真白の微笑み






「わしだけでなく、各地方のチャンピオンたちすらも認めた優秀なトレーナー、シンジじゃ」


嘘だ。ありえない、とその目が言っている。信じられないものを見るような目で自分を射抜く目。
シンジは首を傾げた。
オーキドやチャンピオンはトレーナーにとって憧れの存在である。
しかし、その憧れに優秀だと認められることは、それほどまでに重要なことなのだろうか。
自分には些末なことに思えてならない。
それは自分が優秀であると認められることに拘泥していないからだろうか。それとも満足するに値する実力に至っていない自分を認められることに納得出来ないからだろうか。

驚愕に目を見開くシューティーの唇がわなわなと震えた。
その震えた唇からシューティーは何とか言葉を紡いだ。


「サトシ・・・。君はそんな凄いトレーナーをライバルと呼んでいたのかい・・・?」


震える声で紡がれた言葉にサトシは無言で頷く。
その瞳は真剣そのもので、嘘偽りも迷いもない。


「おこがましいにも程があるだろう!チャンピオンたちも認める実力者と君なんかが釣り合う訳がない!」


普段声を荒げる事のないシューティーがサトシを怒鳴りつける。
彼の言葉に触発されてか、堰を切ったようにカベルネたちがサトシに怒鳴り散らした。


「あんたみたいな基本も何もできてないトレーナーなんかがライバルと呼ぶなんて彼女に失礼でしょう!?」
「サトシがライバルになれるなら、俺はシンジに圧勝できることになるぜ」
「確かにサトシのバトルは珍しいフレーバーだけど、彼女と釣り合うとは思わないな」
「基本もなってない上に礼儀もなってないなんて!だからサトシは子供なのよ!」


責めるような口調。見損なったというような冷たい目。
シンジはそれを異常なものを見るような困惑した様子で見ていた。
アイリスとデントは仲間ではなかったのか?コテツやカベルネは友人ではなかったのか?
シューティーはサトシのライバルではなかったのか?
前回の旅に同行していた糸目の少年と、ポッチャマを連れた少女なら、今この状況でどうしていただろう。
少なくとも彼らのように罵ったりすることがないのは確かだ。
まして、あんな風にサトシを見下すような目は向けない。むしろ笑って受け入れていただろう。

オーキドでさえ、この異様な光景に呆気に取られている。

責めるような空気を一つの声が震わせた。


「あのね、サトシくん・・・」


控えめにサトシの名を呼んだのはベルだった。
彼女は憐れむような目でサトシを見つめていた。


「シンジさんに、謝った方がいいと思うよ?」


憐みの念を抱きながらも、その視線は厳しくサトシの体を突き刺している。
ベルに言葉にアイリスたちがうなずいた。


「そうよ。シンジに謝るべきだわ」
「そうだね。顔には出していないけど、きっと傷ついていると思うよ?」
「格下になめられたら、やっぱむかつくもんな」
「謝って許されることではないと思うけど、何もしないよりはずっといいと思うよ」


口々にサトシを責めるデントたちに、どうやらピカチュウの堪忍袋の緒が切れたらしい。
すさまじい量の電気が頬袋でバチバチと音を立てて火花を散らしている。
今すぐにでも電撃を浴びせたいのだろうが、彼らを傷つければサトシが傷つくことを知っている彼の相棒は、サトシを傷つけたくない一心で、その場に踏みとどまっているようだ。

あまりの出来事に顔を青ざめさせたラングレーたちがサトシをかばうように彼らの前にたつ。
愕然とし、それでいて絶望したような表情をするケニヤンたちにコテツたちが訝しげに眉を寄せる。
否、訝しげと言うよりも、邪魔だとか、煩わしいというのがぴったりのいら立ちを隠さない表情をしていた。


「お前たち言い過ぎだ!サトシは新人の域はとっくに脱してるしサトシは弱くなんかねぇ!」
「サトシがシンジをライバルと読んだとき、本人は否定しなかったわ!少なくとも本人はそれを容認してるということよ!失礼なのはあんたたちの方だ!あんたたちがサトシに謝れ!!」
「何で私たちがサトシに謝らなきゃならないわけ?私たちは本当のことを言っただけよ!!」


激昂するケニヤンと目に涙を浮かべるラングレーの言葉はアイリスの一言によりばっさりと切り捨てられる。
自分たちは正しいのだ、とその瞳が言っている。
本当に傷ついているのはサトシだと、そう叫ぶ彼女たちの言葉は仲間たちには届かない。
もう、怒りなんて湧いてこなかった。






シンジはサトシの背中を見つめていた。
大きく感じていた背中が小さく見える。
なんだか消えてしまいそうで、かといって強く抱きしめてしまったら壊れてしまいそうで、シンジは割れ物を扱うようにサトシの背中に抱きついた。

うつろな目をしていたサトシの目に生気が戻る。
さっと頬を赤らめ、背中に抱きつくシンジを肩越しに見つめた。
肩越しに見つめたシンジはかすかに首をかしげ、微笑んでいた。
上目遣いで見つめられ、サトシの頬がさらに赤く染まる。
そんな2人の様子を見て、シューティーたちが目を見開いた。

やがて満足したのかシンジがサトシから離れようとする。
しかしサトシがそれを許さず、シンジの腕を引いて背中に抱きつく形に戻した。
今度はシンジの頬が赤く染まる番だ。
甘く優しい2人の様子にデントたちの困惑の色が強くなる。
そんな様子を見て、オーキドが思わず問いかけた。


「お前さんたち、何も聞いておらんのか?」
「え?な、何をですか?」


訳がわからないというように尋ね返され、オーキドはやれやれと首を振った。


「お前さんたちはサトシに何の関心も持たなかったようじゃな」


オーキドの呆れたような票所を見て、カベルネたちが慌てる。
しかしオーキドはアイリスたちの弁解などには耳を傾けずに続けた。


「話を聞いていればよくわかる。お前さんたちはサトシに何も聞かなかったようじゃな。お前さんたちはサトシについて何も知らんじゃろう」
「そ、そんなこと・・・!」
「サトシを信じんと呼んでいる時点でうかがい知れることじゃ。あ奴は新人ではない。チャンピオンたちも認める、シンジと同等のトレーナーじゃよ」


そう言い置いて、オーキドはサトシたちの元に向かう。
嘘だ、そんなわけない、とオーキドに向かって手を伸ばすが、むなしく空を切るだけに終わる。
これは何かの間違いだ。基本すらまともに抑えられていないサトシがチャンピオンたちに認められるはずがない。
そうは思うのだが、言葉が出なかった。
彼らはやっと気付いたのだ、自分たちを見る、オーキドの瞳の冷たさに。


「サトシ、わしと一緒にカントーに帰らんか?」
「・・・え?」


サトシの前にたったオーキドが、優しげな声音で尋ねた。
その瞳はひどく温かい。
問われたサトシは驚いてシンジの手を握っていた手を離した。
そのすきにシンジが体を離すが、サトシはオーキドの口から吐き出された言葉の衝撃で気付いていないようだった。


「仲間を平気で傷付けるあ奴らにお前を任せてはおけん」
「で、でも、俺・・・!」
「サトシ。逆の立場ならどうじゃ?もしシンジが彼らと旅をしていて、傷つき、疲れておったら、お前は放っておけるか?」
「・・・」


サトシは静かに首を振った。
そんなこと、できるわけがない。大切な人が傷ついているのに放っておくなんて。


「それと同じだ」


シンジが言った。
サトシの隣に立ち、サトシを見上げる瞳は、鬼気迫るものを感じさせるほどに真剣だった。


「私も博士もお前が大切だ。だから傷つくお前を見ていられない。今のサトシは見ている方もつらい・・・」


そう言ったシンジは泣いているのはではないかとみまごうほど悲痛な面持ちだった。
心配そうに自分を見つめるオーキドも同じように苦しそうだ。

傷ついている。自分が傷つくことで大切な人たちが。
そう理解した瞬間、サトシは目頭が熱くなるのを感じた。
泣いて、しまいそうだった。


「サトシ、彼らに何か言いたいことはないか?」


オーキドがたずねた。
けれどもサトシは首を振る。サトシには似合わない寂しげな笑みを浮かべて。
そしてため息をつくような、と息交じりのか細い声で呟いた。


「俺、もう疲れたよ・・・」


サトシはとっくにあきらめていた。
仲間として対等に扱ってもらうことも、信頼してもらうことも。
友人として自分を理解してもらうことも。
全部全部とうの昔に。

サトシの言葉にオーキドがうなずく。
シンジがサトシの手に自分の手を重ねれば、サトシはその手を強く握りしめた。

美しい庭園から去っていこうとする3人の背中にケニヤンとラングレーが駆け寄った。


「あ、あの、サトシ・・・!」


ラングレーが声をかける。
きっと冷たい目を向けられるに違いない。
しかし振り返ったサトシの表情は予想とは違って明るいものだった。
拒絶するどころか、嬉しそうな表情に、ケニヤンとラングレーは驚きに目を見開いた。
サトシの両隣にたつシンジとオーキドも、優しげな表情をしており、自分たちが受け入れられているのだと理解し、2人の目に涙がためる。


「俺、2人とはもっと一緒にいたいな」


優しい声に、ついに2人の目から涙が流れた。


「「もちろんよ/だ!!!」」


ケニヤンがサトシの肩に腕を回し、肩を組む。
ラングレーはシンジの隣に並び、彼女らににこりと笑いかけた。
そうしてサトシは大切な人たちを伴い、庭園の出口へと向かう。
それを見て、アイリスたちが目を見開いた。


「ま、待ちなさいよ!!!」


そう叫んで呼び止めるが、彼らに立ち止まる気配はない。
それどころか、振り返ろうとする気配させ感じさせない。
しかしそれは当然ともいえる。

だってそうだろう?
ライバルでも友人でも、まして仲間でもない赤の他人に声をかけられたって、誰も自分のことだなんて思いもしないだろう?





呆然と立ち尽くす彼らの声は、もうサトシには届かない。




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