サトシが研究員だったら
木々が太陽の光を浴びて、新緑に輝く。若葉の隙間から差し込んだ光は、その先にあった小川の澄んだ水底を照らしていた。
天気のいい空の下でポケモンたちが駆け回る。けれどもここは大自然の中ではない。自然をそっくりそのまま抜き取ったようにして作られた、完成度の高い温室だった。
「うわぁ、これがメガボスゴドラかぁ! 初めて見たぜ!」
――メガボスゴドラ。ボスゴドラのメガシンカした姿に興奮しきった様子でじゃれつくのは、白衣を着た黒髪の少年――名をサトシという――だった。
その少年のそばにある人が座れる程度の岩の上には、同じ年ごろくらいの少年――シンジが座っていた。
「わざわざ研究所まで来てもらって悪いなぁ。ありがとう、シンジ!」
「構わん。一応、研究の手伝いだしな」
サトシという少年は、まだ幼いながらもポケモン博士を目指す立派な研究員だ。既に論文も発表し、研究界では期待の新星として名をはせていた。
そしてシンジは、そんなサトシに協力するトレーナーだ。今日は新しく発見されたメガシンカ形であるメガボスゴドラを見せに、サトシの研修先であるプラターヌ研究所に来ていた。
「あ、そうだ、シンジ。はい、ポケモン図鑑」
「ああ」
サトシは研究員として研究界に入る前にトレーナーとしてポケモンたちの生き方やトレーナーとポケモンたちの絆を見てきた。それは研究所で論文を読みふけるよりもずっとポケモンのことが理解でき、想像では補えない詳細な部分まで見て取ることが出来た。その名残で、サトシは研修先の地方をすべて見て回ってから研修に入るようにしていた。そしてシンジは、サトシの研究に協力する代わりに、サトシのポケモン図鑑を見ることを交換条件としていた。
旅のトレーナーとはいえ、その地方のすべてのポケモンと出会えるわけではない。かなり図鑑の埋まっている方に数えられるシンジも、それでも空欄はある。その空欄のポケモンを知るために、サトシに図鑑を見せてもらっているのだ。
「……旅のトレーナーより図鑑が埋まっているってどういうことなんだ」
サトシの図鑑は、シンジと同等レベルで埋まっている。サトシが旅のトレーナーだというのなら分かるが、サトシは研究員である。幾ら旅をしてから研究所に入るとはいえ、数が明らかに異常だ。
シンジでさえ、旅のトレーナーでもここまでの図鑑にするのにはかなりの年月を要するはずなのに、と目を剥かれた。それと同等レベルで完成している図鑑を持つ研究員がいると知ったら、卒倒してしまうのではないかとシンジは天井を仰ぎ見た。
そんなシンジに、サトシは苦笑して見せた。
「トレーナーより研究員の方がポケモンの生息地を知ってるんだから、多く埋まってるのは当たり前だって」
シゲルだってそうだよ、とサトシは笑った。
(だからって埋まりすぎだろ……)
ポケモン図鑑の一番最後。幻や伝説として語り継がれるポケモンたちの枠。
それはトレーナーたちの夢として作られたもので、研究員達もあわよくばその欄が埋まった図鑑が見たい、という願望の元作られた、本来ならば空白の欄。ここが埋まった図鑑など、この世にいくつあるのだろうか。きっと両手で足りるだろう。
そのうちの一つが、シンジの手の中にある。――そう、サトシの図鑑だ。
(一体どんな星のもとに生まれてきたんだ、こいつは……)
メガボスゴドラに興奮してはしゃぐ少年を見る。どこにでもいる子供にしか見えない。
さすがのボスゴドラもあまりのはしゃぎようが目に余ったのか、指先でサトシの額を小突いていた。そんなことにもサトシは嬉しそうに笑っている。とてもこの貴重な図鑑の持ち主には見えない。
サトシはポケモンに好かれる。トラブルにも。それらの要因が合わさり、通常まれに見ないポケモンとも遭遇する確率が高いが、シンジでさえ埋まっている欄が空欄で、代わりに伝説と呼ばれるポケモンたちの欄が、すべて埋まっているとは、どういうことだ。
(ポケモンに好かれる、では説明がつかんぞ、これは……)
シンジはげんなりとした様子でもう一度サトシを見やる。あまりに自分に構うのが気に障ったらしいボスゴドラがサトシの足元を払い、サトシは素っ転んで額を打ち付けていた。
(……馬鹿と天才は紙一重、という認識でいいか)
天才、というと何かが違うようにも感じるが、ポケモンに好かれるというのも、一種の才能だろう。シンジは考えることをやめ、呆れたように嘆息した。