ポケモンマスターになったサトシとその補佐になったシンジの話






「何であんたみたいな女がサトシ様の補佐をしているのよ!」
「私の方がずっとずっと彼の力になれるのに!」


 そう言ったのは、独特のファッションに身を包み、可愛らしく着飾った少女たちだった。
 人にいちゃもんをつけられるのは初めてではない。ポケモンマスターとなったライバル――サトシの補佐をしているのだから、嫉妬の対象となるのは当然だ。
 シンジはこの地位を得る前から、それなりの地位を有していたし、チャンピオンたちにすら認められる実力があったのだから、人の妬みは当たり前のように付きまとった。
 けれどもそれらは、努力に努力を重ねての感情で、シンジにとっては尊いものだった。チャンピオンを超えたいと思うものたちの切なる願いから来る綺麗ではかないものだった。
 醜いと称されるそれを、シンジはとてもきれいなもののように思っていたのだ。

 けれど、今向けられているそれは、とても汚いもののように思えて仕方がなかった。
 補佐としてサトシのそばにいるが、彼女らの顔も名前も知らない。大会などで見た覚えもなかった。
 可愛らしい見た目のポケモンたちを連れ、美しく着飾った少女たち。美しく整えられた爪は、旅をしたことがあるのかしらも疑わしい。
 服にも汚れ一つなく、肌だって傷一つない。
 だから余計に、シンジは醜く思えて仕方がなかった。

 サトシは常々言っているのだ。強く、そしてポケモンたちを愛しているトレーナーが好きなのだと。
 しかし目の前の少女たちはどうだろう。連れているポケモンたちは見た目ばかりが美しく、けれども成長の兆しは全くと言っていいほどに見られない。
 野生から人間の手に渡って、厳しい自然界を生き抜いてきたはずの彼らが、野生を失ってしまっている。酷くだらしがなく、ポケモンのあるべき姿とは程遠いものだった。
 きっと、バトルなどしたことがないのだ。彼女らの手に渡ってから。

 彼女らはサトシに近付く努力も、その気概すら見せずにサトシのそばにいることを望んでいるのだ。ライバルとして切磋琢磨してきた自分ではなく、ただ美しいだけの自分たちの方が、その場にふさわしいと、それが当然であると、そう豪語しながら。
 成長することすらしようとしない人間に、格下だとなめられる屈辱。これ以上腹立たしいことはない。
 シンジは普段から氷のようだと称されるまなざしを、更に凍てつかせて少女たちを見やった。


「本当にあいつが好きなら、その悪趣味な服で着飾っている時間があるなら、あいつのために時間を費やせ。自分のことは二の次。あいつのために動け。それが力になるということだ。それが出来ないなら、私に構うな。あいつに関わるな」


 そう言って少女らを睨みつけると、少女らはひるんだように押し黙った。
 それ以上言い募る気は失せたようで、目をそらしたままだった。
 用も何もないのなら、ここにいるのは時間の無駄だ。
 シンジは早々にその場を立ち去った。





(努力もなしに、あいつに選ばれるでもなしにあいつの隣に立つなんて、許さない)


 シンジは足早に進む。
 どうしようもなくいらだち、自分だけでは収められそうにない。
 こういうことが起こった後、シンジはサトシを求めてしまう。彼のそばは暖かく、何故だかひどく落ち着くのだ。
 シンジはサトシを探してひたすらに歩いた。


(いた……)


 草むらに座りこんでピカチュウと戯れるサトシ。こちらからは顔は見えないが、声から察するに、ひどく楽しげだ。
 その背中に、シンジは迷うことなく飛び込んだ。


「うわぁっ!?」
「ぴかぁっ!!?」


 サトシが驚きの声をあげ、ピカチュウもつられて悲鳴を上げる。シンジはそんなことはお構いなしに、サトシの腰に腕を巻きつけた。


「し、シンジ……?」


 恐る恐る振り返るのがわかった。
 シンジは答えなかった。彼にこうやって抱きつくのは自分しかいないことを知っているからだ。そして彼もそのことを了解している。無意味なやり取りは、今はしたくなかった。


「……何かあった?」
「……別に。ただ、イラつきが収まらないから、ここに来た」
「そっか」


 相手がいつものようにシンジであるとわかったサトシは、努めて穏やかな声でシンジに声をかける。その声に癒されてか、ささくれだったシンジの気分が浮上する。
 サトシの気性と、この心地いい陽気がそうさせるのか、ひどく穏やかな気分だ。
 サトシの優しい体温と柔らかい日差しの中で、シンジは次第にまどろんでいく。酷く幸福な睡魔だった。


「……お前のそばにいると、幸せになれるな」


 そう言って、シンジは包まれるような優しい眠りに落ちていった。





「……ぴぃかちゅう、」


 シンジが眠りに落ちた後、サトシは両手で顔を覆ってうなだれた。ピカチュウが何とも言えない複雑な表情でサトシと、その背中に体を預けて眠るシンジを見つめた。
 下から見上げたサトシの顔は、ひどく赤い。 それはそうだろう。自分の想い人に、とんでもない告白をされたのだから。


「ああもう……っ! これで自覚なしって、とんだ生殺しだよ……!」


 ポケモンマスターとなって夢をかなえて、愛する人がそばにいて、けれどもその心はいまだに奪えずにいるサトシであった。




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