真白の微笑み
サトシたちは街の中心から少し外れた噴水広場に来ていた。
本当はオーキドたちの泊まる宿に連れて行こうかと考えていたのだが、根っからのアウトドア派のサトシには、外の方が気がまぎれるだろうと配慮した結果である。
彼らと遭遇してしまう可能性を考えれば宿の方に連れていくべきだが、サトシの心の安定が最優先と判断したため、あまり活気のない噴水広場を選んだのだ。
サトシたちは芝生の生えた木陰に座っていた。
サトシは木にもたれかかりながら、シンジを背後から抱きしめて、抱えるように座り込んでいる。
愛しいシンジを腕の中に閉じ込めたサトシはご満悦だ。
シンジは羞恥からか、ほんのりと頬を染めている。
きっといたためれなくなったのだろう。オーキドたちから微笑ましげな視線を寄せられて。
「2人は付き合ってるんだな」
「サトシがシンジをライバルって紹介した後、何か言おうとしてたのはこのことだったのね」
ケニヤンが嬉しそうな声をあげ、ラングレーは納得したようにうなずいた。
サトシがあまりにも嬉しそうにうなずくので、とうとう耐えきれなくなったシンジが、サトシの隣に座っていたピカチュウを抱きあげ、その背中で顔を隠した。
シンジをなだめようと頭をなでようとするが、ピカチュウの手では届かない。
代わりにしっぽでシンジの髪を優しく梳いた。
するとサトシもシンジの髪をなで始めるものだから、ピカチュウがサトシのをしっぽで軽くたたいた。
「何すんだよ、ピカチュウ」
「ぴーかちゅ、」
サトシが拗ねたように尋ねれば、ピカチュウはサトシがやったら逆効果、と言って首を振った。
シンジを見れば、首筋まで赤くなっている。もう、なだめるどころの話ではない。
そんな様子を温かく見守っていたラングレーが、急に眉を寄せた。
「でも、あいつらには言わなくて良かったかもね。言ってたら、また何か言われてただろうし」
ラングレーの言葉にケニヤンが確かに、とうなずいた。
言われるのはきっと、さっきよりもひどいこと。
これ以上サトシは傷つかなくてよかったと、ラングレーたちがほっとした。
けれどもその顔はすぐに曇ってしまう。
悲しげと言うよりも寂しげで、サトシが戸惑ったような表情を見せた。
「ねぇ、サトシ・・・。カントーに帰っちゃうの・・・?」
ラングレーの言葉にケニヤンも暗くなる。サトシも寂しげな表情を見せた。
「サトシ、」
凛とした声が、サトシの耳を打つ。
サトシの腕を離し、シンジがサトシと向かい合った。
「お前はまだ、イッシュを旅したいか?」
「え?」
「どうなんだ?」
シンジの問いに、サトシが口ごもる。
そらすことは許さないというように、シンジがサトシの目を見つめる。
アメジスト色の目に見つめられ、観念したように、サトシが口を開いた。
「したいよ。もうすぐイッシュを全部回り終えるんだ。中途半端なまま終わりたくない」
何事にも全力で取り組むサトシは、途中で投げ出すということを嫌う。
諦め、逃げ出すことを嫌うのだ。
しかし、周りの人を巻き込んでま、傷つけてまで続けようとは思わない。
そんなサトシの性分を理解しているシンジとオーキドは頬を緩めた。
柔らかい笑みを浮かべたまま、シンジが言った。
「なら、私と一緒に旅をしないか?」
「え?」
「私と、2人で」
「シンジと、2人で・・・」
それはとても魅力的な申し出だった。
愛しい人と大好きな旅が出来る。
考えただけで舞い上がってしまいそうだ。
オーキドを見れば、それならかまわないというように強くうなずかれた。
しかしサトシは迷っていた。
イッシュを旅するということは、彼らと出会う可能性が大いにあるということだ。
自分たちと出会えば、きっと彼らは自分たちを傷つける。
自分だけならいい。しかし自分が傷つけば、彼女が悲しむ。彼女が傷つくと、自分もつらい。
ここで旅を放棄すれば、自分はきっと後悔するだろう。
しかし彼女が傷つくくらいなら、後悔を抱える方がずっとましだった。
断ろうと口を開こうとして瞬間、シンジに手を取られ、白い両手で包めれる。
シンジの両手では自分の片手さえ、完全に包むことはできない。
小さくて細い手だ。それを再確認させられて、ドクリと心臓が跳ねた。
「私が傷つくことを恐れているのなら、その心配はいらない。私を傷つけることが出来るのは、お前だけだ」
油断していたサトシに、雷が落とされる。
正確には雷が抑えられたような衝撃を受けた。
それだけの衝撃を彼女の言葉に受けてしまったのだ。
何という殺し文句だ。
案に彼女の心を動かすことが出来るのは自分だけだと言われているようなものではないか。
この少女は自分を殺す気なのだろうか?
サトシはくらりと眩暈を起こしたような感覚を覚えた。
この時点でイッシュの旅を放棄するという選択肢は完全になくなった。
「で、でも俺、料理とかできないし・・・」
「私が作る」
「で、でもシンジの負担が・・・」
「私は今まで1人旅をしてきたんだぞ?」
「でも2人分になるし・・・。ポケモンたちの分も・・・」
「お前も手伝ってくれるんだろう?」
「そりゃ、手伝うけど・・・」
サトシが口ごもる。どぎまぎと緊張しているのがよくわかる。
照れたように視線をあちこちにさまよわせているのだから。
そこにシンジが追撃をかけた。
「なぁ、サトシ・・・。朝起きたら隣には私がいるんだぞ?」
その言葉に、サトシがピクリと反応を示す。
「料理だって一緒に作って、一緒に食べて、朝も昼も夜も、私はいつも隣にいる」
シンジがサトシの手に頬を当て、ほんのりと頬を染める。そうして、小首をかしげて、言った。
「なんだか、夫婦みたいじゃないか・・・?」
ガラガラと大きな音を立てて、サトシの中の何かが崩れ落ちる。
辛抱たまらないというようにサトシがシンジを強く抱きしめた。
顔を真っ赤にして、シンジの背中に腕を回すサトシを見て、オーキドとピカチュウがあ、落ちた、と思考をシンクロさせる。
ぎゅうぅぅぅとシンジを抱きしめたまま、サトシが宣言した。
「しよう!2人旅!シンジは俺が守るから!!」
サトシの言葉にシンジが目を丸くする。
しかし、すぐに笑って、サトシの抱擁に答えるように、シンジも両腕をサトシの背中に回す。
「それはこっちのセリフだ。私がお前を守るよ、サトシ」
「サトシ、元気になったわね」
「ああ。よかったな、サトシ」
嬉しそうな顔を上げるケニヤンとラングレー。
しかし、その顔は、2人の甘ったるい空気に充てられ、リンゴもかくやというような赤さをしており、見てはいけないものを見てしまったような気まずさで顔を覆っていた。
しかしサトシが元気になってくれて嬉しいのは事実なので、この言葉は心の中でとどめておくことにしよう。
バカップル自重しろ。