真白の微笑み
アイリスにデント、カベルネにシューティー、コテツ、ケニヤン、ラングレー、ベルの総勢8人が庭園へと駆けこんできた。
一緒にシューティーのケンホロウがいたところをみると、彼のおかげでサトシたちを見失わずに済んだようだ。
肩で息をするアイリスたち。体力に自信のないデントは座り込んでしまっている。
「まったくもう!いきなり走って行っちゃうなんて、子供ねぇ!」
「せめて一言いい置いていくのが基本だろう!」
「あ、あはは・・・ごめん・・・」
アイリスたちの言い分はもっともで、サトシは苦笑を返すしかない。
しかし言えないだろう。会いたくて会いたくて仕方がなかった恋人のポケモンが、自分を手招いていたのだ。恋人に会えるかもしれないと期待してしまったなんて。
まぁ、なりふり構わず走ってきたおかげで、愛しのシンジに会えたのだから、怒られるくらい苦ではない。
サトシの隣にたちシンジに気付いたであろうベルが、きょとりと目を瞬かせた。
「サトシくん、その子は?」
彼女の言葉でサトシの隣にたつシンジに視線が集中する。
シンジは、その視線を煩わしく感じたのか、わずかに眉を寄せた。
「紹介するぜ!こいつはシンジ!俺のライバルで、」
「君のライバル?」
恋人と続けようとした時、シューティーがいぶかしげに眉を寄せた。
「一体、どこの田舎トレーナーだい?まぁ、君のライバルなんて、しょせん低レベルなトレーナーなんだろうけど」
小馬鹿にしたように鼻で笑うシューティー。
サトシが反論しようと前に出ると、くん、と上着の裾が引かれるのを感じた。
振り返ると、シンジがかまわない、という風に首を振る。
サトシが不満げに、怒らないのか?とシンジを見やり、驚いた。
紫陽花色の目は、凪いだ冷たい色をしていた。
シンジは素早くシューティーたちに視線を走らせ、少し後ろに下がったドンカラスに一言声をかける。
彼は承知した、というように力強くうなずき、空へと飛び去った。
「あの鳥ポケモンもレベルが低そうね。スピードもだいぶ遅いし、ちゃんと育てられていない証拠だわ」
「俺のスワンナの方が速そうだぜ」
そんなことをいいながら、ゆったりと空へと飛んで行ったドンカラスを見つめるカベルネとコテツ。
彼らは先ほどサトシを誘導していたときが、ドンカラスの全力だと勘違いしているのだろう。
実際には、ドンカラスは種族値で勝るムクホークと互角に争えるスピードを持つ。
並大抵の相手では追いつくことすら不可能だ。
「ま、サトシのライバルじゃこんなもんよね」
「まぁまぁ、サトシは新人なんだから」
アイリスの言葉にデントが苦笑する。
シンジがサトシを見れば、彼はどこを見ているのかわからないような、暗い目をしていた。
表情も無だった。
彼の足もとでアイリスたちを見上げるピカチュウも、同じような表情をしている。
ただ、ピカチュウの目には、怒りと悲しみが入り混じったような、そんな色が見て取れた。
色が見れるだけ、まだましだ、とシンジは思った。
サトシの瞳には、何の色も見いだせないのだから。
「サトシはとっくに新人の域を脱してると思うけどな」
「そうね。バトルスタイルも確立されているし、特にピカチュウに関しては私たちが口を出す必要はないと思うわ」
そう言ったのはケニヤンとラングレーだった。
2人の目にはサトシを侮辱するシューティーたちへの軽蔑の念が混じっている。
そんな彼らを、カベルネたちは侮蔑の念を持って見つめ返した。
「サトシなんて基本がしっかりしていないからおかしな戦い方をしてるだけでしょ?それをバトルスタイルが確立されてるなんて、あんたの目は節穴なの?」
「そうよ。サトシは一から学ぶべきなの。私たちが教えてあげなきゃならないのよ」
ばちり、と火花が散る。
空気が張り詰める。
まさしく一触即発という状況だ。
そんな中、シューティーが苦々しげに口を開いた。
「サトシのことなんかどうでもいいよ。僕はオーキド博士を探したいんだ」
「あ!そうだった!オーキド博士の認めるトレーナーとバトルしてもらうんだった!」
「私もポケモンを交換してもらうんだ~!」
シューティーの言葉にコテツとベルが楽しげな声を上げる。
今まで表情を変えなかったシンジが、眉を寄せ、顔をしかめた。
「そういえば、そうだったね!早く探しに行かなくちゃ!」
「その必要はない」
忘れていた、という風に掌を打ったデントの言葉に制止の声がかかる。
ばさりと大きな翼をはばたかせ、どこかへ飛んで行ったはずのドンカラスが、シンジのそばに降り立った。
どうやらドンカラスは人を呼びに行っていたらしい。
制止の声をかけた人物を見て、シンジがドンカラスをねぎらうように彼の羽毛を優しくなでた。
ドンカラスは嬉しそうに一声鳴くと、シンジの取りだしたボールの中へと戻って行った。
「どうやら無事会えたようじゃな」
「はい」
口元をほころばせ、嬉しそうに笑うシンジに、オーキドは嬉しそうにうなずく。
サトシも久しぶりに会ったオーキドを見て、黄色を見せた。
オーキドもサトシを見て、優しげな表情を浮かべている。
再会の喜びのままに声をかけようとしたが、その前にデントたちがオーキドに駆け寄った。
「初めまして!デントと言います!」
「アイリスです、初めまして!」
アイリスたちが口々に自己紹介を始めた。
そう言えば、こちらは自己紹介したのに、彼らには名前すら教えてもらっていないな、とシンジはふと思った。
「シンジ、」
申し訳なさそうな声に呼ばれ、シンジがそちらを向く。
そこにはケニヤンとラングレーがいた。2人とも気まずげに眉を下げている。
かけられた声は少女のものだったので、声をかけたのはおそらくラングレーだろう。
そのラングレーが控えめに口を開いた。
「私、ラングレー。こっちはケニヤン。その・・・アイリスたちがごめんなさい。初対面なのに失礼なことばかり言って」
「・・・お前が謝ることではないだろう」
「アイリスは私のライバルだから・・・」
そう言ってラングレーが苦笑する。その表情はどこか悲しげだ。
「サトシも悪かったわね」
「いいよ。ラングレーが謝ることじゃないし」
「あいつらの言うことなんか気にすんなよ。お前は十分強いんだから」
「ありがとな、ケニヤン」
「おうよ!」
嬉しそうな顔でサトシが笑う。
名前を聞く限り、彼らはサトシの旅仲間ではない。
シンジはオーキドを通して彼らの情報を得ている。
名前は一通り把握しているが、誰がどの人物かまでは分かっていないのだ。
ゆえに彼らの名前を聞いて、少しだけ落胆した。
彼らが“アイリス”と”デント”なら、サトシはきっと楽しげな笑みを浮かべて、喜々として彼らを自分に紹介してくれただろうに。
本物のアイリスとデントは、サトシが傷ついているのにも気づきもせずに、オーキドに夢中になっている。
「博士!僕、博士の本、全部読みました!」
「僕もです!どの本も素晴らしくで・・・!」
「博士!私、ドラゴンタイプについて知りたいです!」
オーキドはそうかそうかと笑ってうなずいている。
しかし、その目が凍てついていることに気づいたものはいただろうか。いや、いないだろう。
でなければ、あんなふうに喜々として話しかけることなど不可能だ。
「博士!博士の認める凄腕トレーナーってどこにいるんですか?俺、バトルしてみたいです!」
「私はポケモンを交換したり、触らせてもらいたいな~!」
「私もテイスティングさせてもらいたいわ!」
コテツの言葉にさらに盛り上がる一同。
オーキドは声をあげて笑った。
「お前さんたちはもう会っているじゃろう?」
「え?」
「もう、会っている・・・?」
オーキドの言葉にカベルネたちが顔を見合わせる。
ベルたちはお互いに知らないと首を振りあった。
そんな様子を見て、オーキドは1人のトレーナーを示した。
「ほれ、そこにおるじゃろう」
え?と驚いて、彼らはオーキドの示した方向を目で追った。
その先には1人の少女――シンジがいた。
「わしだけでなく、各地方のチャンピオンたちすらも認めた優秀なトレーナー、シンジじゃ」
コテツたちだけでなく、ケニヤンたちまでもが、思わず硬直した。
信じられないとばかりに目を見開く少年少女の中で、サトシだけがああ、やっぱり、と嬉しそうに微笑んでいた。