日影の番人
いつかこうなるのではないかと思っていた。彼はいつもトラブルの渦中にいて、たくさんの事件と関わってきた。
その事件の多くは彼の存在があったからこそ解決し、何度も世界は救われてきた。
その事件の中で、通常のトレーナーでは出会うことのできないポケモン――伝説や幻と呼ばれるポケモンに遭遇することもあった。
彼の存在は奇跡にひとしく、彼はまさしく選ばれた人間だった。
その圧倒的なカリスマは、その気になれば世界をものにできる。しかし彼はそんな考えを想い浮かべることすらしない優しい人間で、敵であるにもかかわらず、困っていたら手を差し伸べたくなるような心地にさせる、暖かい少年だった。
けれど自分達闇の生業の人間にとって、彼のような存在は格好の餌食となる。
はじめのうちは彼の先を行くものたちにより隠されていたが、彼はその先駆者たちを追い越し始め、徐々に明るみに出始めたのだ。
彼は世間の注目を集め、闇の住人の目にも止まった。
そして彼は、そんな連中から狙われる存在となってしまったのだ。
「ま、俺たちがそんなことさせないけどな」
「当り前よ。ジャリボーイを狙うのは、私たちだけでいいの」
「にゃーたちにライバルはいらないのにゃ!」
わざとらしく明るく言い放ったのは胸に『R』の文字を掲げた男女としゃべるニャースだった。
彼らは長らく少年を追い求めてきた物たちで、一番最初に少年の可能性を見いだしたものたちだった。
長い長い追いかけっこの中で、彼らには形容しがたい感情が芽生えていた。新愛とも友愛ともとれるような、子供の独占欲ともとれるようなもの。形は定まらず、気まぐれに変容していく。
そんな風に特別な情を育んでしまって、もう後には引けない。そして彼らはそれを許容し、敵として立ちはだかりながらも、時として協力者として彼らとともに戦う自分達のことを許した。
だから、彼を利用しようと企むものたちを、三人は許さない。
「そういうわけだから、あんた、手を引いてくれない?」
三人組の紅一点が、悪事をたくらむ男に問いかける。科学者風のいでたちの男が、薄く笑う。
「君たちのことは調査済みだ……。いつものように吹き飛ばされたくなかったら、大人しくしていた方が身のためだと思うがね」
嘲笑ともとれる笑みを浮かべた男に、紅一点が呆れたように嘆息した。
「あんた、私たちのこと舐めすぎよ」
「大人しくしていた方がいいのはそっちの方なのニャ」
「俺たち、案外強いんだぜ?」
三人組が、口角を持ち上げる。
胸に輝く『R』の文字が、なぜかやけに目に付いた。
「あいつは光の中にいなくちゃいけない」
「ジャリボーイの光があるからこそにゃーたちの闇は輝きを増すのにゃ」
「私たちの目が黒いうちにあいつを狙ったこと、後悔しなさい」
あくどい笑みを浮かべる三人組に、科学者風の男が狼狽する。
彼らはこんな笑みを浮かべる人間だったか。否、悪の組織ではいたんだとすら思えるほどに能天気な人間だったはず。
なのに、それなのになぜ、彼らは悪に染まりきった男を、これほどまでに委縮させることが出来るのだろう。
闇の中に『R』の文字が鋭く輝いた。
――彼らはまさしく『悪』の住人だった。
『――……が一夜に壊滅し、組織の人間は無事逮捕されました。しかし、なぜこのような事態になったのかは不明であり、組織の人間は「R」の文字を恐れ、まともな証言が取られていないのが現状です……』
ポケモンセンターの大型モニターで流れるニュースに、それを見ていた少年少女らが不安げに眉を下げた。
「なんだか、最近物騒ね。この前も似たような事件なかった?」
「そうですね。場所も近いですし、僕たちも気をつけないといけませんね」
神妙に話している仲間たちの声を聞き流しながら、少年――サトシは場違いにも不思議そうに眼を瞬かせていた。
(R……?)
なじみ深い文字に、サトシは首をかしげた。
(まさか、な……)
そんなはずはない。彼らは『悪』でも、心のある『悪』だ。
誰よりも彼らと付き合いの長い彼は、そのことをよく心得ていた。
けれど、少年は知らない。闇がいかに深く、恐ろしいものであるかを。
しかし、それでいい。彼は光の中でこそ真価を発揮する。
少年は仲間達に囲まれ、今日も太陽のような笑みを浮かべていた。