オメガバースパロ
サトシはαである。誰もがうらやむほどの人望を持ち、運動神経もよく、飛びぬけて、というわけではないが、ルックスもいい。
頭の出来はあまりよろしくないが、底抜けの明るさと、彼の人柄から、そんな欠点さえも親しみやすさに変えていた。
αという人間界のヒエラルキーの頂点でありながら、Ωやβを見下すこともなく、アルファであることを鼻にかけることもない。誰にでも平等に接する彼は、誰からも愛されていた。
そんなサトシとは真逆に、シンジはあまりよくない印象を持たれていた。
頭もよく、運動もできて、顔の造詣も美しい。けれども感情の起伏は薄く、あまり口もよろしくない。そして何より――Ωである。
その事実が美しい容姿も、天から与えられた二物をも無意味なものへと変えていた。
かつてΩの地位が低かったころの名残が今もΩであるシンジを苦しめていた。
Ωという一点だけで、シンジは誰からも愛されていなかったのである。
否、たった一人だけは、自分を愛してくれる人物がいることを、シンジは知っていた。
オメガには必ず番となるアルファが存在する。いわば運命の相手がいるのだ。
けれどもそれはαにしかわからない。αが名乗り出なければ、それで終わりだ。
2人は同じ学校に通っていた。つがいの見つからないα、またはΩが集まる学校である。
この学校は運命の相手とつがいを作ることに協力的で、運命のつがいとの遭遇率も高い。
しかしシンジはたとえこの学校につがいがいたとしても、その相手と出会えることをあきらめていた。
「(私の性格を知っていたら、名乗り出てくるはずもない、)」
シンジはそう思っていた。しかし現実とはいつも想定外のことが起こるものだ。
それは本当に唐突に起きた出来事だった。
「見つけた」
それは本当に偶然だった。クラスの離れていたサトシとシンジのクラスが、偶然合同で授業を行うことになったのだ。
サトシは学校中で人気の少年で、特にかかわりを持たないものにもファンはいた。
クラスの少女たちは皆浮足立っていた。彼のつがいはどうやらこの学校にいるらしいという噂だったから、なおさらだ。
少女たちは頬を染め、授業が始まるのを今か今かと待ちわびていた。
――彼の運命のつがいでありますように、と願いながら。
授業が始まる少し前に教室を訪れたサトシは、ある一点を見つめて立ち止まった。その視線の先には多くの少女たちがいたから、少女たちはみな歓声にも悲鳴にも似た声を上げた。――自分がつがいなのだと、彼の運命であるのだと喜びながら。
しかしサトシはそんな少女たちには目もくれず、教室の一番端の席に座るシンジの前にたった。
自分の前に人がたったことに気づいたシンジが視線を上げ、え、と思わず声を漏らした。
シンジと視線の合ったサトシは、とろけるような優しい笑みを浮かべた。
「やっと見つけた」
いつもは元気で明るい声が、この時ばかりは低く、そして甘く、厳かな色を漂わせていた。
サトシは頬をバラ色に染め、優しくシンジの体を抱きしめた。
細いけれど、しっかりと筋肉のついた体に抱かれ、シンジの顔に熱が集まった。
抱きしめられた経験なんてなかった。特に男を相手になんて。それも、自分のひそかに想いを寄せていた相手に。
――まさか自分が、彼の、
「俺の、お嫁さん」
愛しげにささやかれ、首筋に落とされたキスに、シンジは声もなく悲鳴を上げた。
それと同時にクラス中で絶叫が上がったのだが、それはまた別の話。