兄弟パロ






※ゲスモブ、胸糞注意のちほのぼの
 ご都合主義で歴代旅仲間たちが同じ町にいる
 シンジ愛され気味




(さて、どうする……)


 シンジは危機的状況の中、一人思案する。
 シンジの背後には涙を流すまいと必死にこらえる少女たちがいる。
 そして目の前には嗚咽をこらえる少女たち――カスミとヒカリを暗がりに連れ込もうとした男たちがいる。

 シンジは特殊な家庭で育った。
 母6人。兄6人。そして再婚した父一人というかなり特殊な家庭で。
 シンジの父親は男の風上にも置けない人間だった。家庭を持ちながらも5人の女性と関係を持ち、その女性らが子供をもうけたとわかると怖気づいて逃げ出したのだ。
 そんな家庭で育ったゆえに、シンジは『女の敵』という人種を心の底から嫌っていた。
 これはかくしていることだが、シンジも女であるから、その毛嫌いっぷりは半端なものではない。――今、目の前でニタニタと笑う男たちの顔面を陥没させてやりたいくらいには、シンジは『女の敵』に嫌悪している。
 しかしシンジは今、それが出来ないでいた。

 シンジは同じ年ごろの子供に比べると、かなりの場数を踏んでいる。兄の一人が対ポケモントラブルホイホイならば、シンジは対人間トラブルホイホイだった。
 リアルファイトもなかったわけではないが、大人と喧嘩したことはない。天性の身体能力があるからとはいえ、シンジは女の身だ。手持ちのポケモンが強力だったため負けたことはないが、この場合において、その経験が役に立たないかもしれないとわかったからだ。

 相手は屈強な大人たち達が6人。ベルトに備えられたボールの数はまちまちだが、最低でも一人4つ以上のボールがある。
 それに比べてこちらは一人。手持ちは6。
 後ろで怯えるカスミとヒカリはどうやらポケモンを置いて出かけていたようだった。
 つまりは最悪の状況で、下手に動けば自分も、後ろの2人も危ういということだ。
 今はまだ相手が自分達を子供だと侮っているからいいが、それもいつ終わるかわからない。
 相変わらずけりを入れたくなるような顔でニタニタと笑う男が、下卑た声を上げた。


「おいおい、どうした坊主。もしかしてガールフレンドだったかい?」
「心配すんなよ、僕ぅ? ちゃあんといい女にして返してやっから!」


 癇に障る下卑た笑い声に、ヒカリ達の口から悲鳴が漏れる。恐怖で揺れるカスミたちの目とは裏腹に、シンジの目は据わり、底冷えのする冷たさを宿していった。


(――どうしたものか、)


 下品な笑みを浮かべる男の一人が、シンジの顎を指ですくい上げる。
 凍てつく瞳の冷たさには気づかずに、男は舌なめずりをした。


「おい、こいつも結構綺麗な顔してんぞ?」
「おおっ! 上玉じゃねぇか! 男ってところが惜しいがな」


 ――こいつらどうしてくれよう。いつの間にかシンジの頭の中には、逃亡という文字は消えさり、この男達をどうやって始末してやろうかというものに変わっていた。


「よし、お前も来い」


 グイッと男がシンジの腕を捕まえる。連れていかせまいとするカスミたちの指がシンジの服にかかった瞬間、彼女らの腕も男たちによって捕らえられた。
 声にならない悲鳴が上がる。


「安心しろよ、坊主」


 シンジの腕をとらえた男が猫なで声で言った。


「お前のことは俺がちゃあんと可愛がってやるからよぉ?」


 そう言って頬をなでてきた男の手に、シンジは吐き気を催した。


(よし、決定した)


 こいつら、


「「――殺す」」


 聞き覚えのある声と、シンジの声が重なった。


「え……?」


 声を上げたのはカスミだったか、ヒカリだったか。どちらかは定かではなかったが、期待のこもった声が聞こえたのは確かだった。


(……まずいな)


 よりによってこんな場面を、とシンジは肩を落とした。
 けれど、これで自分たちの安全は確保されたも同然で、ほっとしたのも確かだった。


「ああ? 何だ?」


 男達が顔を上げる。シンジは声だけでも誰だかわかるが、ヒカリ達にならって、ゆっくりと顔を上げた。
 うす暗い路地で顔に影がかかっているが、その表情が怒りをかたどっているのは誰が見ても明らかだった。
 怒りの表情をかたどった5人の少年が、瞳孔の開いた目を男達に向けた。


「その子たちから手を離してくれる?」
「そんな脂ぎった手で触ったらさぁ、あんたらの汚れでその子たちが爛れるでしょ?」


 茶髪の少年2人が、嘲笑を浮かべる。笑顔で毒を吐く少年らに、シンジが肩をすくめた。
 男達はあまりの暴言にいら立ちを見せたが、相手が子供だとわかると汚い笑みを浮かべた。


「おいおい、状況がわかってんのか? 頭数は同じでも、こっちは人質がいて、相手は俺たち大人だぜ?」
「それがどうかした?」


 ぱしゃり、とフラッシュがたかれる。暗がりに慣れた目には光が強すぎて、シンジはとっさに目を瞑った。
 カメラを構えた少しくすんだ金髪の少年が、ゆっくりと口角を持ち上げた。


「これをジュンサーさんに持っていけば、相手が大人でも勝てるよ?」


 大人たちの顔がこわばった。
 大人達は今にも涙腺が決壊してしまいそうな少女達をとらえ、更には少年(実際には少女だが)の腕をつかみ、頬に手を添えている。それも、路地の薄暗がりで。
 これを見て、大人たちはどう思うだろうか?


「この現場を見られんのはまずい……。やっちまえ!」
「「おう!」」


 シンジたちをとらえる3人を残して、他の手持無沙汰の3人が少年達に襲いかかる。
 ヒカリ達が悲鳴を上げるが、シンジは呆れたように嘆息した。

 ――バチィン!!!
 鞭で叩かれたような、鋭い音がした。
 その音とともに男達は吹っ飛び、倒れ込んだ先で、体を痙攣させていた。


「なっ……!!?」


 驚く男たち。一斉に少年たちの方を見て、男たちはびくりと肩を震わせた。
 フシギダネ、ベイリーフ、ツタージャの3体のかわいらしいポケモンが、まさに鬼の形相でこちらを睨みつけている。
 しなる蔓の鞭が男達を一撃でのしたのだと、はっきりとわかった。


(これはまた……随分とえげつない奴らを……)


 自分よりも激しい怒りを覚える少年らに充てられて怒りを収めたシンジはひくり、と顔を引きつらせた。


「頭数、半分になったな?」


 明るい金髪の少年が、この場にそぐわない満面の笑みを浮かべた。
 ぽん、と軽い音を立てて一斉にボールが開かれる。出てきたポケモンたちは、主人たちの怒りに触発されてか、普段は見ることのできないであろう顔をしていた。
 男たちの口から、悲鳴が漏れる。
 少女たちの腕を離し、後ずさる。――少女たちよりも、自分の身が大事だ。


「リザードン」
「グル……」


 黒髪の少年が、穏やかな声でリザードンの首をなでた。


「ゴミをごみ箱に捨ててきてくれないか?」


 了解、というように深くうなずいて、リザードンがシンジの腕をとらえていた男をとらえる。
 男が悲鳴を上げるが、リザードンには(実際には聞こえていたのかもしれないが)聞こえていないようだった。
 リザードンは男を連れて空へと舞いあがる。上空で旋回して徐々に速度を上げていく。
 ――地球投げだ、とその光景を何度も見てきたカスミが呟いた。

 リザードンは男を離さずに急降下を始めた。彼らの下にはコンクリートの地面とごみ箱がある。
 冗談ではなく、本気で自分に地球投げをかけるつもりだとわかった男は、地面にぶつかる寸前、気を失った。
 男が気を失ったとわかると、リザードンは一瞬かなりの減速をして、そのまま男の頭をごみ箱に突っ込んだ。
 ちなみにゴミ箱には燃えるゴミと書かれていた。

 きちんとごみをごみ箱に捨てたリザードンに少年たちからおほめの言葉がかかる。リザードンは頬を掻きながらそっぽを向いた。


「リザードンはきちんとごみを捨てられたよ?」
「さ、君達も手伝ってあげて?」
「ちゃんと分別しなきゃだめだからな?」


 少年たちの目は本気だった。実際に一人、そうやって捨てられた男がいる。
 ――ああ、自分達もああなるのか。
 恐怖と屈辱で、残りの男達も白目を剥いた。





「「「わぁ……」」」


 清掃活動を終えた少年達――サトシ、シゲル、ヒロシ、ジュン、シューティーの5人は清々しい笑みを浮かべていた。
 ポケモンたちも満足げに笑っており、実に微笑ましい。
 ごみの分別を終えた現場を見て、少女達3人はいっそ感嘆の声を漏らしてしまった。
 カスミとヒカリに恐怖は残っていないようで、ひくひくと顔をひきつらせている。


(その気持ちは分かる)


 なにせ、恐怖の対象となっていた男たちよりもサトシ達の方がずっと怖かった。


「君たち、怪我はない?」


 シゲルが努めて優しく声をかける。落ち着いた声に安堵したのか、カスミとヒカリの顔に笑みが浮かぶ。


「怖かっただろ? 大丈夫か?」
「確かに怖かったけど、大丈夫! シンジが助けに入ってくれたし」


 サトシの気遣わしげな言葉に、ヒカリが満面の笑みを浮かべる。
 カスミとヒカリが笑顔でありがとう、というと、シンジは驚いたような顔を見せてからそっぽを向いた。


「別に、ああいう屑が嫌いなだけだ」


 シンジの言葉にカスミたちが素直じゃないなーとこっそりと笑う。
 彼女らの言葉を受けて、ジュンがシンジに歩み寄った。


「シンジが助けたんだ?」
「あいつらを助けたわけじゃない」
「うん。ああいうの、シンジ大っ嫌いだもんな」
「……ああ」
「怖かっただろ?」
「……別に、」
「そっか、」


 ふわっと柔らかい笑みを浮かべて、ジュンが優しくシンジの頭をなでた。


「よく頑張ったな。偉かったぞ」
「……ん、」


 こくん、とシンジは深くうなずいた。
 整えるように髪をなでられ、心地いい。


(甘えてみても、良いだろうか……)


 甘えるということが苦手で、どうしたら甘えることになるのかはわからない。だが、甘えておいで、とよく両手を開かれるから、きっと抱きついたら甘えていることになるのだろう。
 気付かれない程度にこっそりとシンジは手を伸ばした。


「あ! 抜け駆けしてる!」


 シューティーの声に驚き、シンジが慌てて手を引っ込める。
 ぱたぱたと駆け寄り、背後からシンジを抱きしめ、シューティーがジュンにかみついた。


「シンジは僕が褒めてあげたかったのに!」
「いいじゃんかよ、邪魔すんなよ、シューティー! もうちょっとでシンジから抱きついてくれるとこだったのに!!」
「何それずっるい!!!」


 ぎゃいぎゃいと騒ぐ2人の間で、シンジが顔を覆った。
 ――気付かれていないと思っていたのに、と。


「たまには僕にもお兄ちゃんぶらせてよ! いっつもジュン兄さんたちがもってっちゃうんだから!」
「シューティーがシンジを可愛いって思うように、俺だってシンジが可愛いんだよ! 俺だってシンジを褒めてやりたいの!」


 もうやめてくれ、とシンジは深くうなだれた。


「2人とも、そろそろシンジを離してやって。恥ずかしがってるから」


 そう言って2人の間からシンジを掻っ攫ったのはシゲルだ。よしよし、頑張ったね―とシンジの頭をなでて、シューティーににっこりと笑いかけた。


「ジュン兄さんが褒めた後でも、いくらだって褒めてあげればいいじゃないか。褒められたら誰だって嬉しいんだから、何回ほめたって、シンジは喜んでくれるよ」
「うん……」


 ごめんなーとジュンが謝り、大丈夫、と言ってシューティーがシンジを抱きしめる。
 偉い偉いと何度も言って、よしよしと頭をなでた。


「「さっすがシゲ兄」」
「どうも」


 楽しげにサトシとヒロシが笑う。シゲルもそれに笑いかけて、2人にもシンジの元へ行くように促した。


「シューティー、次俺たちなー」
「はーい」


 シューティーがシンジを離し、サトシとヒロシに譲る。シンジを譲り受けた2人は、嬉しそうに笑ってシンジの手を握った。


「2人を助けたんだって?」
「だから、ああいう輩が嫌いだから、」
「知ってる。僕達もだよ。でも、2人を助けたのは事実でしょ? 偉かったね」


 2人が握るシンジの手に力がこもる。ほんのりと赤く染まった頬が可愛い。
 ――そう言えばほっぺ触られてたっけ、とヒロシが笑顔の奥で怒りに燃える。
 ――あとで消毒しなくちゃな、とサトシがちらりとシゲルを見やった。
 ――任せて、とシゲルが親指を立てた。
 それを見てサトシは満足げに笑い、シンジの頭をなでた。


「よくやったなー。でも、シンジらしくなかったな」
「…………だって、」
「うん、気持ちは分かる。でも、シンジは女の子なんだ。一人で立ち向かうには相手が悪すぎる。自分が不利だって、わかってるのに突っ込んでいったよな?」
「…………」
「そこはさ、俺は怒れないけど、たった一人の妹が傷ついたら、俺たちは悲しい。だから、もうこんな無茶はやめてくれよ?」
「……ん、」
「うん、いい子だな」


 シンジを引き寄せ、サトシがシンジの背中をポンポンと優しくなでる。シンジはサトシの肩口に顔を埋め、額をすりつける。
 可愛らしい光景をシューティーが写真に収め、シゲルがくすくすと笑った。


「そうだよね、サトシは怒れないよねぇ、一番の無鉄砲だもの」
「こりゃ、お説教だな。サトシ! 逃げたら罰金だぞ!」
「ええっ!? そんなぁ!」


 サトシの悲痛な声に、ジュンたちが笑い声を上げる。
 サトシの肩に顔を埋めていたシンジも、のどの奥で笑っていた。
 滅多に笑わないシンジまでもが笑っているのを見て、サトシも楽しげに笑った。

 ――ポン
 シンジが顔を埋める反対の肩に手が置かれ、冷たい空気が背後から忍びよる。
 和やかな空気に、終止符がうたれた。


「サトシ?」


 振り返ると、そこにはカスミとヒカリがいた。
 ――やべぇ、2人のこと忘れてた……。
 シゲル達が全力で目をそらす中で、サトシだけが目をそらせない。
 2人は異様なまでに笑顔だった。


「どういうこと?」
「説明、してくれるわよね?」


 そう言って満面の笑みを浮かべたヒカリとカスミの背中に、彼らは阿修羅の影を見たのであった。




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