兄弟パロ
「説明、してくれるわよね?」
鬼の様なカスミとヒカリを伴った、サトシ達はポケモンセンターの宿泊スペースに移動した。
兄弟6人で一部屋を取っていたので、かなりの大部屋だ。その大部屋の広いスペースを存分に使い、サトシ達(シンジは除外)は床に正座をしていた。
そんな彼らの前には、仁王立ちしたカスミとヒカリ。その背後には阿修羅の影が見える。
「まず聞きたいことはあんた達の関係。ただのライバルが”兄さん”呼びなんてしないわ」
「そしてシンジが女の子なのに、どうして男装してるのかってこと」
「説明、できるわよね?」
眉一つ動かさずに淡々と告げるカスミたちにサトシ達は震えあがる。
――どうする。俺は別にかまわないけど。今までの努力は何だったのか。シンジが可愛すぎるのがいけない。それな。おい、責任転嫁。
「目で会話してないで言葉にしてくれる?」
「「「はい、すいませんっ!!!」」」
カスミに厳しい視線を向けられ、サトシ達は居住まいを正す。彼女らを助けたことで説教を免除されたシンジすらも反射的に姿勢を正した。――だって顔が怖い。
こほん、と軽く咳払いをして、兄弟の中で一番のしっかり者と称されるシゲルが代表して説明を買って出た。
「――異母兄弟、って知ってる?」
「ええ。お母さんが違う兄弟ってやつでしょ?」
「そう。そして僕たちは同じ父親を持った、正真正銘の兄弟なんだ」
眉を下げてそう言ったシゲルに、カスミとヒカリが息を飲む。唖然とした二人を見て、兄弟らが顔を見合わせて苦笑した。
「びっくりした?」
「うん……」
「ちなみに、レイジ兄さんとシンジは母親も同じ人だよ」
「そ、そうなんだ……」
うまく内容が処理できていないのか、二人は呆けたような表情を浮かべている。それはそうだろうなーと思いながら、サトシはしびれ始めた足をなでた。
「そう言えば、クロツグさんは……」
「再婚したんだよ。だから母親6人に父親一人、子供7人の大家族なんだ」
ヒカリの疑問に、シゲルに変わってジュンが答える。
凄い家族ね、と思わずつぶやいたカスミの言葉に、ヒロシが笑う。
「自慢の家族だよ」
そう言ってヒロシが両隣りのシゲルとシューティーを引き寄せた。二人はいきなりのことに驚いていたが、嬉しそうに頬を緩ませている。その姿に確かな絆を感じて、カスミたちも自然と笑みを浮かべた。
「ついでに言っとくと、レイジ兄ちゃんが長男で、俺が次男な!」
間違えたら罰金だかんな! と言って笑ったのはジュンだ。
それに続くように、シゲルが片手を上げる。
「ちなみに僕が三男で」
「俺が四男!」
シゲルの隣でサトシが大きく手を挙げた。
「僕が五男」
「僕は六男だよ」
「で、俺が一番下だ」
サトシに続いたのはヒロシ。いまだにヒロシに肩を抱かれたままのシューティーが続く。
そして最後に不本意そうに末っ子宣言をしたのはシンジだ。
流れるような紹介に、カスミたちが呆気にとられる。
「仲、良いのね」
「「「そりゃもう!」」」
6人で声をそろえられ、圧倒される。
――そう見たいね、とヒカリが納得すれば、サトシ達の笑みがさらに深まる。
「でも、どうしてそれを私たちに言ってくれなかったの? きょうだいなら、紹介してくれてもよかったじゃない」
「確かに。まるで初対面みたいな反応してたわね」
――まるで隠しているようだ。実際隠されていたのだが。
確かに彼らは特殊な家庭だ。けれど、それを受け入れられないほど、小さい器であるつもりはない。
なのに何故、いがみ合うふりをしてまで、その関係を隠していたのか。
「いろいろあったんだよ」
――本当に、いろいろ。そう言って目を伏せたシューティーは疲れたような色を浮かべていた。
踏んでしまった、俗に言う地雷を。
慌てて、ヒカリが話題転換を図った。
「そう言えば、どうしてシンジは男の子の恰好をしているの? 男装なんて、する必要あったの?」
「あるに決まってんじゃん!!!」
ヒカリの言葉にサトシが立ち上がって反論する。また地雷を踏んでしまっただろうか、と自分の発言を後悔した。
「ただでさえ可愛いのに女の子の恰好なんてしたらどうなるか!!!」
「…………は?」
真剣な顔をして拳を握るサトシに、ヒカリは思わず白い目を向けた。
「こんな可愛い子が一人旅をしてて危険な目に遭わないわけがない!」
「ただでさえ一人旅には危険が伴うのに、女の子の恰好のまま旅なんかさせられるか!!」
「悪い虫が付いたらどうするのさ!!!」
「本人に自覚はないけど、シンジはもてるんだよ!」
「――以上の理由により、シンジには女の子の服が着せられないんだよ」
やたら力を込めて口々に叫び出す兄弟達を尻目に、シゲルがいい笑顔で締めくくる。
そんな彼らを見て、カスミたちが何とも形容しがたい表情をシンジに向けた。
「気にするな。こいつらちょっとおかしいんだ」
「「「照れるなって」」」
「うるさい」
手放しに妹を可愛がる兄達の姿に苦笑を禁じ得ない。
わずかに頬を赤らめながら、シンジはさっさとヒカリの隣に避難した。
「愛されてるのね」
「……兄弟だからな」
そっぽを向かれるが、首筋まで赤く染まっている。照れているのも、愛されているのが嬉しいのも、全部丸わかりだ。
邪険に扱われたこともあり、正直苦手としていたが、彼らといるときのシンジは、意外と平気かもしれない。
(女の子だし、仲良くなれるかも)
――助けてもらったお礼に、何かおしゃれな小物でも送ってみようかな。
何がいいだろうか、と考えてくすくすと笑っていると、くん、と服が引かれる。
その元をたどれば、そっぽを向いたままのシンジが、ヒカリの服を引っ張っていた。
「何?」
「……った、」
「え?」
「わ、悪かった……」
「え? 何が?」
「……色々」
何を謝っているのか、と思ったが、たった今思い浮かべていたことじゃないか、とヒカリが手を打った。
「気にしてないわよ。そりゃあ、何回か会ってるのに誰? とか言われたのには腹が立ったけど」
「……あれは、わざとだ」
「わざと?」
「サトシ兄さんに聞いて、知っていたから」
「じゃあなんでそんなことしたの?」
「だって……」
一度会っているはずなのにまるで初対面の様な対応をされたのにはとても腹が立った。それがわざとならば、なおさら。
けれど、口ごもり視線をさまよわせるシンジを見て、何か理由があることを察する。辛抱強くシンジの言葉を待っていると、彼女の顔がどんどん赤みを帯びてきたのに気付いた。
「……ずるかった、から……」
「え?」
「サトシ兄さんと旅をするの、羨ましかったんだ……」
しん、と部屋が静まり返る。
ばん! とサトシが両手で顔を覆う。絶対真っ赤になっているだろうという勢いで。
「何それ可愛い……っ!」
絞りだすように呟いて、サトシが床に突っ伏した。
――確かにかわいい。
真っ赤になるシンジを見て、床に転がる彼女の兄達がシンジを可愛がる理由の片鱗を見た気がした。
そのあとヒカリは無心でシンジの頭をなでなでした。