頂点の下山






 カントーとジョウトを跨ぐようにしてそびえるシロガネ山。その最奥に、一人の少年が住んでいた。
 その少年はここ数年、生活に必要な物資を調達する以外に下山することはなかった。そのため少年――レッドの情報源はもっぱら幼馴染の持ってくる世間話だった。
 ――新しいポケモンが続々と発見されている。それは幼馴染のグリーンが持ってきた世間話の中で聞かされた貴重な情報だった。
 レッドはポケモン馬鹿だ。そしてバトル中毒者でもあった。(彼がシロガネ山に引きこもるのもこの山に登ってこられるほどの実力者とバトルするためである)
 見たこともないポケモンに会ってみたい。今まで戦ったことのない実力者とバトルがしたい。それはレッドが常々求めているものだった。


「……ピカチュウ、」
「ぴっか、」


 暗い洞窟の奥、ファイヤーの翼で暖を取りながら、レッドはピカチュウの頭をなでる。レッドの相棒にして最強のポケモンは、愛くるしい顔でレッドを見上げた。


「久々に、山を降りようか」
「ぴかちゅう、」


 ――楽しそう、というように、ピカチュウがひっそりと笑う。その笑みに、レッドは満足げに目を細めた。





+ + +





 ここはどこだろう。地図もなし、コンパスもなし、レッドはただひたすらに海の上を飛んでいた。かなりの時間をリザードンにまたがっているが、一向に陸地は見えてこない。
 何かはわからない。ただ行きたいと思ったからこちらの方向を目指していた。――何か出会いがあると、自分の中の何かが囁いたのだ。
 しかし、出会いがあるはずの土地が、まったくと言っていいほど見えてこないのだ。


(俺の勘、外れてたかな)


 バトルをするでもなくただ空を飛んでいるだけであるため、リザードンは退屈しているようだった。


「新しい地方に着いたらちゃんとバトルさせてあげるから、もう少し頼むよ、リザードン」
「グルル……」


 疲れは見えないが、退屈はよく見える。不満そうに、しぶしぶうなずくリザードンを見て、レッドは肩をすくめた。
 退屈なのはレッドも同じだ。半日ほど飛び続けているのに、あたりは海一色なのだから。


「ぴか、」
「ん……?」


 肩に乗るピカチュウが、今にも飛び出さんと前傾になる。リザードンも警戒するように、ぴたりと滞空し、その場にとどまった。


 ――ゴロゴロゴロ……


 唐突に、黒雲が空を占め始める。黒一色の中に、時折白い筋が走っている。


「雷雲……?」


 あまりにも唐突に表れた黒雲に、レッドが眉を寄せる。自然現象ではない。あまりにも不自然すぎるそれ。


「ポケモン……?」


 呟くと同時に、雷雲の中にうごめく影を見つけた。


 ――ピシャアアアアアアアン!!!


 それは雷を発生させ、レッドらに向けて放ってきた。


 「避けろ」


 眉一つ動かさず、レッドはリザードンに指示を出す。リザードンも顔色一つ変えずにひらりと雷をかわした。
 避けて、体制を整えて、レッドは黒雲を見つめる。先程雷を放ってきた相手は、やはりポケモンのようだった。
 つるりとした黒い巨体。電気を帯びた黒い尾。赤い瞳がギラギラと輝いている。
 ――見たことのないポケモンだ。レッドは身震いした。


「……初めてみるポケモンだね、ピカチュウ、リザードン」
「ぴっか」
「グルル……」
「電気技を放ってきたってことは、電気タイプかな?」
「ちゅーう、」


 同じ電気タイプということに触発されたのか、ピカチュウの頬袋が電気を帯びる。バチリと飛び散る火花が、ピカチュウのやる気を感じさせた。


「ねぇ、ピカチュウ……。腕試しには、丁度いいポケモンだと思わない?」


 ――何か、強そうだし。そう言って、レッドは口角を上げる。ピカチュウも、同じように口角を上げた。
 そんなレッドとピカチュウに、リザードンは呆れたように肩をすくめた。その意味をきちんと理解しているレッドは、愉快そうに笑う。
 ここは空の上。相手は空を飛べるが、ピカチュウは空を飛べない。足場はリザードンの背中のみ。圧倒的に不利だ。けれどもレッドはただ楽しそうに笑う。
 ――これくらいのハンデがなければ、楽しくない。多少の不利も何とかするのがトレーナーとしての腕の見せ所。そして何より、このポケモンとは何としてでも戦ってみたい。場所を移動して、興ざめさせたり、やる気をなくさせたくはない。


(この感じは、ミュウツーと戦った時以来だ……)


 空気を震わせて、レッドは笑う。


「じゃあ、始めようか」


 2匹のポケモンの、雷撃がぶつかった。





+ + +





「と、いうことがあって、俺が勝ったらついてきたからゲットした」
「…………」


 マサラタウンに帰ってきたレッドは、久々に幼馴染の少年と対面していた。
 場所はオーキド研究所。黒い巨体を外に出しても問題のない場所はマサラにはここしかない。


「でも図鑑に載らなくて。グリーン、こいつの名前、知ってる?」
「……ゼクロム」
「へぇ、」


 ゼクロムか、といって、レッドは自分の後ろに控える黒い巨体を見上げた。そんな様子に、グリーンは盛大なため息をついてうなだれた。


「お前ホント何なの? ちょっと下山したと思ったらすぐこれだよ……」
「……?」
「ミュウツーにファイヤーにゼクロムって、お前……」
「……? どうしたの、グリーン。珍しいポケモンなの、ゼクロムって、」
「伝説のポケモンだよ、馬鹿野郎!!!!!」


 グリーンの懇親の叫びが、マサラタウンにこだました。
 それに対してのレッドの反応は「へぇ、」という何ともうっすい反応であったため、グリーンは腹を押さえてぶっ倒れたという。




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