トラブル(対人間)ホイホイなシンジの強盗制圧






「ほら!さっさと進め!!」


自分より少し年上の少年が突き飛ばされたのを見て、サトシは眉間にしわを寄せた。
いつもなら突っかかっていくところだが、今日はそういうわけにもいかない。
少年を突き飛ばした男の手には、拳銃が握られている。
蛍光灯に反射して冷たい光を放つ黒いそれは、映画の中でしか目にしたことのない代物だった。
本物と偽物が用意されていて、どちらが本物かを当てろと言われても、サトシには判別の付きようがない。
よって男の手にもつそれが本物かどうかもわからないものであったが、それが本物であるという証明は、つい先ほどされたばかりだった。


サトシ達は今、デパートに来ていた。
デパート、と言っても規模は小さいもので、階数は2階しかない。
デパートと表現するにはいささか物足りない程度の店だった。
しかし、品ぞろえがいいと評判で、そこそこのにぎわいを見せている。
買い物を済ませ、店を出ようとした時、玄関口となっている自動ドアの前に人だかりができていることに気がついた。
何だろう、とその様子を後ろで見ていると、どうやら怪しげな集団が、ドアをふさいでいるのだという。
武装、とまではいかないまでも、迷彩の服を着込んだ男たちはどこかの軍隊に所属しているような印象を受けた。
けれども軍隊と言うにはいささか無防備で、一般人と言うには奇妙な服装だ。
不穏な気配にサトシ達が困惑していると、しびれを切らした一人の男が怪しげな集団に掴みかかった。
「早くそこを開けろ」「冗談にしてはたちが悪い」「警察を呼ぶぞ」とにらみを利かせて男が詰め寄ると、一人の男が一発の銃声が鳴り響かせたのだ。
銃弾の当たった蛍光灯は割れ、破片が当たりに飛び散る。
拳銃は本物で、これが冗談ではないということが示された瞬間だった。


「このビルは俺たちが占拠した。お前たちは人質だ。俺たちの命令に従い、一か所に集まれ」






男たちは俗にいう強盗だった。
デパートにある金目のものをすべて盗み出し、更に人質を盾に身代金まで要求しようというのだから、強欲な悪党どもである。
そして人質は2階のホールに集められていた。
ホールに集められた人質は、老若男女問わず縛りあげられ、床に座られされていた。
一緒に連れ歩いているポケモンたちもだ。
ホールのあちこちからはすすり泣く声が聞こえ、ユリーカも今にも泣いてしまいそうだった。


「あ、あの・・・」


少女の声が小さく響く。
そちらを見ると、紫色の髪の少女が、強盗の一人に声をかけているところだった。


「お、お手洗いに行きたいんですけど・・・」


聞き覚えのある声で、聞き覚えのない声を上げる少女。
よく知った姿で、初めてみる行動をとっている。
恥じらうようにうつむく少女は、鋭い瞳で相手を油断なく見つめていた。
強盗の一人は仕方ないな、と呆れたように溜息をついて少女を立たせた。
少々乱暴な扱いに、サトシが思わず立ち上がった。


「お、俺も!」
「ちょ、サトシ・・・!?」
「ぴかぁ!?」


立ち上がったサトシを見て、セレナとピカチュウが目を剥いた。
けれどそれを気にしている余裕はない。
男が面倒臭そうにサトシの腕を引いた。
サトシは大人しくそれに引きずられる形でついて行く。
少女がサトシを見る。
少女は一瞬目を見開いたが、すぐに平静に戻った。
少女はサトシとともに並んで歩かされた。
銃を持った男が見張るように後ろを歩く。
少女はちらりと後ろの男を見て、前を見つめながらサトシに話しかけた。


「お前も巻き込まれていたんだな」
「シンジ・・・」


少女――――――――シンジから話しかけられたことに驚き、サトシが後ろをうかがう。
男は自分たちが話していることに気づいていないようで、ホールの様子を見ながら歩いていた。


「お前、散々トラブルに巻き込まれているくせに、こういうトラブルは初めてなんだな」
「な、何でそんなことが・・・?」
「あの場面でいきなり立ち上がったからだ」
「え?」
「こいつらは慣れているようだが、自分のやっていることに怖気づく奴もいる。突飛な行動に驚いて銃を乱射、なんてこともあり得る」


冷静に話すシンジに、サトシはぞっとした。
自分のライバルであるシンジがいたことに驚き連れて行かれることに恐怖を覚えたからとはいえ、もっと後先のことを考えればよかった。
もしかしたら自分のせいで人が死んだかもしれない。
そう考えたら、どうしようもなく怖くなった。


「お前は、何もするなよ」
「・・・え?」


話しているうちにサトシ達はホールを出た。
トイレはホールを出てすぐの廊下にある。
細い廊下を少し進むと、男を表すマークの書かれた扉と女を表すマークの書かれた扉があった。
その前まで来て、2人は立ち止まった。


「早く済ませろよ」


見張りの男が、シンジの縄を外し、サトシの縄を外しにかかった。
男がサトシに気を取られていることを確認して、シンジがサトシを押しのけ、男の鳩尾に膝を入れた。


「かはっ・・・!」


サトシが尻もちをつき、目を白黒させた。
シンジにひざ蹴りを喰らわされた男は、腹を押さえ膝をついた。
くの字に曲がった男の首筋に、シンジは容赦なく肘を入れた。
ばたりとその場に倒れた男は白目を剥き、どうやら気絶しているようだった。


「子供だからって油断しすぎだろう・・・」


呆れたようにシンジが肩をすくめ、落ちていた銃を奪う。
気を失っている男が他に武器を持っていないことを確認し、自分が縛られていた縄で強盗犯を縛り上げた。


「し、シンジ・・・?」
「さっさと終わらせる。お前はここで待っていろ」
「なっ・・・!?」


ガシャン、とシンジが銃の弾を確認する。
6つの銃弾がすべて入っていることを確認し、シンジが銃を構える。
そして壁際に背中を押しつけながらホールの様子をうかがい見た。


「俺も行く!」
「お前に何が出来る?」
「・・・っ」


サトシはいくつものトラブルに巻き込まれてきたが、そのトラブルはポケモンにかかわる事件がほとんどだった。
ポケモンが相手なら意思の疎通が図れれば何とかなったし、その時は仲間もいた。
けれど今は、初めて巻き込まれた、人間が起こしたトラブル。
銃を突き付けられ、仲間が人質に取られている。
そんな状況で、一体自分に何が出来るだろう。


「確かに、何もできないけど・・・」
「・・・けど?」
「自分だけがこんなところで隠れているなんて嫌だ」


サトシの押し殺したような声に、シンジは黙ってサトシを見つめた。
しばらくそうしてにらみ合いのような硬直状態が続き、呆れたようにシンジがため息をついた。


「来てもいいが、お前は何もするなよ。対処を知らない人間がいても邪魔になるだけだ」
「・・・わかった」


サトシがうなずくと、シンジがサトシの縄に手をかける。
固く縛られている縄は、少女の腕では解くのは難しいようで、四苦八苦しながら縄を解いていた。
こんな力もない少女が、本当に強盗にかなうのだろうか。
いざとなったら無知な自分の方が太刀打ちできるのではないだろうか。
とにもかくにも、この少女を傷付けられるのは嫌だった。


「お前、縄抜けとかできないのか?」
「そんなのできるわけないだろ!?」
「・・・いつもトラブルに巻き込まれているくせに?」
「そういうシンジはできるのかよ?さっきそいつに外してもらってたじゃんか」
「いつもは自分で解いているが、今回は人数が多い。手っ取り早く人数を減らしておきたかったんだ」


縄抜けスキルなんて普通は持ってない。
幾らトラブルに巻き込まれやすいサトシだって。


「ポケモンを人質にされることはよくあるけど、自分がつかまった経験ってあんまりないし・・・」
「ならできるようになっておけ、出来て損はない。ああ、それと、うまく鳩尾に拳を入れると声も出ないんだ。覚えておくといい。できれば一撃で急所に入れられるようになっているのが望ましいな」


女の拳ではいささか物足りないが、男のお前なら一撃で沈められるかもな。
シンジの言葉にサトシは絶句した。
つまり自分はそれらができると?役に立つ場面に何度も遭遇していると?
他にも色々、聞きたいことは山ほどあったが、聞くのが怖くて聞けなかった。
おそらくけろりと肯定の意を返してくるだろうから。

そうこうしているうちに、縄はぱさりと床に落ちた。
縛られていた縄から解放され、サトシがほっと腕をさすった。


「ユキメノコ」
「メッノ!」
「うわぁ!?」


シンジの呼びかけに壁から現れたユキメノコに、サトシが驚きの声を上げる。
幸いにもホールとホール付近は防音体制が整えられているので、ホールまで声は届かない。
驚いて固まるサトシにユキメノコがおかしそうに笑い、シンジに向き直った。


「確認は終わったか?」
「メノォ!」
「確認?」
「犯人の人数と逃走ルートだ」
「一体いつの間に・・・」
「強盗どもに出入り口をふさがれた時に窓から外に出してやった。エレキブル達も外にいる」


ねぎらうようにユキメノコをなでるシンジに、サトシは本日数度目の絶句を迎えた。
普段自分がそうやって驚かれている分、自分が驚くのには慣れていない。
開いた口がふさがらないという現象を、サトシはこの日初めて身をもって経験した。


「エレキブルとリングマで逃走ルートをつぶしてこい。お前はドンカラスを伝達役に指揮をとれ。そして適当に人数を減らせ。何なら潰してもかまわん」
「メノォ!!」


ユキメノコは承知した、と言わんばかりに威勢よく壁の中に入って行った。


「(・・・これ、俺邪魔なだけなんじゃ・・・?)」


少女一人で戦わせるなんて、と思っていたサトシも、あまりの手際の良さにやはり自分の方がお荷物になるのではないかと不安になる。
けれども彼女には力がない。
そういうときに力を貸せばいいのだ、とサトシは無理やり自分を納得させた。


「行くぞ。お前は黙ってついてこい」
「お、おう・・・」


シンジが手に持っていた銃をポケットに隠し、何事もなかったかのように廊下に出る。
それに少々驚きつつも、サトシはシンジの後を追った。


「あ、あの・・・」


出入り口を見張っていた男に、シンジがおずおずと声をかける。
シンジの変わりように驚きながらも、サトシは大人しく彼女に付き添った。


「ん?おい、一緒にいた男はどうした」
「それが・・・具合が悪かったみたいで・・・」


そう言ってシンジはちらりと後ろを振り返った。
男は舌打ちをしてトイレに向かおうとシンジの横をすり抜けようとした。
その瞬間だった。


――――――――ガッッッ!


「!!?」


シンジが男の足をけり飛ばし、体勢を崩させた。


「サトシ!手伝え!」
「おう!」


倒れた瞬間にシンジがマウントを取った。
サトシも男に飛び乗り、一緒になって押さえつける。
シンジは男が手に持っていた銃を男自身に向けさせ、奪った銃を他の男に向けた。


――――――――ジャキ、


「!!?」


銃を構えた時の金属音が聞こえ、男たちが振り返る。


「投降してください」


静かな声に緊張が走る。
振り返った先で銃を向けられていることに男たちが気付く。
男たちが慌てて銃を向けるも、銃を向けた相手が子供だとわかると、いやらしく笑いながら銃を降ろした。


「おいおい嬢ちゃん。子供がそんなもの持っちゃいけないよ?」


にやにやと笑う男たちにシンジがロックを外す。
シンジたちをとらえようと近づいてきた男に、シンジは引き金を引いた。


――――――――チュイン、


「ひっ!?」


髪をかすった銃弾に、男が悲鳴を上げた。
男たちの空気が変わる。


「こいつ・・・っ!」


別の男がシンジに銃を向ける。
けれどもそれもシンジが銃を打つことで牽制した。


「ひ、ひるむな!今のはまぐれだ!数はこっちの方が多いし、相手はガキだ!人質だって・・・」





「打てますよ?」





「っっっ!!!」


シンジの静かな声が、妙にあたりに響いた。


「打てますよ」


確信を持った声に、男たちが目を見開く。
先程のためらいのなさを見る限り、事実だ。
男たちが後ずさりを見せた。


「それに、お仲間さんはすでに戦闘不能ですし、」


ずるずると荷物を引きずるような音が聞こえてくる。
くすくすと軽やかな笑い声に冷ややかな冷気。
真っ白で小さな体をしたポケモンが、屈強な男達を引きずりながら現れた。


「ご苦労だったな、ユキメノコ」
「メッノォ!」


白いポケモン、ユキメノコは嬉しそうにシンジに笑いかけた。
ユキメノコは上機嫌で奪った銃を凍らせていく。
男たちの手脚も氷漬けにし、拘束は完了した。


「もう一度言います」


シンジの声に厳かな響きが生まれる。
男たちはすでに戦意をなくしていた。


「投降してください」


誰ひとりとして腕を持ち上げる者はいなかった。
男たちは、自分たちの敗北を悟った。




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