生きとし生きる不思議な生き物






 ある時俺は、白い毛玉と出会った。



―――――生きとし生きる不思議な生き物


 俺――シンジのもとには、時折小さなポケモンのような生き物が姿を見せることがある。
 森の中では頭を振ると音を奏でる半透明な生き物をたくさん見かける。そいつらは姿を消したと思うと俺より少し先にいたり、俺の後をついてきたりする。
 古い家や森の洋館では黒い毬栗の様なものと出会った。こいつは暗くて人のいないところを好むようで、滅多に出会えない。
 そいつらは俺やポケモンたちにしか見えていないようで、兄貴に話してもそんなものは見たことがないという。
 最初はポケモンなのかと思っていたが、どうやらそれも違うらしい。図鑑を向けても図鑑は全く反応しなかった。
 ポケモンであるならば、たとえ図鑑にデータがなくとも『データ無し』との反応がある。しかしそいつらにはそれすらない。
 俺にはそれが見えていて、俺やポケモンたちならばふれあいこともできる。
 何故俺にしか見えないのかはわからないが、とりあえず俺にとってはそいつらは実在していて、とりあえずは生きている、命ある存在だった。
 しかし名称の類は全くわからないので、俺はとりあえず半透明なそいつらが淡い緑色をしていることから”苗色”と称している。
 実際には”白緑”や”浅緑”に近いが、呼びやすさで”苗色”になった。
 初めて”苗色”と呼んだとき、そいつらは不思議そうにしていたが、今日からそう呼ぶと伝えたら、そいつらはいつも以上に大きな音を立てた。多分、嬉しかったのだ、と思う。
 それ以来、そいつらはどこの森で”苗色”と呼んでも返事をするように音を鳴らすようになった。正直見分けがつかないので、俺を追ってきたのか、偶然なのかはわからないが。
 黒い方も滅多に出会えないうえにすぐに逃げ隠れてしまうからあまり名前を呼ぶ機会はないが、とりあえずは”墨色”と呼んでいる。
 たまに暗がりに向かって声をかけると「ワキャッ!」と、おそらく”墨色”たちの鳴き声で返事があるから、こいつらも多分”墨色”と呼ばれるのを嫌ってはいない。
 とにもかくにも、こいつらはポケモン以上に不思議な存在だ。
 そして多分こいつも、”苗色”や”墨色”たちと同じような存在なのだろう。



 俺がそいつと出会ったのは楠が群生している大きな森の中だった。
 やたらと鳥ポケモンが騒がしくしていて、何かあったのだろうか、と興味本位で見に行ったことがきっかけだった。
 鳥ポケモンたちはやたらと地面をつついており、そこに何かあるのかと目を凝らすと、白い毛玉が見えたのだ。
 それは必死に体を丸めているようにも、本当にただの毛玉のようにも見えた。しかし時折抵抗するように身じろぐ姿が見えたから、生き物であることが分かった。
 見ていてあまり気分のいいものではなく、目撃してしまったからには見捨てるのも後味が悪かった。要はただの気まぐれで鳥ポケモンを追い払ったというわけだ。
 鳥ポケモンを追い払ってそいつを見てみると、どう見ても毛玉にしか見えない小さな生き物だった。
 白い毛玉に耳と尻尾と目がついたような、そんな生き物。俺の両手に乗っかってしまうような大きさだった。
 そいつが襲われた原因は、そいつが持っていたどんぐりだろう。小さな袋にたくさんのどんぐりが入っており、そいつはそれを必死に守っていたようだった。
 そんなもの置いてさっさと逃げればよかったものを、と思ったが、そいつにとってそのどんぐりは大事なもののようで、それは口に出さず、心の中で思うだけにした。

 そいつもやはりポケモンではないようだった。図鑑をかざしても図鑑は反応しなかった。
 しかしこいつが”苗色”や”墨色”と同じように他の人間に見えないのかはわからない。
 周りの人間に見えるのかを確かめるため、俺は簡単な応急処置だけをして、毛玉をポケモンセンターに連れて行った。
 しかし、怪我をした毛玉を抱えた俺が中に入ってもジョーイさんはにこやかに笑うだけで、腕の中の毛玉には反応を示さなかった。
 やはりこいつも”苗色”たちと同じく、他の人間には見えない類の生き物らしい。
 仕方なく治療は俺が行って、本当に見えないのかを再検証するために、兄貴に連絡を入れるためにわざと毛玉を画面の前に置いてみたのだが、兄貴はやはり毛玉に対して無反応だった。
 俺は毛玉で兄貴が見えなかったのに、兄貴からは俺が見えていて、一種のホラーだと思った。



 白い毛玉を、俺はとりあえず”白練”と呼ぶことにした。
 ”白練”が”苗色”や”墨色”と似たような生き物なら、こいつには仲間がいるはずだ。”苗色”たちが一匹で行動しているところを見たことがない。
 幸いにも怪我は俺でも治療できる程度には軽いものだったので、すぐに森に帰すことが出来る。俺はすぐに森に帰してやることにした。


「なぁ、」
「?」


 楠の森に向かう途中で”白練”に声をかける。
 ――お前たちはいったい何なんだと、そう尋ねようとして、やめた。こいつらの言葉は、俺には理解できない。
 別に、知ってどうということもない。ただ、不思議が不思議でなくなるだけだ。


(だったら、不思議なままでいた方が、面白い)


 ”白練”が不思議そうに俺を見上げる。こちらからすれば、お前の方が不思議だというのに。


「何でもない」
「???」


 小さいそいつに合わせてゆっくりと歩きはじめると”白練”は俺の後を追って走り出した。
 一見してもわからないが”白練”にはちゃんと足があった。そして意外にも俊敏で驚いてしまったのは、俺だけの秘密だ。




1/4ページ
スキ