激しい恋






 シンジはゲテモノ趣味に分類される人間だ。それを収集するような趣味はないが、眺めるのは好きだった。
 特に気に入っているのは幼馴染のシゲルの瞳。深い常盤色が美しく、吸い込まれてしまいそうな目をしている。
 光の当たり具合によっては鶸色にも見えたり、若葉色にも見える。まるで宝石のようだった。
 そんなお気に入りさえも凌駕するのが、サトシという人間だった。
 シンジはサトシを愛している。思考が歪んでしまうくらいに。
 だから、自分を差し置いてサトシに構ってもらえるピカチュウが憎くてたまらない気持ちになる。
 ピカチュウは自分とサトシが2人でいるとその場を離れて2人にしてくれるし、気が効くポケモンであるから、嫌いではない。彼とのバトルだって、楽しくて好きだ。
 けれどもこうやってサトシの親愛を独り占めされている姿を見ると、怒りがこみ上げてくるのだ。
 いらだたしげに舌打ちして、シンジがサトシに向かって手を伸ばした。
 

「サトシ、手を貸してくれ」
「手……?」
「そうだ、手だ」


 ピカチュウと戯れるサトシに、手を要求する。サトシは怪訝そうに眉を寄せたが、シンジの伸ばされた手に、自分の手を重ねた。
 サトシの肩手を握り、シンジは少しだけ気分が浮上する。
 シンジはサトシの手が好きだった。それと同時に、嫌いでもあった。
 細かい傷だらけで、さわり心地がいいとは言えない。けれどもその傷はサトシの努力の証拠で、彼の成長の証でもある。
 それと同時に、自分のいない思い出の証でもあった。
 自分のいないところでけがをして、他の人間に手当てをされたのだろう。そう思うと、その傷一つ一つをつぶしてしまいたくなる。


(まぁ、傷が多すぎて、そんなことはできないんだが……)


 自分がその傷の存在を知る前に、完治してしまったものもあるだろう。それまで考えてしまったら、腕を切り落とすだけでは足らないだろう。
 シンジはサトシの指に自分の指をからめ、強く握った。


(少しは、意識してくれてはいないだろうか……)


 仮にも女の子に手を握られているのだから、意識したっておかしくはないだろう。
 けれどもサトシは、そんなシンジの期待を裏切って、ピカチュウの頭をなでることに没頭していた。


(こっちを見てすらいねぇ……)


 恋愛に興味のない男だとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。
 手を握られているというのに自分の存在を忘れてポケモンにかまけているサトシに、シンジが口元を歪めた。


(こっちを向け)


 シンジが、サトシの指を思い切り噛んだ。


「…………っ!!」


 サトシが鋭い痛みにシンジを振りかえる。振り返った先では、シンジが自分の指に噛み付いていた。
 ぽかん、と呆けた顔をさらすサトシに、シンジが満足げに指を離す。
 指にはくっきりと歯型がついていた。


「高くつくぞ……」


 サトシのものとは思えないような低い声が耳に届く。
 乱暴に頬を掴まれ、引き寄せられる。
 頬を掴む手の乱暴さに反して、やけに優しく柔らかい感触が唇を覆った。
 その感触に目を見開くと同時に、ぬるりとしたものが舌先に触れ、今度は肩が跳ねる。
 舌がすりあわされ、固く目を閉じた。
 舌が熱い。異常なまでに。


「…………!?」


 舌に感じた異常な熱さに次いで、酷い痛みが襲った。
 鉄の味がする。
 シンジは思わずサトシの肩を突き飛ばした。
 突き飛ばされて離れた先で、サトシが笑っていた。
 ――舌を噛み切られたのだ。表面をうっすらとではあるが。
 口の中に広がる血のにおいに、シンジが顔を歪めた。


「次はその舌、噛み切ってやる」


 そう言って、サトシが愉快そうに笑う。
 シンジは虚をつかれたように目を瞬かせ、同じように笑った。


「ふぅん……?」


 ――次もあるんだ?
 シンジは、つい先ほどまでサトシが触れていた唇を、ゆっくりと舌でなめて見せた。



+ + +



「サトシにキスされた」


 シゲルは今目の前でシンジに告げられた言葉の意味を理解できなかった。思わず頬をつねる。痛い。
 これはサトシにも言えることだが、シンジは昔からサトシとの間に何かがあると、必ずシゲルに報告する癖を持っている。
 そして今回も、いつもと変わらずにシゲルに報告に来たのだ。
 いつものことだと特に身構えることはせずに聞いていたため、その分衝撃は大きかった。


「……夢って可能性は、」
「死にたいのか?」
「……だよねぇ」


 いくらシンジが頭のネジが飛んだ人間だとしても、夢と現実の区別くらいは付く。つまりは現実ということで、シゲルの愚痴を聞いていたシトロンがとばっちりを喰らい、完全に硬直した。

 ――キスという言葉さえ知らないのではないかというような鈍感男が、目の前の少女にキスをした?
 シトロンは理解が追いつけずに首をかしげた。


「……もう告白しちゃえば?嫌いな子にキスなんてできないでしょ」
「……無理だ」
「何で?」
「…………恥ずかしい」


 シンジが頬を染める。その姿は年相応の少女らしくて愛らしい。


(まさに恋する乙女だね)


 ――隣に包丁の残骸がなければ。


(きっと照れた勢いで暴れたんだろうなぁ……)


 そう思い至ってシゲルは呆れたように溜息をついた。


「……なんかもう一生やってろって感じだよね」
「まったくです」


このあと同じくシンジにキスしてしまったことを報告に来たサトシが、顔の赤くなったシンジを見て盛大に機嫌を悪くするのだが、それはまた別の話である。












おまけ

サトシ「何でシンジ、顔赤くなってんの」
シゲル「君にキスされたことに照れてるんだよ。あの子も女の子だからね」
サトシ「俺を男だと見てくれてるのは嬉しいけど、シゲルがシンジの可愛い顔見たってのがむかつく」
シゲル「ははっ!リア充爆発しろ」




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