ぼく僕ボク






 優しい日差しが木々の降り注ぎ、森の中に明暗を作る昼時のこと。サトシ達は森の中の小道を歩いていた。


「次の街まであとどれくらいだろう?」
「頑張れば、今日の夕方にはつきますよ」
「やったぁ! 久々のベッド!」


 サトシの問いかけに、シトロンが答える。セレナは久しぶりにベッドで休めることが分かり、一気に上機嫌になった。
 疲れが一気に吹き飛んだのか、少し先を行くユリーカの元に駆け寄り、その喜びを分かち合っていた。


「ぴか?」
「どうした、ピカチュウ?」


 サトシの肩で笑っていたピカチュウが、ふと顔を上げる。それにつられて顔を上げると、ピカチュウが見つめていたのは、険しい獣道だった。


「……シ―」

「ぴ?」
「何か聞こえたな……」
「ぴかちゅ」


 何かがこちらに向かってくる。声とも鳴き声とも取れる音と、草をかき分ける音。


「メレッシー!」
「うわあああああああああああ!!?」
「ぴかぁ!!?」


 岩、否、岩のような形をしたポケモンが、獣道の先からサトシの頭上へと降ってきた。
 サトシを下敷きに着地したポケモンは、楽しそうにけらけらと笑っていた。


「サトシ!?」
「大丈夫!?」


 一部始終を見ていたシトロンたちが、慌ててサトシに駆け寄る。サトシの上に乗っているポケモンは岩に顔と耳が生えたような形をしていた。


「いてて……、何だ、ポケモン?」
「メレシーですよ。洞窟に生息するポケモンです」


 どうしてこんなところに、とシトロンが言いかけたその時、頭上に影が落ちた。


「メレシー!」
「メレッ!?」


 怒鳴り声が降ってくる。自分が叱られたわけでもないのに、思わず首をすくめ、恐る恐る顔を上げると、そこには紫色の髪をした少女が佇んでいた。


「まったく、イタズラ好きも大概にしろ」
「レシー……」


 メレシーがサトシの上からどき、道に降りてきた少女の足に擦り寄った。
 甘えるようなしぐさに、トレーナーと思われる少女は呆れたように溜息をついた。


「シンジ……?」
「……!」


 サトシが体を起こし、少女を見やる。少女は弾かれたように顔を上げた。


「サトシ? お前もカロスに……?」
「! うん、そう!」


 サトシが嬉しそうに立ちあがり、シンジと呼んだ少女に駆け寄る。
 駆け寄ったサトシは大きく手を広げ、シンジはそれに合わせて緩く手を広げた。
 ぎゅう、と抱きつくしぐさには、お互いに何のためらいもなかった。まるで日常だと言わんばかりに。
 そんな2人に、シトロンたちが目を瞬かせた。


「え、っと、知り合い、ですか?」
「うん! 幼馴染のシンジだよ!」
「お前達が現在のサトシの旅仲間か。たしか、シトロンにユリーカにセレナだったな。サトシがいつも世話になっている」
「ちょ、シンジ、ママみたいなこと言うなよ!」
「本当のことだろう?」
「うぐ……」


 ぽんぽんとかわされる会話に、セレナたちは呆然としたままサトシ達を見つめていた。
 幼馴染と旅先で出会えるんだとか、自分達のことを話してくれているんだなとか、驚きと喜びがないまぜになる。


「そう言えば、シンジ、新しいポケモンをゲットしたんだな」
「ああ。メレシー、サトシだ」
「メレッシ!」
「よろしくなー、メレシー!」
「レッシー!」


 サトシとメレシーは、すでに仲間意識を芽生えさせているようで、楽しげに笑い合っている。そのことにセレナたちが驚きつつも、サトシだから当然か、と頬を緩ませた。


「……さすが、」
「え?」


 ユリーカたちと同じようにサトシ達の様子を見守っていたシンジが、呆れとも感嘆とも取れる息を吐いた。


「あいつは昔からああなんだ。すぐにポケモンと心を通わせることが出来る」
「凄いですよね、サトシって」
「……ああ、そうだな」


 私にはないものを持ってる。そう言ってシンジが口元に笑みを浮かべると、ぱっとサトシが顔を上げた。


「シンジ、今、僕のこと褒めた!?」


 サトシが目を輝かせてシンジの元へと駆け寄ってくる。サトシに抱えられたメレシーは不思議そうに眼を瞬かせていた。
 聞こえているとは思っていなかったシンジは、わずかに頬を朱に染め、慌てて口を引き結んだ。


「褒めてない、あっちへ行け!」
「……ちぇー」


 褒められた気がしたのに、と言いながら、サトシはメレシー達との戯れに戻る。
 そのことにほっとして息をつくと、セレナたちがきょとんとした表情を浮かべていた。


「どうした?」
「え? ううん、何でもないの」
「……そうか」


 ――今、サトシ『僕』って言った気がしたんだけど……
 シンジは特に気にしていないようで、セレナたちは聞き間違いだろう、と納得した。





「シンジー、お腹すいたー」


 広い場所に移動して、メレシー達と思い切り遊んでいたサトシは、昼を少し過ぎたころ、お腹を鳴らしながらシンジに抱きついた。
 腰に腕を巻き、ぐりぐりと肩口に顔を押し付けるサトシに、シンジは思わずと言ったように嘆息した。


「僕、シンジのシチューが食べたい」
「……他の奴らはどうなんだよ」
「……いい?」
「え? えっと、シンジが嫌じゃないなら……」
「……わかった、」
「! やった!」


 サトシがあまりにも期待に満ちた目をしていたから、セレナたちは思わずうなずいた。
 シンジがうなずくと、サトシは嬉しそうに笑って「僕も手伝う」と言っていた。


「じゃあ、お前は火を起こせ」
「うん」


 シンジはてきぱきと料理の準備を始める。
 サトシはユリーカと薪を集め、セレナはテーブルの用意を、シトロンはシンジとともに野菜を切ることとなった。


「サトシとシンジって仲いいですね」
「そうでもない。よくくだらないことで喧嘩もするし、譲れないものがあるから、衝突もする」
「それが出来ている時点で、それなりの仲だと思いますけど」


 シトロンがくすりと笑うと、シンジはむっつりと押し黙った。


「そう言えば、サトシの一人称って何ですか?」
「一人称?」
「はい。いつもは『俺』と言ってるんですが、今日は『僕』と言っているので」
「……『俺』?」


 シンジが訝しげに眉を寄せる。聞き覚えがないようで、疑うような表情だ。


「僕たちの前では『俺』なんです」
「……確かにバトルの時などは感情の高ぶりからか『俺』ということもあるが、日常で聞くことはまずないな」
「そうなんですか」


 そんな風に会話しながら手を動かしていると、パタパタとサトシが駆け寄ってくる。シンジが包丁を置いたのを確認して、その背中に抱きついた。


「シンジ、準備できたよ」
「ん、」


 褒めて褒めて、と目を輝かせるサトシの頭を軽くなでる。サトシはとろけるような笑みを浮かべ、嬉しそうにシンジの肩口に擦り寄った。


(甘えてる、のかな……?)


 シンジはサトシが世話になっている、といったが、世話になっているのはお互い様だ。
 確かに食事などはシトロンが用意しているが、手伝いも率先して行ってくれるし、サトシの旅の経験は役に立つ。
 このパーティのリーダーのような存在であるサトシは、甘えられる立場にあった。


(幼馴染と会えて、気が抜けたのかな?)


 くすくすと笑いながらシチューの入った皿を運ぶ。
 全員が位置につき、手を合わせてから好きなものに手をつけた。


「う~ん、おいし~!」
「シンジって、料理が得意なんだね!」
「そうなんだよ、シンジの料理は世界一うまいんだぜ!」
「馬鹿か……」


 照れているのか、サトシに対して手厳しい。けれどもサトシは嬉しそうににこにこと笑っている。


「シンジってば、花嫁修業いらずね! 決めた! お兄ちゃんをシルブプレ!」
「ごふっ!!!」


 ユリーカの不意打ちに、シトロンが盛大にむせた。
 手を差し伸べられたシンジは、意味がわかっていないのか、ぽかんと口を開けていた。


「駄目だぞ、ユリーカ。シンジは俺のなんだから」
「え~!?」


 シンジを抱き寄せて宣言するサトシに、ユリーカは頬を膨らませる。
 サトシの大胆発言に目を見開いて硬直したセレナに対し、シンジは意外そうな表情をしていた。


「……本当に『俺』って言ってるんだな」
「ん?」
「さっき言われたんだ。こいつらの前では『俺』と言っているらしいな」


 幼馴染なのに知らなかった、というような拗ねた表情に、サトシは嬉しそうに笑う。


「そうだっけ?」


 とぼけたような物言いに、無意識なのか?とシンジが首をかしげた。


「『俺』って言ったほうがいい?」
「……別に、どっちでも」
「じゃあ、『僕』でもいい?」
「好きにしろ」


 そうする!といって笑ったサトシは、シンジに思い切り抱きついた。
 ――シンジは特別なんだよ、というように。


(あ、違う。甘えてるんじゃなくて、かわい子ぶってるんだ……)


 ――おそらくシンジに気にいられたいから。
 そう気付いたシトロンは、初めて知ったサトシの一面に苦笑した。




2/2ページ
スキ