過去と未来はつながっている






 シンジは森の中を歩いていた。
 木々が日差しを遮り、森の中は鬱蒼としていた。
 日差しがないと肌寒い陽気だが、シンオウの寒さに慣れているシンジには、丁度よい温度だった。


「ん……?」


 何かの音が聞こえる。声かもしれない。
 足を止めて辺りを見回すが、そこには静かな森が広がっているだけだった。


(空耳か……?)


 それにしてははっきりと聞こえたような気もするが、シンジは気にせず歩き始めた。


「…………――、……ィ」


 やはり、何かの声が聞こえる。


(何の声だ……)


 聞こえてくるのは、子供のような澄んだ高い声。
 声はこちらに向かってきているようで、どんどん近付いてくる。


「……ビィ、……レッビィ!」
「…………は?」


 こちらに向かってきている声の正体がわかったシンジは、ぽかんと口を開けたまま硬直した。
 薄い緑の体に、澄んだ水色の瞳。小さな翅が背中についている。
 それはポケモンで、そのポケモンをシンジは知っていた。


「せ、セレビィ……?」


 ――セレビィ。幻と呼ばれるポケモンの一体だ。
 幻のポケモン――セレビィはシンジに向かって一直線に飛んでくる。
 それをよける間もなく、セレビィはシンジに突撃した。


「お、おい、」
「レッビィ!」


 かなりの衝撃を受けたシンジは、思わず自分にぶつかってきたセレビィを抱き上げた。
 体の大きさも体積も、小柄なセレビィと自分とでは比べ物にならない。
 怪我はないかと確認しようとして、セレビィがシンジの袖を引っ張った。


「おい、」


 自分を引っ張るセレビィをいさめようとして、シンジの目が光に眩む。
 空間の裂け目からこぼれ出る緑の光。
 それを見て、シンジは眼を見開いた。


「お、おい、待て、セレビィ!」


 ――時渡りをするつもりだ、
 シンジがセレビィの意図を理解した時、シンジは緑の光の中に吸い込まれていった。





「レビィ!」
「こ、こは……?」


 シンジが時を渡った先は、先程の森とは打って変わった明るい日差しの差し込む森だった。
 木漏れ日が緑の葉っぱをみずみずしく輝かせている。
 着いた、というようにシンジの周りをセレビィが飛びまわる。


「どこだ、ここは……」


 見覚えのある森ではない。
 しかしそれは当然か、とシンジは思い返す。
 もしかしたら自分が生まれる前の時代かもしれないし、自分の訪れたことのない場所かもしれないのだから。


「ん……?」


 少し先に、草原が見える。
 その草原に、小さな人影が見えた。


「人、か……?」


 人かポケモンかは定かではない。
 しかし、自分と違う時代の人間と接触するのは好ましいことではないだろう。
 相手に見つからないうちにその場を離れようとして、セレビィがそれを制した。


「セレビィ?」
「レッビィ!」


 セレビィが、シンジの見つけた人影を示す。
 そちらに迎え、というように背中を押され、シンジは眉を寄せる。


「おい、あちらに行けば人に見つかる」
「レッビィ!」


 それでいいのだ、とセレビィがシンジの背中を押す。
 人影と接触させるために自分を呼んだのか?と、シンジが訝しげにセレビィを見つめる。
 セレビィはかたくなに人影を示し、折れる気配はない。
 しぶしぶそちらに向かえば、セレビィは嬉しそうにうなずいた。

 森を抜け、シンジは草原に足を踏み入れた。
 シンジが見つけた人影は、やはり人間だった。けれど予想外に幼く、自分の半分ほどの年齢だ。
 しかも、泣いている。
 想定外のことに、シンジは一瞬ひるんだが、ため息を一つ落とし、構わずに足を進めた。

 次第に、子供の顔がはっきりと見えてくる。
 横顔ではあったが、見覚えのありすぎる顔をしていた。
 脳裏にちらつく笑顔と、幼い泣き顔が、どうしても結びつかないけれど。


「何を泣いている」
「ひっく……、ふぇ……?」


 顔を上げた少年の顔を見て、シンジは眩暈に襲われた。
 ――やはりサトシだ。自分の知っている姿とは程遠いけれど。

 シンジを見上げたサトシはひどく幼く、涙にぬれた顔はあどけなかった。
 これは本当にサトシなのかと、そう疑ってしまう。
 その姿はあまりにも弱弱しかった。

 何故泣いているのか、という問いには、サトシは素直に答えた。
 泣きながらの言葉はあまりに不鮮明で詳細は不明だが、友人と喧嘩したらしいということだけはわかった。その友人と仲直りしたいのだということも。


「仲直りしないのか?」
「無理だよ……。だって俺、シゲルに大嫌いって言っちゃったもん……」
「お前はそいつともう一生仲直りできなくてもいいのか?」
「! やだっ……!」


 強い彼を知っているだけに、弱い彼にいら立ちを覚える。
 ついきついことを言ってしまったが、彼に堪えた様子はなく、むしろ強い否定が返ってきた。
 自分を見上げる瞳の輝きに、シンジは覚えがあった。


「なら、謝って来い。お前はそいつと友達でいたいんだろう?」
「うん……」
「だったら、諦めるな」
「うん……!」


 もう、大丈夫だろう。
 涙をぬぐったサトシに、シンジが口角を上げる。
 幼くとも、彼はすでに『諦めない』強さを持っている。
 凛とした笑顔を浮かべたサトシは、まっすぐにシンジを見つめ返していた。


「おーい! サトシ―――! どこにいるの―――!」
「! この声は……」


 サトシを呼ぶ声に、サトシが驚きに目を見開く。
 同じ年ごろの子供と思われる声に、シンジがゆっくりと立ちあがった。


「どうやら、相手もお前と同じだったらしいな」
「え?」
「お前と『仲直り』したかったんだろうな」


 こうしてお前を探しているのだから。
 そう言ってポン、と頭に手を置くと、幼い子供は嬉しそうに笑った。


「おれ、仲直りしてくる!」
「そうしろ」


 サトシが声を頼りに森の中へと駆けていく。
 この分なら、仲直りも容易だろう。必死な声でお互いを探しているのだから。


「まったく、世話の焼ける奴だ……」


 呆れたような口調で、シンジが息を吐き出す。
 その顔が笑みをかたどっていることに気づいたのは、遠くで彼らの様子を見守っていたセレビィだけだった。





 緑の光に包まれたシンジは、覚えのある風に吹かれ、ゆっくりと目を開けた。
 目を開けた先に広がっていたのは深い森で、シンジはようやく元の時代に返ってきたのだと悟った。


「レビィ!」


 自分の周りをくるりと飛び回るセレビィを、シンジが睨みつけた。


「お前、あいつを慰めさせるためだけに俺を連れて行ったな……?」
「レビィ」


 シンジを元の時代に返したのは、やはりシンジを過去に連れて行ったセレビィだった。
 セレビィは悪びれも無く笑顔でうなずき、シンジに盛大なため息をつかせた。


「過去はそんなに簡単に変えていいものじゃないだろう」
「レッビィ!」


 大丈夫、というような笑みを浮かべるセレビィに、シンジは肩をすくめた。


「おーい!」
「「!」」


 遠くから聞こえてきた少年の声に、2人が顔を上げる。
 そこには幼い姿の面影を残した少年の姿があった。
 セレビィは元気な少年――サトシの姿を見て、嬉しそうに笑った。


「レッビィ―――!」


 サトシに向けて手を振り、セレビィはシンジに向き直る。向き直ったセレビィは、どこで習ったのか、優雅に頭を下げ、空の彼方へと飛んで行った。


「おーい、シンジ―――!」
「……何の用だ」
「シンジを探してたんだ!」


 セレビィを見送り、シンジが目線を落とす。
 自分に呼び掛ける声に目を向けると、そこには満面の笑みを浮かべたサトシがいた。


「今の、セレビィか?」
「ああ」
「そっか」


 楽しそうに笑うサトシに、シンジが視線を向ける。
 その視線に、サトシは不思議そうに首をかしげた。


「何?」
「……それはこちらのセリフだ。お前、俺を探していたんだろう?」
「ああ、うん。まだ、お礼言ってなかったな、って思ってさ」
「礼……?」


 そう、と頷いて、サトシが笑みを深める。
 今度は、シンジが目を瞬かせた。


「『諦めるな』って言ってくれて、ありがとな」
「……っ! お前……っ」
「シゲルと、仲直りできたよ」
「……!」
「シンジのおかげで、今でもシゲルとは友達やれてるんだ」
「……そうか、」
「おう!」


 だから、ありがとう。
 そう言って、サトシは太陽のような笑みを浮かべた。




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