究所の庭では、伝説も幻も関係なく、ただ一つの生命として眠りにつくポケモンたちの姿が目撃されたそうだ。