生きとし生きる不思議な生き物






「お前、また来たのか……」



―――――小さな来訪者


 ”白練”を楠に送ってやると、結果として、やはり”白練”には仲間がいた。そいつは”白練”よりもふた周りほど大きく、色は青色をしていた。”白練”がまだ赤ん坊で、成長したらこうなるのだろうな、と予想させるような、そんな姿だった。
 仲間を助け、手当てをした俺――シンジを気に入ったのか、青色のそいつ――”花色”は俺にドングリをよこしてきた。

 ――それからだ。こうして時折姿を現すようになったのは。
 基本的に楠の森に生息しているようだが、どこにいても”白練”は現れる。山を越え、海すらも越えているのに現れた時は戦慄したものだ。一体どうやって俺の元にやってくるのかは知らないが、こいつらはポケモン以上に謎が多い。少しくらい不思議が起きてもおかしくはない。
 そして夜になると必ずオカリナを吹き、おそらくその音色を聞きつけてやってくる仲間の”花色”がどこからともなく現れて一緒に帰るのだ。
 何かするのかと問われれば特に何もない、としか言いようがない。ただこいつは俺の元にやってきて、俺の周りをうろちょろと動き回って時間をつぶしているだけなのだ。

 それが、今日は様子が違うようだった。俺をどこかに連れていこうとしているのか、やたらと俺を先導するように少し先を行く。
 仕方なくそれについて行くと、その先には深い森が待ち構えていた。一本一本の木がやたらと大きく、古い森なのだと予想できる。


「一体ここに何があるっていうんだ……」


 思わずつぶやくが、”白練”は俺を見上げただけで、特に歩みを止める気はないようだ。
 抗う理由もなくあとをついて行くと、明らかに他の木とは比べ物にならない年月を経ている巨木の前に連れて行かれた。――その存在に圧倒されてしまうような、そんな木だ。
 ”白練”はその木の根元に俺を招く。言葉を失ったままについて行くと、その木の根元には大きな穴があった。


「穴……?」


 日が高かったら底が見えるのかもしれないが、今はすでに日が暮れはじめる時刻で、巨木の影で奥が見えない。もしくは、底が見えないほどに深い、巨大な空洞なのだ、この穴は。


「これがどうかし――、」


 がらり、と足元が崩れる。ひゅっ、と自分の喉が鳴ったのが分かった。


「―――っ!!!」


 空洞なうねりを作っており、真っ逆さまに底に落ちることはなかった。何とか空洞の壁に足をかけ、滑り落ちる。
 ふっ、と目の前が明るくなった瞬間、俺は広い空間へと投げ出されていた。


「う、あっ……!?」


 ――ぼふっ、と何かの上に落ちる。
 土の感触ではない。毛並みの整ったポケモンのような感触だった。


「な、んだ……?」


 自分の下敷きになったものを確認する。そして絶句した。
 ――でかい。”白練”や”花色”そっくりの、けれども比べ物にならないくらい大きな獣。
 その獣は俺が上に落ちたことで目を覚ましたのか、眠そうな目で俺を捕らえた。そして俺と目が合うと、眠そうに細められていた目が大きく見開かれる。むずむずと口元が動き、口角が上がる。獣は楽しげに笑ったのだ。
 獣の表情の劇的な変化について行けずに混乱していた俺は、そいつの太い腕に抱きかかえられ、身動きが取れなくなった。


「お、おい、何……っ!?」


 獣――これからは”銀鼠”と呼ぶ――はおそらく膝を曲げ、その体躯からは考えられないほどの跳躍を見せ、飛んだ。


(こいつも見た目と違って身軽だな!?)


 空洞は根元だけでなく木の頂上まで続いていたようで、飛び上がった先は木のてっぺんだった。
 外は暗くなってきており、星が輝いている。その上、よく見ればここは俺が先ほどまでいた巨木の森ではなく、楠の広がる”白練”たちの生息地だった。


「……嘘だろ?」


 俺の呟きは虚しく風の中に消えていく。
 ”銀鼠”がいつの間に持っていたのか、俺の顔ほどもある大きな独楽を投げる。その独楽は宙に留まり、回転を続ける。”銀鼠”がその上に飛び乗り、ゆっくりと木の下に降下した。
 驚きの連続で、もう大したことでは驚けない。

 地面に着くと、俺はゆっくりと地面に降ろされる。そして見上げた木はやはり楠で、俺は一瞬で海を越えたことを再確認した。


(こいつらは空間を操ることが出来るのか?)


 ポケモンの中には空間を司るとされるポケモンもいる。この獣たちは、そう言ったものの類なのだろうか。

 辺りを見ると、”銀鼠”のそばにはいつの間にか”白練”と”花色”がいて、何やらドングリを地面に埋めていた。
 それが終わると”白練”たちは近くの草むらから手ごろな葉っぱを持ちより、それをドングリを埋めた地面のそばで掲げ、その周りをぐるぐると回りだした。
 人間で言うならば祈祷だろうか。不思議なことをするものだ。
 ――ぱん、と軽い音が背後から聞こえ、振り返ると”銀鼠”が大きな黒い傘を構えて”白練”たちと同じように傘を掲げて祈祷を始めた。


「ン゛~~~……バッッッ!」


 力を込めるように傘を天へと向かって振り上げる。
 ぽぽぽ、と突如若葉が芽を出した。


「なっ……!?」


 ”白練”たちもそれに続き、”銀鼠”が再度傘を振り上げた。するとたった今芽吹いた若葉がみるみる苗木となり、成長を始めた。
 そしてついには、この森の巨木と変わらぬほどに成長し、この森の一員となった。


(こいつらはいったい何なんだ? 伝説のポケモンのような存在なのか? そいつらと比べると姿は随分と間抜けだが……)


 今目の前で起きた現実が信じられずに唖然としていれば、またもや”銀鼠”の太い腕の抱えられる。今度は”白練”たちも体に張り付けて、独楽に乗った。
 独楽は生まれたばかりの木の頂上へと俺たちを誘い、そこで俺も木の上に降ろされた。
 空には満月が輝き、森を照らしている。
 ――眼下に広がる樹海は、もしかしたらこいつらがこうやって育てたものなのかもしれない。


「お前たちは森を作る存在なのか?」


 そう尋ねてみるが、彼らは不思議そうに首をかしげ、それから楽しげに笑った。
 ――教えるつもりがないのか、わかっていないのか。おそらくは後者だろうな。
 そして、この屈託のない笑みを見るに、自分の力の真価を分かっていないことがうかがえる。


(こいつらが、他の人間に見えなくてよかった)


 満月を眺めつつ、”花色”たちのオカリナの音を聞いていると、わずかながらに睡魔に襲われる。
 今日も一日の山を歩き回り、驚きの連続で、疲れないわけがない。瞼が重くなる。
 まず俺の眠気に気づいたのは”白練”で、俺の膝に乗って俺の顔を覗きこんできた。次に気付いたのは”銀鼠”で、”銀鼠”が立ち上がる。
 そして大きく息を吸い込んだかと思うと、それを思い切り吐き出した。


「ウ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「!!?」


 ――眠気が一気に吹き飛んだ。何が起きたのか、と跳ね起きるほどの叫び声に、慌てて”銀鼠”を振りかえる。
 ”銀鼠”はにっ、と笑って俺の頭をかきまぜた。


「何なんだ、一体……」


 ぐしゃぐしゃにされた髪を直し、ため息をつく。ふと見降ろした森の中に、何か大きなものが動く影を見つけ、思わず立ち上がる。
 ――何だ、あれは。”銀鼠”よりもはるかに大きな影に視線を奪われる。
 影はこちらに向かってきているようだった。
 近づくにつれ、その姿がはっきりと映る。それはバスのような胴体をした、茶色の獣だった。


「な、何だ、あれは……」


 ポケモンで例えるならば、ブニャットが一番近い姿をしているだろうか。
 異様に多い足を持ち、額にはバスと同じように行き先が書かれていた。――俺がつい先ほどまでいた町の名前だ。
 ――まんまバスじゃないか。
 どうやらこいつが俺を街まで送り届けるらしい。一体何なんだ、この生物は。


「ニャアァオ」


 乗れ、というように、窓の様に開いた穴が広がる。躊躇いがちに乗り込むと、ゆっくりと窓が縮まった。
 窓の外では”銀鼠”と”花色”が俺を見送るように手を振っていた。
 ”白練”は窓枠によじ登り、俺に向かって手を差し出していた。その手にはドングリが握られており、思わず受け取ると、”白練”はバスを飛び降りて仲間の隣に並び、俺に向かって手を振った。
 俺が軽く手を振って席に着くと、それを見計らったようにバス型の獣が走り出す。あっという間に、森を駆け抜けていた。


(呆気ない別れだな)


 いつもと違う別れ方に、これが最後だろうか、とふと考える。
 けれど。


(――明日にはまた、涼しい顔をして俺の前に現れるのだろう)


 不思議と、そんな気がした。
 楠の森が、遠ざかっていく。




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