それは想いの丈
「シンジ、髪長すぎないか?」
風になびく長髪を掴み、サトシが呆れたように言った。髪を掴まれた本人であるシンジは大して気にも留めずにサトシに目を向けた。
「旅をしてるとき、邪魔になるだろ?」
シンジに髪の長さはもうすぐ太ももまで届くほどには長い。旅どころか、日常生活の中でさえ、邪魔になりそうな長さがある。
サトシが髪に触れながら問うと、シンジは何でもないことのように言った。
「もう慣れた」
「それ、慣れるまで邪魔だったってことじゃん」
憮然とした様子のサトシに、シンジは常と変らない表情を浮かべている。
「今は違う」
「……切ったらいいのに」
吐き捨てるようにそう言って、サトシは投げ捨てるようにしてシンジの髪を離した。
サトシはそのままどこへとも知れない方向へと歩いて行く。
一連の様子を見守っていたセレナたちが、いつになく不機嫌そうなサトシを見て、不安そうに眉を下げた。
「サトシ、何かあったのかな?」
「すっごく機嫌悪そう」
いつも笑顔を浮かべているサトシのぶっきらぼうな態度に、セレナとユリーカはひどく困惑しているようだった。
「それでもシンジに当たるのは間違ってますよ」
シトロンは乱暴なシンジへの対応に憤りを感じているようだった。しかし当の本人は、シトロンが憤っているのを見て、きょとんと眼を瞬かせた。
「当たる? 私に?」
「折角伸ばしている髪を切れ、だなんて、女の子に対して失礼です! しかもシンジに対してだけいうなんて!」
「確かに、私は言われたことないなぁ……」
髪の長さなら、セレナだって十分長い。それなのにシンジにだけ髪を切れという。
シンジは自分の見た目にはあまり気を使っていないようだが、その髪の質を見るに、髪には気を使っているのがうかがえる。その髪を乱暴に扱い、更には切れというのだからシトロンは不機嫌になっているのだ。
「ああ、あれか」
シトロンの怒りの原因が分かったシンジは、納得したような声を上げた。それからシンジは澄ました顔を崩し、うっすらと笑みを浮かべた。
「いいんだ、あれは」
「でも……」
「あれは照れ隠しだからな」
「て、照れ隠し!?」
「そうなんですか?」
シンジが困ったように、けれどもどこか嬉しそうに笑うと、セレナが驚愕の声をあげ、シトロンが訝しげに眉を寄せた。
「昔サトシに言われたんだ、髪を伸ばしたらいいのにって」
「それで髪を伸ばしているんですね。……自分から言ったのに、サトシは切れっていうんですか?」
「結果としてはそうなるな」
憮然とした表情を浮かべるシトロンに、シンジは苦笑する。
ショックで呆然とするセレナに気づいているのかいないのか、一拍置いて、シンジは言葉を続けた。
「それで、サトシから言葉をもらって、私は今日まで髪を伸ばしているんだが、あんまりにも長い間サトシの言葉通りに伸ばし続けたものだから、サトシの方が恥ずかしくなってしまったらしいんだ」
「それで髪を切れ、っていうの?」
「ああ」
「サトシって意外と照れ屋なのね」
サトシとは違って優しくシンジに髪に触れながら、ユリーカがくすくすと笑う。つられるように、シンジも小さく声をたてて笑った。
「な。早く素直になればいいのに」
「? サトシは素直だと思いますけど……」
そういって、シトロンはあ、と声を上げた。
もしかして、と呟くシトロンに対して、シンジは笑みを深める。
「だから私は、サトシが素直になるまで髪を伸ばそうと思うんだ」
――好きだ、と言ってもらえるその時まで。
おまけ(サトシとシゲルの会話)
「なんっで、シンジはいつまでも髪を伸ばしてんだよぉぉぉ……!」
『君に言われたからだろ?』
「そうだよ、俺が言ったから伸ばしてんだよ! どんだけ俺が好きなんだよぉぉぉ!!!」
『……伸ばした髪の長さと、その年月分じゃない?』
「そうなんだよ、見てわかるから恥ずかしいんだよぉぉぉ!!!」
『いや、知らないよ。そんなに恥ずかしいならさっさと素直になっちゃえばいいのに』
「それが出来たら苦労はしない」
『好きって言ったら切ってくれるかもよ?』
「……それはそれで何か寂しいし、何か悔しいからもうちょっと、」
『今すぐ行って来い、この馬鹿サトシ』