末永く






「いいところだな、マサラタウン」
「だろ?」


 サトシとシンジはマサラタウンの一本道を歩いていた。
 のどかな景色が続き、穏やかな表情でシンジが笑う。それを見て、サトシは幸せそうに笑みを浮かべた。
 カロスの旅を終えたサトシは、カロスからカントーを結ぶ諸島を旅して、マサラタウンに帰ってきた。
 その諸島を旅するなかでサトシはシンジと再会した。シンオウ地方を旅した時のように、また切磋琢磨しながら旅をしたいという思いがわき上がり、次の旅は同じ地方を旅することを約束した。
 次に旅をする地方は特に決まっておらず、サトシはシンジを誘い、マサラタウンに帰ってきていた。


「白い壁が綺麗だな」
「うん。俺の家も白い壁で、屋根が赤色なんだ」
「可愛いな、それ」
「マサラタウンはそういう家が多いよ」
「確かに」


 白い壁に色とりどりの屋根。緑の中に白が映える。
 マサラタウンはとても美しい街で、サトシはそんな街が大好きだった。だから、ライバルであるシンジにも知ってもらいたいと思い、マサラタウンへの帰還に彼女を誘ったのだ。


「あ、」


 サトシが嬉しそうに声を上げた。そちらを見れば、そこには六十半ばほどの年齢の男性が庭の手入れをしていた。


「おじさん!」
「ん? おお、サトシか!」
「ただいま!」
「おかえり」


 おじさん、と呼んだ男性に楽しげに話しかけるサトシを、シンジが少し後ろから眺める。すると、立ちあがった男性と目があった。


「こんにちは」


 軽く会釈してあいさつすると、男性は酷く驚いた顔をしてサトシとシンジを交互に見やった。


「おじさん?」
「さ……、」
「どうしたの?」
「さ、サトシが嫁を連れてきたああああああああああああ!」


 突然叫んだ男性に、シンジが驚いて目を瞬かせる。サトシは叫んだ内容に驚いた。


「ちょ、おじさん! シンジはそういうんじゃ……っ」

「えっ、なになに? サトシちゃんが嫁を?」
「どこどこ!?」
「おおっ、ついにか!」


 男性の叫び声を聞いたマサラタウンの住人が、老若男女問わず集まってくる。その誰もがサトシを知っているようで、目を輝かせて駆け寄ってきた。
 サトシはポケモンだけでなく、人間にも好かれると、改めて思い知らされた。
 近寄ってきた大人達がサトシを見て、それからシンジを見やる。男性と同じように一度固まって、それから歓声を上げた。


「あら、別嬪さんね!」
「かわい~! サトちゃんったらこんな可愛い子ゲットしたの!?」
「こんな美人が嫁だなんてサトシも隅におけねぇなぁ!」
「だ、だから違うって言ってるだろ!?」
「嫁じゃねぇなら恋人か?」
「シンジは! 俺の! ライバル!!!」
「またまたぁ、そんなこと言ってぇ」
「ああああああもう!!!」


 顔面を目一杯赤くして、サトシが叫ぶ。けれど大人達はそんなサトシに微笑ましげな視線を向ける。
 彼らはただ単にサトシを可愛がりたくて、サトシに構っているのだ、とシンジは気付いた。
 気付いていないのは本人だけだ。シンジはおかしくなってこっそりと笑う。
 ふと、一人の女性がシンジを見やった。それに合わせて、幾人もの大人達がシンジに視線を合わせた。
 こちらに意識が向くとは思っていなかったシンジは、目を瞬かせた。


「さっきからサトシがシンジって呼んでるけど、それがあなたの名前?」
「お嬢ちゃん、どこの出身だい? 何もない街だけど、ゆっくりしていけよ~」
「ちょ! シンジにまでちょっかいかけるなよ!」
「あらいいじゃない。サト君の未来のお嫁さんでしょう? 仲良くしておきたいじゃない」
「だから、違うって!!」


 サトシをからかう大人達は生き生きとしていた。
 シンジをかばうようにサトシが立ちはだかると大人達は一層笑みを深めた。


「ねぇねぇ、シンジちゃんって呼んでもいいかな?」
「え?」
「綺麗な髪ねぇ。ここらでは見ない色合いだわ」
「あ! コラ!!」


 サトシの背後からシンジに構う大人達にサトシが噛みつく。
 ぎゅう、とシンジの体を抱きこんで怒ったような顔で睨みつける。
 そんな牽制するような態度を取るから恋人だと勘違いされるのだけれど、サトシ達はそれに気づかない。
 サトシがシンジを抱きしめたことで色目気だった女性が、シンジに尋ねた。


「それで、あなたはいつサトシの嫁に来るの?」


 ブチッ、とついにサトシの堪忍袋の緒が切れた。


「だから! シンジはライバルで、お嫁さんでも恋人でもないんだって言ってるだろ!!!」


 これ以上ないほどに顔を赤らめたサトシはシンジの腕を引いて、家へと帰る一本道を外れる。
 逃げるように走り去ったサトシを見て、大人たちはあっけにとられた。


「嫁じゃなくても、どう見ても彼女さんよねぇ?」
「だなぁ……」
「でも、本人達にそう見える自覚はなかったみたいよ」


 そう言えばサトシは酷く鈍い子だったなぁ、と2人を見送った大人達はどこか遠いところを見つめていた。





 マサラタウンの盛大な出迎えを振りきって、サトシ達はまた元の一本道に戻り、サトシの家を目指して歩いていた。


「ご、ごめんな、シンジ。嫌だっただろ?」


 マサラタウンの人間は総じて仲がいい。人口が少ないことや、街が小さいため、顔を知らない人間がいないことがその要因だろう。
 その分気安くて、特に子供なんかは構われたり、からかいの対象に遭いやすい。
 サトシなんかは特にそうで、いつも太陽のような笑顔を振りまいていたから、この街の人間からは一等愛されていた。
 そんな彼が女の子を連れてきたものだから、街の大人たちは嬉しくて仕方なかったのだ。
 恥ずかしそうに頬を掻くサトシに対し、シンジはいつものすまし顔をしていた。


「別に嫌じゃなかったが?」
「え?」
「むしろ嬉しかったが、お前は嫌だったのか?」


 きょとんと首をかしげて問い返され、サトシは思わずシンジを凝視した。その目に嫌悪などの色は見られず、サトシの顔がみるみる朱に染まった。


「い、嫌じゃ、なかったけど、」
「嫌ではなかっただけか……」
「そ、んなことないけど……」


 俺も、嬉しかったし……、とサトシが口をもごもごさせる。
 それにシンジが笑みを浮かべ、赤くなったサトシの頬をなでた。


「なぁ、サトシ。結婚しようか」
「な、なっ……!?」
「嬉しかったんだろう?」
「う、うん……。俺たちで並んでたら、そういう風に見えるんだなぁって思ったら、凄く」
「なら、異論はないだろう?」


 普段は見ることのできない美しい笑みを浮かべたシンジに、サトシは言葉を詰まらせる。
 そんなサトシに苦笑して、シンジがサトシの顔を覗き込んだ。


「それで、返事は?」
「うぅ……、よ、よろしく、お願いします……」
「こういうときは『不束者ですが、』だろ?」
「それはシンジのセリフじゃん!」
「そう言えばそうだな」


 あれは女の言うセリフだな、とシンジがからかうような口調で笑う。
 からかわれたサトシは、むっとして唇を尖らせた。


「拗ねるなよ。……不束者ですが、よろしくお願いします」
「……うん。大事にする」


 シンジの言葉に満足したサトシが、シンジの両手を嬉しそうに握りしめた。




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