真白の微笑み
デントたちはポケモンセンターの中にあるレストランのテーブルについていた。
しかし、特に何も注文していないのか、テーブルには水の入ったコップが人数分置かれているだけだ。
沈んだような表情を浮かべるもの。怒りを湛えるもの。悲しみに暮れたようなもの。
皆一様に、複雑な感情を、その顔に映し出している。
「どうして・・・」
絞り出すような声で、アイリスが呟いた。
「どうして・・・どうして教えてくれなかったのよ・・・!」
そう言って、テーブルに拳を叩きつめたアイリスの拳は怒りに震えていた。
モニターに流れる映像を見た彼女らは、ポケモンセンターに備え付けられたパソコンを使ってサトシとシンジについて調べた。
そうして飛び出る衝撃の事実。
新人だと思っていたサトシはシンジと同等のトレーナーであると証明されたのである。
すさまじい経歴。誇らしい戦歴の数々。
それをどうして彼は自分たちに教えてくれなかったのか。
教えてくれれば自分たちは過ちを犯さずに済んだのに。
「どうしてよ・・・!」
怒りに声すらも震わせたアイリスは、歯を食いしばって溢れ出る怒りを抑えようとした。
そんなとき、凛とした声がこちらに向かって投げかけられた。
「あんたたちが聞かなかったからでしょう?」
その声は、通路を挟んだ隣のテーブルから聞こえた。
神経を逆なでされたような気がして、アイリスが睨むように声のした方を向いた。
そして、驚愕に目を見開いた。
「ロケット団!?」
がたりと音を立てて、アイリスが立ち上がった。
その声につられるようにシューティーたちもアイリスの視線を追い、同じようにしてたちあがった。
ロケット団も彼らと同じように、テーブルにはお冷しか置かれておらず、彼らはベルたちには目もくれず、その水を飲んでいた。
自分たちの存在をまるで意に介さないロケット団にいら立ちを覚え、アイリスがつかつかと彼らの座るテーブルに歩み寄った。
「さっきの言葉、どういう意味?」
怒りをにじませた声に、ムサシがつい、と視線だけをよこす。
けれどもその目には彼女への興味は一切感じられない。
「そのままの意味よ」
「っ!!私たちのせいだって言いたいわけ!?」
「そうよ」
「何ですって!?」
まるで当然だろうと言われているような、きっぱりとした物言いに、アイリスが声を荒げる。
そんなアイリスの様子に、ニャースとコジロウが小さく息を吐いた。
「おみゃーら本当にジャリボーイの仲間なのニャ?」
「一緒に旅をしていればわかると思うけどな。あいつが今の自分の実力に満足していなくて、自分の戦歴を誇ることが出来ないってことくらい」
心底つまらなそうな、興味のかけらもないと言わんばかりの冷めた声で2人が告げれば、カベルネが2人の言葉を鼻で笑った。
「ふん。むしろ天狗になって調子に乗ってるから、あんなおちゃらけたバトルをしているのよ」
心の底から馬鹿にしたような声音。それに同調するように、デントたちがうなずいた。
すると、先程まで独り言を話すような、無感動なふるまいを取っていたロケット団の瞳が、ランランとした輝きを見せた。
いっそぎらぎらとした、焼けるような強い瞳だった。
その瞳を見たコテツたちはびくりと体を震わせた。
湛えられた色は怒りの色。尋常じゃない激昂。
得体のしれない寒気が、背筋を這いあがってくる。
「ジャリボーイがバトルでふざけたことは一度もないわ」
普段からは考えられない、地の底から響くような、怒りを押し殺した低い声。
背筋から這い上がってきた寒気が、恐怖として形を成し、首に手をかけられたような、具体的なものとなる。
思わずひきつれたような掠れた声が、口からこぼれ出た。
「あいつのことは私たちが一番よく知ってる。そんな私たちを差し置いて、あんたたちがあいつを馬鹿にするんじゃないわ」
吐き捨てるように放たれた言葉は、刃物のような鋭利さがあった。
「あいつとの付き合いは、私たちが一番長いのよ」
そう吐き捨てて、彼らは恐怖で固まるアイリスたちには目もくれず、喧噪のなかに消えていった。
あんなロケット団、知らない。
彼らがあんなふうに怒ることも、サトシとの付き合いが、自分たちよりも長いことも。
ずっとずっと格下だと思っていた彼らに恐怖を感じ、気圧されてしまう自分がいることも。
全部全部、知らない。
「・・・んなのよ・・・」
誰ともなく、アイリスがぽつりとこぼした。
「一体・・・何なのよ・・・!!!」
彼女の悲痛な叫びは、誰に届くこともなく、周囲の喧噪によってかき消されてしまった。