秋の宴の贈り物
桃色や赤と言った鮮やかな色を放つまあるいもの。
焼きたての香ばしいにおいが食欲をくすぐる。
まあるいそれ―――――――焼き立てのポフィンがたくさん載った皿に、エレキブルたちは目を輝かせた。
「食っていいぞ」
「レッキー!」
「メノォ!」
「ドッダァ!」
「バーン!」
「テッカー!」
「トリトー!」
どうぞ、というように自分のポケモンたちの前に皿を差し出せば、手持ちのポケモンたちは我先に、とポフィンに食いついた。
そんな様子を見ながら、ポフィンをおいしそうに食べるポケモンたちの主人――――――シンジはその場に腰を下ろした。
自分のポケモンたちは甘いものが一等好き、というわけではないのに、何故我先に食べるのだろうと不思議に思いながら。
実はこのポフィン、焼き立て、という表記から察せられるだろうが、シンジの手作りである。
シンジのポケモンたちは特に甘いものが好き、というわけではない。
シンジが作ったから、自分たちのことを考えて作ってくれたから、ポケモンたちは食べるのだ。
彼を知る人間からすれば、彼がポフィンをつくる姿など想像もつかないだろうが、彼は意外にもかなりの頻度でポフィンを作る。
ポフィンは主にコンテストに出場させるポケモンのためのお菓子だと思われがちだが、実はそうでもない。
美しさに磨きをかけるには、内面からきれいにする必要がある。
内面を綺麗にすることで、肌の荒れや吹き出物を防ぎ、美しい外見が整う。
そのためコーディネーターは好んでポフィンを食べさせているのだ。
内面を綺麗にすることが出来るということは、栄養があるということ。
ポフィンの原材料は木の実なので、栄養価も高い。
バトルをするポケモンは体の健康が大事だ。
食事だけでは補えない栄養素もポフィンで補えるため、トレーナーやブリーダーもポケモンにポフィンを食べさせることが多かった。
そして、シンジもそのうちの一人であった。
おいしそうにポフィンを口に運ぶユキメノコ達を見ながら、シンジは肩をすくめた。
「(食べろと言って出している手前、これを言うのはあれだが・・・、よく食えるな・・・)」
シンジは甘い物や菓子類の類は好まない。
そのためポフィンのような甘い焼き菓子を好んで食べるポケモンたちの気持ちがわからなかった。
もっとも、ポケモンによって好みが違うため、すべてのポフィンが甘いわけではないが、それでも好んでポフィンを口にしようとは思わなかった。
(ただ、オレンジジュースだけは平気なので、シンジはそれで糖分を摂取している)
「・・・美味いか?」
「!レッキィ!」
「メノォ!!」
「バーン!」
「・・・そうか、」
気まぐれに味を尋ねてみると、ブーバーンたちはいっそ大げさなほど深くうなずいた。
けれどもそれは決して芝居がかったものではなく、本心からの行動だろうことがうかがえた。
なんだかものすごく恥ずかしいことなのではないかという気がして、シンジは思わず目をそらした。
「テッカ・・・?」
赤いポフィンを食べていたテッカニンが、同じく赤い目をきょとりと瞬かせた。
それに気づいたドダイトスがテッカニンに声をかけようとした時、ユキメノコが動いた。
「メノォッ!!!」
ユキメノコが、バトルでもめったにお目にかかれないほどの速度で、シンジの前に立ちふさがる。
背中にかばうようなしぐさに、何事だ、とトリトドン達が警戒心をあらわにした。
ユキメノコはゴーストタイプが入っているからか、魂など、生きるものの気配を読むのに長けている。
そんな彼女がこうして何かを警戒しているということは、近くに何かが迫っているということだ。
シンジも神経をとがらせ、あたりを探った。
すぅ、と辺りの温度が下がった気がした。
ユキメノコのせいではない。
彼女は冷気を漏らさず過ごすことが出来る。
それはシンジの体を冷やさないようにするために身につけたものなのだが、それをシンジに知られることを、彼女は望んでいない。
彼女が自分のために身につけたことは知らないが、冷気を出さずに過ごせることは、きちんと把握している。
この冷気の原因が彼女ではないことを、シンジはわかっていた。
ならば何が原因なのか。
得体のしれない冷気に、エレキブルが威嚇するように唸った。
「ゲェンガー!」
「「「!!?」」」
張り詰めた緊張が走る中、唐突に表れたのはゲンガーだった。
長い舌を出し、大きな瞳をぎらつかせたゲンガーは、シンジたちを驚かせようとしていたのか、かなりの不気味さを演出していた。
けれどもあまりの唐突さに、シンジたちはぽかんと口をあけてゲンガーを見つめるだけにとどまった。
「ゲェンガー!」
「「「・・・」」」
「ゲェンガー・・・?」
「「「・・・」」」
「ゲンガー・・・」
「「「・・・」」」
「・・・」
シンジたちがあまりにも無反応であったからか、ゲンガーが段々と落ち込みを見せた。
しまいにはいじいじと地面に「の」の字を書き始めたところで、シンジたちはようやくお互いに顔を見合わせた。
「冷気の原因はあいつだな」
「ドッダ、」
「警戒の原因もあいつか?」
「メノォ・・・」
「・・・違うのか?」
ゲンガーは周りの温度を下げると言われているし、実際にそうだ。
温度が下がった原因はまず間違いなくゲンガーだ。
しかし警戒していた気配とは、また別らしい。
ユキメノコが拍子抜けしたというように首を振った。
彼女はもっと大きなものを感じているようだった。
しかし実際に現れたのは警戒心のかけらもないゲンガー。
自分の勘違いを気にしているのか、顔俯き気味で、困ったようにエレキブルがその背中をなでた。
けれども、同じく気配に気づいたテッカニンだかは、いまだに首をかしげていた。
「どうした?」
「テッカー・・・」
テッカニンは釈然としない、というようにゲンガーを見つめて首をかしげた。
それを見たシンジも、怪訝そうに眉を寄せた。
――――――ガサッ
「「「!!?」」」
草むらが、揺れた。
「ジュペー!」
「キシャシャ!」
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」
「「「!!?!?」」」
ゲンガーの仲間だろうポケモンたちが、草むらから飛び出してきた。
驚かすのに失敗し、落ち込むゲンガーを励ましに来たのだろう。
それにシンジたちは、今度こそ驚いた。
ジュペッタとヒトツキ、そしてギラティナが落ち込むゲンガーを心配して現れたのだから。
(ちなみにギラティナは空間を引き裂いて現れた)
「な、何故ギラティナが・・・こんなところに・・・」
反転世界、または破れた世界と呼ばれるこの世界の裏側で生きるポケモンが今、目の前にいる。
その事実にシンジは目を剥いた。
しかし当のギラティナたちは半泣きのゲンガーを慰めており、シンジたちの様子に気づいていない。
「ゲンガァ・・・」
「きゅるるるるるる」
「ジュッペッタ」
「キャシャシャ!」
驚いてくれなかった・・・。
がんばったね、お疲れ様、次があるよ!
言葉に擦るとこんなところだろうか。
彼らは親しい間柄なのか、お互いに擦りよって励まし合っているようだった。
そんな和やかな様子に、ようやく落ち着きを取り戻したシンジたちが大きく息をついた。
「ん・・・?」
冷静になったところで、よく彼らを見れるようになったシンジが彼らが何かしらを携えていることに気がついた。
ゲンガーはムウマージ風の帽子をかぶり、ジュペッタはデスマスのお面を頭の側面につけている。
ヒトツキがバケッチャ風の加護を持ち、ギラティナが首に巻いている紫とオレンジの布にはTrick or Treat!と書かれていた。
それを見て、そう言えばハロウィンだったな、とシンジは一人ごちた。
「(多分、あいつらハロウィンを勘違いしているな・・・)」
おそらくイタズラしたらお菓子をもらえるものだと思っているらしい。
ゲンガーがちらちらとポフィンを見て沈んでいる。
悪戯が成功しなかったらお菓子をもらえないと思っているようだ。
トリトドン達もそのことに気づいたようで、困ったように笑っていた。
「メノォ」
「・・・やった方が楽か、」
ユキメノコがポフィンの乗った皿を運んでくる。
ポフィンはまだ半分ほど残っている。
それを受け取って、シンジがゲンガー達の元に歩み寄った。
「ジュペ?」
「ほら、食べたいんだろう?」
「「「!!!」」」
ポフィンの乗った皿を近くに置いてやると、ギラティナ達が目を輝かせた。
「キシャシャ?」
「ゲェンガー・・・?」
「いいと言っている。さっさと食べろ」
「!!」
いいの?イタズラ成功してないよ?
そんな声が聞こえてくるようだ。
しかし実際にはいたずらされたくないからお菓子を渡すのであって、その逆ではない。
しかしそれを説明するのは面倒で、ギラティナの口にポフィンを押し込んだ。
「!きゅるるるるる!!」
「!?キシャシャ!?」
「ジュオエ!?」
「きゅるるるるああ!」
「ゲンガー!」
どうやら味が好みだったらしい。
ギラティナが嬉しそうにはしゃいでいる。
それを見て顔を明るくしたゲンガー達が、こぞってポフィンを食べ始めた。
「キシャー!」
「ジュッペー!」
「ゲェンガァ!」
どうやらヒトツキたちの口にもあったらしい。
彼らも嬉しそうにポフィンを食べ始めた。
時折ギラティナの口もろにも運んでやり、4匹が平等にポフィンを食べていた。
それを微笑ましげに見守りながら、ポケモンたちはボールに戻っていく。
シンジに危害を加えるつもりがないとわかって安心したらしい。
シンジも荷物をまとめ、旅立つ準備を始めた。
「ジュッペェ!」
「キシャシャ!」
「きゅるるるる!」
「ゲェンガー!」
おいしかった!というようにゲンガーが空になった皿を差し出す。
それを受け取って、シンジがゆるりと口元を緩めた。
「美味かったか?」
「きゅあああああああああ!」
「そうか」
満足そうなギラティナ達にシンジが目を細める。
皿を片づけてシンジが荷物を背負った。
後ろ手に軽く手を振って、シンジがその場を立ち去ろうとした。
が、その軽く振った手をぎゅう、と握られた。
「ん・・・?」
「ジュペー!」
「ゲンガー!!」
「おい・・・?」
どうやら彼らの勘違いは続いているらしい。
悪戯が成功しなかったのにお菓子をくれたお礼がしたいようだった。
こっちに来て、というように腕を引かれ、なすがままにシンジはヒトツキたちについて行った。
「(さっさと済ませてしまったほうが楽そうだしな・・・)」
シンジは自分のことになると存外面倒くさがりなのである。